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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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Ⅲ86.侵攻侍女は気まずい。


「あの、……本当に体調は大丈夫ですか?」


太陽が昇り出した時には身嗜みも整えた私達は、宿を出てすぐ別行動になった。

昨夜打ち合わせしていたお陰で、朝は早朝とはいえわりと余裕もできた。深夜まで夜更かししていた私やステイル達はちょっと寝不足気味の中、一番睡眠をしっかり取ってケロリとしていたのはヴァルだろうか。そして一番睡眠が短いのは当然ながら護衛をしてくれていた騎士達だ。そして別行動で貧困街へ向かうこの面々は、恐らく万全じゃないのが半分以上……恥ずかしながら私も含めて。

今朝に夢見が悪かったのか前兆なのかどちらにせよお陰で今も憂鬱に心身が引っ張られている。


歩きながら振り返れば、アーサーがびくりと肩を上下させた。

「いえっ?!」と声がひっくり返りながらただの体調確認だけで目が零れそうなほど大きく開く彼は、恐らく与えられた仮眠時間は一番短い。


話によると、昨日私が寝室へ移ってからもアーサーは自分の休憩時間も暫くはあの部屋で交代要員であるローランドを待ったらしい。

部屋の外にも内にも護衛はいるしと、待っている間は空いたベッドで楽にしていて良いともレオン達に言われたところアーサーは頑なに上着も脱がず、殆ど起立して護衛体制だったと。ローランドが母上達への報告から戻ってきてすぐ交代はできたアーサーだけど、結果として眠れた時間は交代を均等に回した中でも短いだろう。


今朝ちゃんと仮眠を取れたか確認した時も私から顔ごと逸らしての「大丈夫です!!」は、完全に嘘なのだろうなぁと思った。

アーサーのことだから私に気遣わせないように睡眠不足でも大丈夫だと言う筈だもの。もともと騎士は一日二日程度の不眠不休は大丈夫だと言われても、ちょっぴり心配だ。今日こそゆっくり休めれば良いのだけれど。

ローランドと、そして今は彼と一緒に姿が見えないハリソン副隊長はいつも通りだったけれど、きっと彼らも睡眠時間自体が通常より短いのは変わらない。


「フィリップ様も、お加減はいかがですか?本当に、お熱などでしたら無理はなさらない方が……」

「大丈夫です極めて平温且つ平常の健康です軽食が胃もたれしているだけです」

前方を進むステイルに至っては、今日まだ一回も目が合っていない気がする。

今朝から顔色が熱っぽいステイルは、宿の人が用意しておいてくれたパンも半分くらいしか食べれていなかった。昨日は慣れない寝床でしかも集団就寝だったし、今は王族であるステイルにはちょっと慣れない環境で体調を崩してもおかしくない。今みたいに早口で巻き返すのもそれだけ無理している証拠かなと思えば心配しない方が難しい。

起床後に廊下で合流した時もあまりの顔色に、額へ手を当てようとしたらまさかの瞬間移動で避けられた。ステイルが貸し切った階とはいえ部屋内でもないのに瞬間移動を容易に使うのも珍しいからびっくりした。


「僕のことよりもご自身のことをお考え……考えて下さい。本当に先ほどの〝眩暈〟は大丈夫だったのですか?」

「え、ええ……。もちろん、よ?」

あはは……と、うっかり手痛いステイルからの切り返しに思わず口の端がヒク付く。

思わば私もなかなか挙動不審者ではあったかなと思う。今も思い返せばじんわりと顔が熱くなるのがわかって、無意味に耳へ髪を掻けてはすぐまた戻して赤い耳を隠す。本当、深夜テンションって恐ろしい。


昨晩は、隣部屋の様子が気になってついついゴロゴロしてしまった私だけれど、王行際悪くグダついた後はエリック副隊長に話し相手をしてもらった。

今思えば怖い話大会でもしておけば良かったかしらとも思うけれど、結局はあの話をしたお陰で胸はすっとしている。エリック副隊長の聞き上手と癒し高価もあるだろう。

まさか王女の年甲斐もない恋バナ理論なんてエリック副隊長も聞きたくなかっただろうと思うと申し訳ない。


本当に、色々話を聞いてもらってしまったなとすっきりした頭で思う。

エリック副隊長のことだから人に言いふらしたりはしないけれど、今思えばエリック副隊長の恋理論とか恋愛経験を聞いた方がお互い楽しかったかもしれない。ついつい話しやすくてお話したい欲もいっぱいだったのと相手が大人且つ聞き上手のエリック副隊長だからいろいろ告白しちゃったけれど、結局翌朝はちょこちょこ後悔もした。…………早朝、エリック副隊長の顔を見た瞬間に顔が沸騰して死にそうになって足元がおぼつかなくなるくらいには。


当然私よりもばっちり起きていたエリック副隊長も昨夜のことは覚えているから、彼も当然のように顔が強張ったまま真っ赤に茹ってた。

そりゃあ昨日あれだけ恥ずかしい恋愛相談から恋愛観みたいな話を聞かされれば顔合わせて気まずいし恥ずかしい。

扉越しでは私が一方的に恥ずかしくて語りながら顔を煽いで一人サウナ状態だったけれど、エリック副隊長も恥ずかしくなるくらい優しい言葉をくれたし恥ずかしさはお互い様だったのだろう。…………うん、今思うと話し相手がエリック副隊長且つ扉越しだったのがもう駄目だった。

相手がティアラだったあんなに恥ずかしくないしへらへら笑って冗談も最初からガンガン言えたのに!!扉越しじゃなかったら流石に恥ずかしさに耐えきれなくて途中で話も自分で切り上げられたかもしれないのに!!男性の!!妙齢の!!しかも騎士様に何話しちゃったの私!!!!!!


扉越しだから話せたけれど、扉越しだから話しやすくてついつい口が滑ったところもあるかもしれない。本当、口が堅いエリック副隊長とハリソン副隊長で良かった!!…………いや、ハリソン副隊長はいっそ聞いていなかった可能性もあるけど。確認するの怖いから聞けない。

結果、私は私で失礼ながらエリック副隊長とは一度も目も合わせれず昨晩の夜更かしお付き合いのお礼も言えずに別行動してしまった。本当に申し訳ない。

レオンにも「何かあったのかい?」と聞かれたしセドリックにも「体調が優れないのならば今すぐ医者を!」と全力で顔色を心配されたのは、ステイルやアーサーだけでなく私とエリック副隊長も同じだ。


『?僕は平気だよ。昨晩は起こしちゃってごめん。あんな皆で寝るなんて初めてだから燥いじゃって』

『ああ、平気だ。昨晩はとても有意義な話もリオ殿から聞くことができた』

具体的にどんな話をかは聞けなかったけれど、集団就寝に体調を崩したステイルと違い、レオンとセドリックは元気だったなぁと思う。

私から昨日の深夜訪問のお詫びと一緒によく眠れたか尋ねれば、むしろお肌ツヤツヤで生き生きしていた。あの二人が生き生きでステイルとアーサーが熱っぽいのを合わせると、いっそあっちも恋バナ大会をしていたんじゃないかと思う。それならステイルもアーサーも恋バナ中に乱入しようとした私を見て昨晩のこと思いだして気まずくなるのも当然だ。

いつ私に詳しくと言及されるかもわからないのだから。実際すごく聞きたい。…………いや、男性だけの恋バナ大会で私が真正面からできるのかと聞かれれば別だけど。エリック副隊長と同じく扉挟んで、私一人廊下参加でやっとだろうか。


「…………フィリップ様。昨晩はどのような……?」

「~~っ……申し、いや……聞かないで、ください。単なる確認事項ですから……」

私への話し方も本調子にいかず、最後は消え入りそうな声で言うステイルは肩も大分丸かった。

眼鏡が曇ったのかまたふらふらと歩き出し、途中で眼鏡を取っては歩きながら拭いていた。念のためアーサーへ振り返ったけれど、やっぱり激しく首を縦に振るだけでステイルの言い分に異論はないらしい。まっすぐ蒼い目を合わせてくれたアーサーは、嘘を言っているようには思えない。

確認事項、となるとやっぱり本当に作戦会議の延長か恋の有無程度か。なんだか今日一日目も合わせてくれないステイルの背中がみるみるうちに小さくなっていくのが気になって、やっぱりもうこれ以上は聞けない。

まだこれから貧困街経由で元サーカス団と合流も待っているけれど、それまではステイルもアーサーも調子が戻っていると良いなと思う。

聞きたがっている私と、昨日のやり取りを知るお互いがいるステイルとアーサーにはなかなか気まずい状況なのかもしれない。


「…………アランさんと、カラムさんは無事かしら」

「!大丈夫、でしょう。団長とアレスもこちら側になりましたし、いくらか動きやすくなっていると思います」

「じっ、自分も、そう思います。間違いなくラルクとオリウィエルからも守って下さっています!」

話題を投げかける私に、思ったよりも前向きにステイルもアーサーも返事をくれてほっとする。

少し詰まり詰まりではあるけれど、いつもの調子の声にそれだけで嬉しい。一人胸を撫でおろしながら「そうね」と私も肩の力が抜けた声がでた。当たり前だけど、やっぱり二人から大丈夫といってもらえると心強い。

昨日団長さんの護衛を任せた二人なら、ラルクからも間違いなく守ってくれる。

昨日までは団長がどこにいるか今現在無事かと安全確保するのも難しかったけれど、やっぱり居場所を確保していると安心の度合いも全然違う。しかも守ってくれているのは我が国の騎士だ。


「貧困街まではすぐです。ジャンヌはしっかり僕やジャックから離れないようにしてください」

「フィリップ様?ジャックではなく彼はアーサーです」

はっ!!と、次の瞬間背中でもわかりやすく息を飲むステイルがおかしくて、思わず笑ってしまう。気を取り直そうとしてくれたのだろうとわかるから余計になんだか微笑ましい。

これにはアーサーもちょっとおかしかったらしく一拍分我慢してから「ブッ!!」と音が聞こえた。振り返れば、腕ごと口を押さえながら背後に顔を背けているアーサーの肩がぴくぴく震えていた。むしろツボだったらしい。

アーサーの笑った音にステイルも流石に気になったのか、こっちに初めて振り返ってくれた。眉間にぐっと皺を寄せて、拭き直した眼鏡の黒縁を指先で押さえるステイルはまだ顔が赤い。漆黒の鋭い眼光は私ではなく、アーサーに向けられていた。


「…………傍から見れば俺とジャンヌ、お前だけの三人だというのによくも目が離せるな??」

ピクピクぷるぷる笑いながらのアーサーに低めた声がかけられる。

確かに、普通の人には私達三人しか見えない。護衛役であるアーサーが明らかに目を離したらちょっとは危険度も上がるのは確かだ。…………まぁ、実際はハリソン副隊長もローランドも姿を消して目を光らせてくれているし、アーサーもこの距離で私達の危機を見落とすわけもないのだけれど。

それでも、アーサーも手の甲で口元を隠しながらぎこちなくこちらの正面へ首を向けた。……いや。


「ッだ?!ハっ……わかりました向きます!向きますから!!」

やめてください!とアーサーが声を抑えて叫ぶ。

向けた、じゃない。向けさせられている。

不自然にならないように隠してはいるけれど、ぎこちない首の動きと爆笑から打って変わってぎょっとした表情をみると、恐らくハリソン副隊長に無言で怒られたのだろう。

私達にはアーサーの首がぎこちなく回っているようにしか見えないけれど、思考の目にはハリソン副隊長がいるであろう背後からアーサーの頭を鷲掴んで強制的に振り向かせようとしているのがわかる。「護衛対象から目を離すな」と言いたいのだろうか。殺気や怖い気配はしないから多分怒ってはいないと思いたいけれど。


ステイルもハリソン副隊長からのお咎めがあったのは察したらしく、少し機嫌が直ったように「きちんと守ってくれ」と気楽そうな声でアーサーに笑いかけた。

解放されたらしい首を片手で摩りながら「わァってます!」と叫ぶアーサーもいつもの調子だ。

ふふっ、となんだかハリソン副隊長に怒られているアーサーが新鮮で笑ってしまえば、自然と今度は振り返ったステイルとも目を合わせられた。

一度はまた進行先へと顔を戻してしまったステイルだけど、それから後ろを歩く私に足並みを少し合わせて先頭からちょっと外れた斜め前まで近付いてくれた。お蔭で後頭部だけでなくやっと顔も見れる。

ちらっと私に向けてくれた漆黒とまた目が合わせられた。


「………。ジャンヌ、サーカス団では決して目立とうとする必要はありませんから」

「!ご心配ありませんわ。私はただの侍女ですもの」

「目立つのも危険なことも俺が代わりに二倍やります」

ステイルからの念押しに胸を張って見せれば、目立つのが苦手なアーサーが心強い言葉をくれた。

ありがとう、と心からの笑みで返せばアーサーの顔色が緊張からかまた少し赤らんだけれど、今度は目を逸らさずに唇を結むだけだった。代わりにニッと自信の伴った笑みが、ちょっと垂れた眉と一緒に返された。


お陰で、貧困街で待つリディアさん達と合流できた時には、またいつもの調子で呼吸を合わせられた。






…………







「入国理由は?」


ケルメシアナの門前で、早朝一番に門は開かれた。

昨夜の酒が抜けきれず寝惚け眼の門兵が姿を現すより前に、馬車はじっと待っていた。貿易だけでなく、隣国の催しの関係で経由する入国者が多い今の時期はそういった馬車も珍しくない。


朝一番から仕事が待っていたことに、やる気もない門兵は欠伸を今にもしそうな口でいつもの確認作業と問いを重ねる。

大して警戒意識も高くないこの地では、荷馬車の中身と入国理由や立場を口頭で確かめられれば大概はチェックもなく通される。馬車の中身も荷車の中身もどちらもまともに確認しない。

しかし、その門兵は御者への口頭質問を途中で切り上げた。

閉め切られていた馬車から、外を確認しようとカーテンを開けたところでその中の人間が見えてしまった。

寝惚けたつまらない作業の楽しみに、ちょっとした会話でもと望むのは彼にとってはいつものことだった。太陽が昇り始めたばかりで門の前はまだ薄暗かった。

入国理由を気安く尋ねる門兵に、もう一人の同僚は目玉が零れそうになりながら「おい!その馬車はっ」と止めに入る。この上なく上等なその馬車に、ただの上流階級ではないと気づいたがもう遅い。

尋ねられた窓際の主は、閉じられた窓越しに門兵へ顔は向けずに口を動かした。淡々とした、平らな声で。




「買い物です」



端的過ぎる返答に詳しく尋ねる余地はあったが、直後には同僚に事実を告げられ一気に顔色を変えた。

失礼いたしました!!と頭を下げ、慌てて門を開きそして通達に急いだ。


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