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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
133/289

Ⅲ83.越境侍女は尋ね、


「ハリソンさんと同じく自分も身のこなしには自信もありますので!!」

じぃっと凝視し続けていれば、またアーサーの叫び声が聞こえてきた。

大きな声にアネモネの騎士達もがっつり扉へ振り返っている。彼らも声の正体が王族の誰でもないことがわかっているのだろう。その前にもドンドンという音がうっすら聞こえたから余計にだ。

そっちはちょっと遠かった気がするけれど、繋がっている床を通じて振動がぼんやり伝わってきたほどだった。

さっきの叫びに続いて、今度は身のこなしの保証とくると余計なんだろう。さっき考えていた延長線上で、やっぱり幽霊談義だろうかと想像してしまう。アーサーなら幽霊にも勝てると断言しても不思議じゃない。


しかも今度はハリソン副隊長の名前まで出ている台詞に、視線を変えればとうの名指しされたご本人もいつもより瞼が開いていた。

じっと興味深そうに私達と同じ方向を見つめている。前髪ぱっつんなのに長い黒髪に顔が隠れた横髪の隙間から紫色の眼光だけが妙にはっきり見えた。………まぁ、うん。ハリソン副隊長なら幽霊には絶対勝てる。

そんなことを思ったら、不謹慎にも井戸から出てきそうなハリソン副隊長が頭に浮かんで眉間に力を込めて打ち消した。

私の視線に気付いたのか、まっすぐ顔正面をこちらに向けてくれたハリソン副隊長に「何か」と聞かれ、うっかり肩が正直に上下する。本当にごめんなさい。

い、いえ!と声を抑えながら慌てて誤魔化しアーサーの声がした方向に視線を逸らした。


「あ……明日から戦闘になった場合とかの………相談でしょうか………?何か問題があったなら私ももう一度話し合いに参加したいのですけれど………」

「~いえ、アレは恐らくそういう……ではなく……」

その実、怪談大会と思っている私の疑問にくぐもった声が訂正を入れてくれる。エリック副隊長だ。

片手で自分の両目を軽く覆いながら口を動かすエリック副隊長の表情はハリソン副隊長以上に読めない。ただ傍に立ってくれている彼だけ少し体温が熱い気が空気を通して伝わってきて、まさか体調でも悪いのかなと心配になる。ハァ……と溜息まで聞こえてきて、肩まで落ちた。


ハリソン副隊長も会話の主旨がわからないらしく、エリック副隊長に顔を向けたけれどなかなか言葉の続きは出てこない。

そうしている間にも隣の部屋からは会話こそ拾えないけれど何か話しているらしい声はうっすら漏れ聞こえてくる。床鳴りは早々になくなったけれど、あれもやっぱり反対隣の部屋からだったのだろうか。………もしくは騒ぎに起きたヴァルが怒って踏み鳴らしたか。いや、下の部屋の宿泊客か宿屋の苦情である可能性もある。


段々気になってきて、扉を隙間だけでなくしっかりと開けて今度は半歩廊下に出る。その途端「プァッ………」とエリック副隊長が珍しく本名を言いかけたけれど、途中で止まった。やはり深夜だしベッドで大人しく寝ていなさいということなのだろうけれども、やっぱり気になる。

ごめんなさい、やっぱり気になってと。言葉を繋げながら視線ががっつり隣部屋の扉へ向く。今なら、まだ話題についていけるかもしれない。


「エリック・ギルクリスト。続きを」

「!失礼しました。……ジャンヌ、が先ほど仰っていたのと同じことを、恐らく今アーサー達も改めて確認されておられるのかと……」

待ちきれなくなったらしいハリソン副隊長からの鶴の一声に、ビクッと身体を震わせた後エリック副隊長がさっきの「そういう」の続きを潜めた声で説明してくれた。

私が言っていた……、と言われてもどの話題だろう。もう扉向こうの声が気になってその前にどんな話をしてたか思いだせない。ハリソン副隊長にも目を向ければ小首が傾いていた。どうやら彼もしっくりこないらしい。


私達の察しの悪過ぎる様子にエリック副隊長は薄く苦笑を零すと、そこで「オリウィエルの」と一言付け足してくれた。

その途端やっと私も理解する。そういえばついさっき私もエリック副隊長に似たような質問をしようとしていたところだった。

確かにそれならしっくりくる。確かハリソン副隊長は触れられない触れる距離まで近付かない潜むから絶対同行すると断行宣言してくれたし、アーサーも避けれるということだろうか。…………あれ?でもアーサー確か私が確認した時は「大丈夫」と言っていたし。なら、ハリソン副隊長がもしオリウィエルにうっかり触れられそうになっても自分が補助しますということだろうか。

やっぱりアーサーも隊長なんだなぁとしみじみと思ってしまう。

今でもハリソン副隊長に委縮しているところはあるけれど、こういう時に部下を守りますと言えるのはやっぱり格好良い。ハリソン副隊長が隊長だった時はまだ部下だったアーサーだけど、今はアーサーの方が上官で上司だもの。

おぉ……と感嘆を口の中だけで留め、無言のまま深く頷く。でも、やっぱり怪談大会ではなかったということだろうか。ちょっと残念だけど、つまりは私が入って良い話題ということでもある。


「~~ッその、本当に誓ってレオっ、リオ殿にも誰にも迷惑はおかけしません!!ですが許可を頂いている以上やはり御同行させて下さい……!!」


うん、問題なさそうだ。

また聞こえたアーサーの声は、うっかりレオンをそのまま呼び掛けて大分動揺しているのが声色だけでわかった。けれど、ハリソン副隊長の知らない筈のところでもきちんと彼の同行を代わりにお願いしてあげているアーサーは偉い。

エリック副隊長の解説と今までの発言の流れから察するに、今はレオンが()()()()()()()()()()()難を示しているといったところだろうか。

ハリソン副隊長は唯一近衛騎士の中で恋愛関連が皆無の人だ。……、まぁむしろこれで恋愛したことがありますとカミングアウトされたらその方がそこ詳しく聞かせて下さい案件だったから意外ではなかったけれど。

失礼ながらハリソン副隊長が恋愛する姿が私も想像できない。

ハリソン副隊長がオリウィエルの特殊能力を受けて恋に狂って敵に回る姿は本気で怖いし確かに私もお留守番して欲しいところはある。けれどアーサーがここまで言うなら大丈夫だろうと改めて思う。なにせ、完全実力主義の八番隊でハリソン副隊長の上に立った騎士の言葉だ。


良かったですね、と意思を込めてハリソン副隊長に笑みを向ける。……けれど、残念ながら伝わらない。

不思議そうな眼差しで私を見つめ返してはくれたけれど、また小首が微妙に傾いている。更には一秒も経たずそこで目を逸らされてしまった。

意思疎通が叶わなかったとこにちょっぴり胸が痛みながら、私はとうとう一歩踏み出す。明日の同行についてなら私も会話に混ざっても問題ない。むしろ当事者だ。


そっと気配も足音も消し、慎重に歩く。下階の宿泊客がいたことを考えて、間違っても私がうっかり起こしてしまわないようにと留意する。私に続いてエリック副隊長とハリソン副隊長も付いてきてくれ、更にはずっとこちらに気付いていたアネモネ騎士も無言のまま扉正面を譲ってくれた。

まだ誰も部屋から出ていない、と扉の隙間から零れる光とそしてうっすら会話も聞き取れる複数の声で確信する。口の中を一度飲み込み、夜更かしをバレるのもお互い様だと自分を奮い立たせ私は拳を握った。


コンコンッ


「はい!!!」

ノックを鳴らせば、思ったよりも大きな反応が返ってきた。間髪入れない弾けるようなアーサーの声に、思わず私もびっくりして身体が跳ね上がる。

ドタバタとした音じゃないけれど、明らかにこちらへ勢いよく迫っているのが足音と気配でわかる。あまりの勢いにエリック副隊長も驚いたのか、すかさず私の横から手を伸ばしドアノブをがっつり掴んだ。扉の隙間光のお陰でさっきより顔がはっきりとわかるエリック副隊長は火照った顔と凄まじく焦った様子で扉が内側から開けられないように押さえつける。この勢いだとアーサーが問答無用で開けると思ったのだろう。

流石に部屋に王族がいるのにノックの向こうが誰か確認せず問答無用で開けたら無用人だ。アーサーのうっかりを無言で事前フォローしてくれようとするエリック副隊長も流石先輩だと思う。


部屋の外にもアネモネの騎士もいるのに、やっぱりアーサーのことだし自分が開けなきゃと思っているのだろうか。ここで扉前で「どなたですか?!」と言ってくれれば問題はないけれど、この勢いは交代の騎士だと思っている可能性が高い。ローランドと勘違いしているのかもしれない。ならエリック副隊長に倣って私からも先手を掛けなければ。


「ジャンヌ、です。夜分にごめんなさい。皆様、まだお部屋に居られるようでしたので………?」


………直後、どったんばったんと音が重なった。

今度こそ下の宿泊客がいれば怒鳴られる案件だろうかと思いながら肩が上下する。取り敢えず扉が思い切り衝撃を受けたらしいのはアーサーか。驚き過ぎてぶつかったのかもしれない。もう一つの音はセドリックの相変わらずの過剰反応だろうか。

大きな音の後は、むしろまるで修学旅行の夜みたいに全員がしんと静まり返ってなんとも言えない沈黙が流れる。まさかの居留守か寝たふりだ。


恐る恐る大音の出所と無事の確認を呼びかければ、やっぱり音の出所の一人はセドリックだったのか最初に返事をしてくれた。何か問題があったのかと尋ねられ、…………まさか皆のわいわいに参加したくてなんて言えない。

怪談大会でも明日についての作戦会議延長戦でも、やっぱり皆が話しているなら仲間に入れて欲しいなんてどう言葉を選んでも大人げない。

自分の中で何度も言葉を咀嚼しながら、話し合う内容がまだあるならと遠回しに嘘にならない程度に言ってみる。ここで「はいそうです」「どうぞどうぞ」だったら一番嬉しいのだけれども、残念ながら返答はレオンからの「うるさくしてごめん」の謝罪からの─


更に羨ましい、情報開示だけだった。


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