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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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案内され、



「明日からだ!!心躍るだろう!?」


……確か、一か月近く団長不在の所為でサーカス団は停滞していたのよね……?

そして、帰ってきたのが昨日。更には主戦力である団員のアンガスさん達が完全復帰するのは私達の潜入を終えた後。

フリージア王国の騎士が加入と知ってとても喜んでいたから一度くらいは出されるのだろうと覚悟はしていたけれど、…………明日??

あまりのことに、私の聞き間違いだろうかとも思うけれど、隣に並ぶアレスも苦虫を噛み潰したような顔で無言になった。カラム隊長へ振り返ればこちらも難しそうに眉が寄ったまま発言を敢えて慎んでいる印象だ。

更には元サーカス団員の方々も……驚く、ではなくどちらかというと引き気味だった。一言でいえば「うわぁ」だろうか。彼らの反応が、団長の日頃の行いを明確に表現している。

そこでやっと、そういえばどうして昨日帰還したばかりの団長の傍に団員がアレスしか付き添っていないのかに気付く。


「明日……?ですか……」

ヒク、と口の端が片方引き攣りながら繰り返せばやはり団長からは気持ちの良い肯定が返って来た。

昨日、団長が帰ってきた時も大勢が集って事情を聴きたがっていたサーカス団の人達が今はテントの外とはいえ誰も姿を見せない。本来なら昨日の今日で、団長がどこにいくのか気になったり、今までの事情だって聴きたがっていておかしくない。

団長帰還という大ニュースはまだ温かい筈なのに、誰も当人に集まっていないのはいっそ不自然だ。てっきり団長テントで私達を待っているかと思った団長が外にいるという大前提を覆されたから気付くのが遅れたけれど。


まさかと、自然に首が団長から今度はサーカス団の大テントへ向く。

よくよく意識を向ければ、大勢の人達の声が行き交い溢れかえっていた。「こっちだこっち!!」「へたくそ!!」「いつもの衣装どこやった?!」「こっちまだかあああ!!」と、野太い怒号と走り回る物音だ。トンテンカンコンコンコンッ!!と前日とは思えない工事音まで聞こえる。

私達が初めてサーカス団のこのテントへ訪れた時は対象的な朝からの大盛り上がりだった。う………うわぁああ~…………


「団員達も朝から気合を入れてくれている!張り紙も始めてる!今日は宣伝もしっかりやらないと折角の開演を見逃した客が可哀想だからな!!」

いや客の前に無茶ぶりに応えないといけない団員さん達を可哀想がって?!?!!!

喉の手前まで叫びが込み上げながら、ぐっと口を意識的に閉じて両手でも塞ぐ。どうしよう!今はこの人の方が猛獣より怖い!!!!!


気付けば足が一歩どころか三歩彼から下がってしまう。この人、サーカス団に戻して良かったのかしら……?!前世で耳にした〝やり甲斐搾取〟という言葉が頭に過る。

就活前に人生を終えた前世だけれど、それでもこの言葉の恐ろしさはニュースでよぉぉおく知っている。しかもアレスやアンガスさん達の反応からみて、これきっと珍しくない展開だ。


いや我が城の使用人達や騎士団だって過酷な労働や業務を課しているところは多いけれど、それでもその分の報償は保証しているし!!!というかいくら毎年人気大評判のケルメシアナサーカス様でもいきなり明日やりますと宣伝かけて客全員に周知できるものなの?!

しかも客が来なかったらその分の費用が赤字になるわよね?!採算って言葉ご存知?!

ぞわぁぁと今朝のドタバタが嘘のように今は全身の血が引いていく。鏡を見たら真っ青かもしれない。

やっぱり彼らの心身ともに健康を守る為にも、多少強引にも団長を貧困街で回収してもらうべきだろうかと過る。


「さてと、それでは早速君達のことも紹介しないとな。アンガス、お前達も会っていくか?事情は私から話すが、皆お前達にも会いたがっているだろう」

「い、いえ……俺達は、一度戻ります………。ここで俺ら出るとディルギア達に絶対逃がして貰えませんし」

「そ、それではアンジェリカちゃん達に宜しくお願いします……」

「え??皆に合わないの??」

「良いからいくぞユミル!ほら!!アレスさんがんばって!!」

ブラック企業サーカス!!!!!!

団長の快い言葉に、完全ドン引き体勢でじりじりとアンガスさん達が後退していく。この人達、確か団長を探す為にサーカス団を抜けたぐらいお慕いされていた筈なのだけれども????

特に大人組は額に汗を滴らせているのが、完全に冷や汗だとわかる。もう感動の再会から今は完全撤退だ。

そのまま団長に続いてアレスにも一言掛けたリディアさん達が、茫然と様子を見守る私達にも挨拶してくれた。…………何故か「水分補給はしっかり」「できないことは逃げて」「幻聴が聞こえたら先生に」となかなか不吉なアドバイスを頂いた。

そそくさと背中を向けて貧困街へ去っていくリディアさん達が見えなくなるまで見送る。ちらちらと、何故か私達へと可哀想な目を向けていると見えなくもない彼らに手を振り続ければ…………ドン、と。そこで背後からぶつかるような音に振り返る。


「さあ行こう!フィリップ!ジャンヌ!あと騎……なんだ名前は?!とにかく君達のことを早速団員達に紹介しよう!!」

「いや集めるな。あいつら全員手が回らねぇよ」

満面の笑顔の団長が、私とステイルに両腕を広げているところだった。「俺が案内する」と続ける冷静なアレスの言葉にも「そうか!」と元気よく返す団長と、私達の間にはアーサーが滑り込むように割って入ってくれていた。

多分手の構えと前のめりの体勢から、私とステイルの肩に手を回そうとしてくれたのだろう。そして気付いたアーサーが素早く間に入って今は両手のひらで丁寧に団長を押し返してくれている。更にカラム隊長も団長の背後から肩を手で掴んで引き留めていて、本当にスキンシップの好きな方なんだなぁと思う。……ちょっと今は、ブラック企業社長という名札がうっすら見えて怖いけれど。

私の前世でもサーカス団とかそういう大規模の興行組織は色々裏側が大変なのは知っているし、今世でも一般的な労働基準が前世とは比べ物にならないのはわかっている。でもこれは流石に恐ろしい。


「あの、オリウィエルかラルクに会わせて頂くことは……」

「オリウィエルは無理だって言ってんだろ。ラルクなら新入り相手に一回くらい顔は見にくるだろ。アランとカラムにも会ったから多分いける」

尋ねる私にアレスは頭を掻きながらもやっぱり協力的だ。

相変わらず姿を見せないオリウィエルと違い、ラルクなら会えそうらしい。「さぁ行くぞ!」と私達の肩を抱くのは諦めた団長が先へと進み先導してくれる。

その背中に続きながら、目の前に聳え立つテントに私は思わず戦々恐々と肩を狭めた。

まさか王女に転生した今世でブラック企業体験をするなんて、と。

ある意味社会勉強かしらと考えるようにしながら、乾いた口の中を飲み込んだ。


そして。


「アア゛ッ!?団長認めたんだな?!なら後は今度にしろ!!今忙しいのわかんだろ?!」

「はいわかった良かったよろしくね?!視界が白か黒になったら教えてね!」

「先生頼むきつけ薬を…!!」

「はいはい三人な!!んなことより今夜歓迎会とかいわねぇだろうなあの団長!!?」

「アンガス?!なんで逃がした!!戻って来たなら引き留めろよ!!人手足りねぇのわかんだろ馬鹿!!」

「うっっっさい!!!女の子もユミルちゃんとリディアちゃんのことも嬉しいけど後にして!!レラちゃんどこぉ!三日絶食しないと衣装はいんない~!!」

「だから毎日練習しとけっつったろ豚女!!衣装の調整なんざ自分でやれ!!!」

…………惨状。

その言葉が頭に浮かびながら私達は啞然としたまま開いた口が塞がらない。

もうテントに入る前からある程度覚悟はできていたけれど、中に入ればサーカス団は予想を裏切らないどころか上回る慌しさだ。


これ以上は安易に入れないと、テント前で見送ってくれた団長とその護衛のカラム隊長を残し私達はアレスに案内されるままにサーカス団に入った。

本来なら新人の紹介だけ終えたら、挨拶回りやテント内の案内はもう暫く日が経ってかららしいけれど今回は団長の指示とアレスの協力のお陰で早速連れて貰えることになった。


アラン隊長とカラム隊長が入った時は皆の案内で簡単に紹介もされたらしいけれど、今は全員手が離せない戦場だから私達の方から彼らに挨拶と事情説明をして回ることになった。

元サーカス団であるアンガスさん達が今朝団長の元に戻ってきて、あと数日は戻れないからその間の穴埋め代理に雇われることになった新入り三人。団長からも許可は得て、これから宜しくお願いします。と………残念ながら殆どは挨拶まで行くこともなく全員に切り上げられてしまった。

元サーカス団員が戻ってくることが決まって、その代わりにまた新入り三人急になんて戸惑われるか質問攻めになるだろうとここに来るまでは考えていたけれど、……もう皆さんそれどころじゃなかった。総じて皆様「団長が決めたならもうわかったから今はあとにしろ」のスタンスだ。

これが本当の新人デビューだったらすごい孤立感で寂しいことになったなぁと思うけれど、潜り込みたいだけの今はありがたい。


歓迎どころか邪魔扱いされるのもまぁ仕方ないとは思うけど、アレス曰く今は特に皆ピリピリしてるらしい。

医者担当の先生は比較優しかったし下働きの小さな子どもは歓迎してくれたし料理担当の料理長は笑顔を見せるくらいはしてくれたけど、演目練習中の人は目も合わせてくれないし衣装係は目の色が変わっていた。


そしてそう言うアレスも、今まで見て来た時とは打って変わって大分口が荒い。

今も、前世だったらアイドルをやっていてもおかしくない可愛い女性相手にまさかの豚呼ばわりにちょっと引く。

単なる中身のない悪口だと頭ではわかっているけれど、彼女が豚なら私も社交界令嬢も女性ほとんどが豚になる。


「むぅりぃ~!!縫うのなんかやったら半日かかるぅ!アレスやってよ!明日絶対この衣装が良いのぉ!!」

「うっせぇ!!俺だってこの後仕事も演目の打ち合わせも残ってんだよ!!いつもさぼってた分テメェでやれ御喋りサボり女!!」

こんな可愛い女の子に泣きつかれてもブチ切れるアレスは、衣装片手にしがみつかれた腕も軽々振り払う。

これが学校の中だったら微笑ましい光景に見えたのかなと思うけれど、今は本気の本気で戦場だから笑っちゃいけないのだろう。

振り払われた女性、アンジェリカさんは一瞬ヤンキーも裸足で逃げるような鋭い眼光でアレスを睨み、ちらっと丸い瞳を私に向けた。珍しくサーカス団員さんに視線を向けられ、私も姿勢がビビッと伸びる。

新人を案内する暇はあるじゃん!とか言われたらどうしよう。なんだかアンジェリカさんは年も近いだろう同姓の子だけれど、前世で言うきつい女子感があってちょっと半歩引いてしまう。いくらブラック企業でも女のドロドロ的な世界には巻き込まれたくない。


アレスも、ゲームでは攻略対象者の中心でリーダー格のわりと面倒見の良いイメージあったのになんだか口汚いというか、ゲームよりかなり口が悪いのに違和感がある。しかも今の相手は、女性のアンジェリカさんだ。

ゲームでは確かサーカス団で女性は全面排除されて男だらけのラスボスハーレムだった気がするけれど、この人達もサーカスを去ったのだろうか。

始めまして、と自分でも驚くくらい枯れた細い声挨拶をしようとする私に、そこでぐいっと首が伸ばされた。


「ねぇえ?!女の子ならこれできるぅ?!やっといて!!ねっ?!今度お礼するからぁ!おねがぁい!!」

「アンジェ!!!新人の足元見んな!!」


ごめんなさいお力になりたいけど絶対無理です!!!!!!


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