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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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そして話す。


「………………ハァ……」


トン、と。

再び自分の部屋に入ったところで項垂れ、閉じた扉に背中を預ける。…………なんだか、部屋を出る前よりも眠れなくなってしまった。

聞くんじゃなかったと思考の三割くらいが思う。ものすっごい羨ましい。頭がいつもの倍重くて、ぐったりと背後の扉に預けないと前に垂らしたら転んでしまうんじゃないかと思う。

まさかの、男性陣は全員仲良く同室でお泊り会だなんて。もう本当に本当に羨まし過ぎる。そんなの絶対楽しいに決まっている。


そりゃあ作戦会議という建前で同じ話題を繰り返したりうっかり声が大きくなる。アーサーもステイル相手ならまだしも、王族であるレオンやセドリックともそんなに砕けたんだなと思う。ベッドで囲んで皆で寝転がりながら立場の垣根も越えてわいわい話していたんだ。あー---羨ましい。

もうこんなことなら私もティアラとロッテとマリーとセフェクとアムレット呼んでパジャマパーティーをしたい。ここが王族用の宿だったらせめてロッテとマリーと……いや、今は母上と同室だった。

私は一人個室でごろごろしてるのに、男性陣は仲良くわいわいなんて羨ましいしかない。しかも、男だけの男子会とわかりながらも空気を読まない恥を忍んで参加を頼んでみたら、エリック副隊長に待ったをかけられた。…………今の、この格好に。


「~~~~っっ………」

改めて自分の胸元から足元まで視線を流せば、もう顔から火が出そうになってそのまま扉をに背中を預けたまま座り込み、崩れ落ちてしまう。

煩くするわけにはいかず、足をバタバタさせる代わりに自分の折り曲げた膝を両手でペチペチ叩く。

侍女用の寝衣は着易くて嫌いじゃないけれど、それでも布は薄いし素朴なデザインだ。いつもなら寝衣なら上着の一枚は羽織って歩いていたから気にしなかったけれど、この格好でよりにもよってアネモネの騎士の前にまで出てしまったのかと思うともう死にそうになる。一周回って露出狂とか思われてたらどうしよう。今だけは自分のこの強調する胸が恨めしい。こんな格好で未婚王子三人がいる部屋に乗り込もうとしたのを見られるなんて!!!!


エリック副隊長が止めてくれて助かった。どうりでアーサーが駆け込んできた時も扉を押さえてくれた筈だ。あれも、後輩のフォローだけでなく私がうっかりこの格好を晒さないように気を遣ってくれたのだと気付いたのは格好を指摘されてからだ。

しかも、服装指摘の前にアーサーとステイルに駄目出しを叫ばれた。しかもしかも着替えたらワンチャンリベンジ希望もレオンに却下された。パジャマパーティーに参加できるなら着替えの手間なんて惜しくないし、前世だったらジャージでもスウェットでも構わないくらいに参加したい欲が勝ってしまった。なのに、間も悪くもうあっちも寝るところとか!!

やっぱり最初の声が聞こえた時にすぐ決断すれば良かった。エリック副隊長に廊下だけの短距離で上着を貸してもらって連行して頂いた居た堪れなさときたら!!


ペチペチペチペチッと、自分の手のひらの音ばかりが続く中羨ましさと恥ずかしさと自分の間の悪さが混ざりあって動けなくなる。

これ以上煩くしたくなくて、今度は自分の膝をぎゅー-----と抱き締める。もう、もう、絶対エリック副隊長も恥ずかしかっただろう。暗がりにだらしない王女をほんの数歩分だけでも手厚く保護して連行させられて!!!せめてもう片方がハリソン副隊長だったのが唯一の救いだ。終始顔色も変えず淡々と付き添ってくれた彼にもある意味感謝しかない。

もうこのまま打ちひしがれて眠って明日に逃げたい。と思いながら喧嘩した子どもみたいに蹲って固くなる。目を無理やり絞り閉じれば目尻に本気で涙が滲んできた。恥の上塗りとはまさにこのことだ。


「…………あの~……ジャンヌさん?だ、大丈夫ですか………?」


そっと、ノックの音もなく囁くような潜め声た唐突に扉の向こうから聞こえて来た。エリック副隊長だ。

扉にこうしてぴったりくっついていないと聞こえない声で、間違いなく私が扉の前にいるのがバレているのだなと確信する。

さっきから扉にズルズルその後も一人悶えている音で気付かれていて当然だ。部屋に戻る前も上着を返した後はほとんど二人の目も見れず落ち込みと羞恥で文字通り穴に入る心境で部屋に逃げ込んだから心配してくれているのかもしれない。

恥ずかしさで消えたくなって唇に力が入ってすぐには話せなかった。すっぱいものを食べた後みたいにぎゅっと絞ってから、大きく呼吸をする。気持ちを落ち着けてから「大丈夫です」となんとか返す。


「ごめんなさい……、お恥ずかしいところをお見せしました…………」

「!いいえ、とんでもありません。自分こそ、もっと早くお声掛けすべきでした。本当に申し訳ありません」

こそこそと、お互い扉にぴったり耳を突けていないと聞こえない声量で話し合う。

ふと、座り込んでいる私に対してエリック副隊長の声が近いなと気付く。もしかして合わせて座ってくれているのかなとも思ったけれど、それにしては少し高い位置にも思えるから片膝程度だろうか。どちらにせよ気遣い頂いて申し訳ない。

とんでもありません、と私からも謝罪を否定し、そこでまた息を吐く。さっきよりは肩の力が抜けた呼吸ができた。

顔を両手で覆い、また膝へと前のめりになりながらも今夜だけで数度目の恥を知る。寝ぼけていたわけじゃないから余計に自分の中での言い訳が立たない。敢えて言うならば「いつもの格好のつもりでした」程度だろうか。


「……っ。……ぁ……あ〜……そっ、そういえば、先ほど頂いたご確認、なの、ですがっ……〜っ」

一人萎れて小さくなっていく私に、ぽつぽつとエリック副隊長から投げかけられる。

今度はすぐわかる。部屋を出る前に尋ねた要件のことだ。さっきよりも声が擦れ、しかもどこか裏返り気味のエリック副隊長の声に私も顔ごと扉へ振り返る。たぶん、さっきまでの私のやらかしから気を逸らそうとしてくれているのだろう。


深夜にこんな恥ずかしいことをする私にどこまでも優し過ぎるエリック副隊長にもうなんか滲みすぎて泣きたくなる。

下唇を小さく噛み、お祈りするように指を組んで今は話逸らしに全力で乗る。男子会には参加できなかったけれど、こうやってエリック副隊長とお話しできるのが今ものすっっごく嬉しい。

ははは……と言う前から枯れ気味の笑いを溢すエリック副隊長は、たぶん本当は改めて言うのも恥ずかしいのだろうなとわかる。言いにくそうに、だけど柔らかく言ってくれるエリック副隊長の緊張が扉越しに私にまで伝わってくるようだった。


「……〜〜〜っ……じ、自分は、大丈夫です。ので、ご心配は要りません」

「あ……りがとうございます……。安心……致しました……」

本当言いにくい話題をごめんなさい。

それが喉の手前まで出てきて飲み込む。改めて話すと我ながらなんてすごい話を振ってしまったのだろう。

エリック副隊長は大人だし、優しいし誠実だしこんな素敵な人が恋愛に縁遠いわけがない。庶民の出身であんな温かな家で育ったのなら、きっと周りも放っておかなかったのだろうなぁと思う。私がもしエリック副隊長のご近所さんに庶民として生まれてたら淡い初恋になっていてもおかしくない。そういえばキースさんもエリック副隊長に前に彼女さんがいたような仄めかしがあったような気もする。…………そんな人に、私はなんて当たり前な質問を。

むしろ疑っていたように聞こえていたらどうしよう。あの流れだからつい口に出てしまったけれど、下手すれば上司からのセクハラかもしれない。

けれど、ここでまた謝罪をすれば折角無限謝罪から身を挺して話を逸らしてくれたエリック副隊長の優しさを無碍にすることになる。ここは私からも素直に話を返そう。


「エリック副隊長みたいな優しくて誠実な男の人に恋してもらった人は本当に幸せものですね」

全力で話に乗って、楽しい気持ちで大人しく寝つこう。

思ったことを正直に口にする。エリック副隊長の恋愛が今なのか子どもの頃みたいな昔なのかはわからないけれど、どちらにせよ一生の自慢だ。エリック副隊長が好きになったなら、きっと相手の人も優しくて同じくらい素敵な人に間違いない。

確信しながらの言葉に、ゴッと扉から振動が伝わった。私じゃないから、多分エリック副隊長だろうか。まさか私が全力乗りするとは思わなかったのか、「ししし失礼しました」の声が早口かつ震えて聞こえた。

照れてるのかな、と思えば謙虚なエリック副隊長が赤らんでいる顔が頭に浮かんで可愛くて、見てもいないのに私の顔が緩んでしまう。

ふふふっ、と声に出そうなのを両手で押さえれば、エリック副隊長が消え入りそうな声だけど「恐縮です」と言ってくれたのが聞こえた。

本当はもっと褒め言葉だけなら朝まで語れるくらいあるんだけれど、せっかくのお話に私だけが一方的に話すのも勿体無い。



「羨ましいです。……私は、まだ()()()()()()でしたから」



曲げた膝を抱き締め、自然に笑んで溢れる。

部屋で一人。扉越しだけの内緒話が、始まった。


Ⅱ96

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