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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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そして伏す。


「あ……、その、じゃあ今から先ほどの服に着替えて来るので、そしたらお邪魔しても………?」

「ご、ごめんジャンヌ。実は僕らもちょうど寝るところで……。夜更かしは肌に悪いし、君も休んだ方が良いと思うよ」


まさかの衣装変更してでも参加したがるプライドに、主催者のレオンが責任をもって待ったをかけた。

実際もう寝るところである。しかも、あんな会話をした後のステイルとアーサーの前にプライドを投下するなど愉快犯以外の何物でもない。

レオンからの断りに、プライドも「そうですか……」と肩を落としつつ納得した。実際今が深夜過ぎであることは彼女自身も自覚している。こんなことになるならもう少し早めに来れば良かったと後悔しながら、仕方なく諦めた。

今の格好を自覚した自分へ背後からエリックにより上着をかけられればなんだか連行前の犯人みたいだなと小さく思う。ちらりとエリックへ視線を上げ、感謝を込めてぺこりと挨拶してから再び扉へ向き直る。


「寝るところにごめんなさい。失礼致しました。また明日、宜しくお願いします」

おやすみなさい。

そう最後に告げ、扉の向こうとそして扉脇で控えているアネモネ騎士に向けて淑女らしく綺麗な動作で頭を下げた。

扉越しにセドリック達からもそれぞれ「おやすみ」「良い夢を」「おやすみなさい」と言葉を掛けられるのを受け取ってから、静かに再び自室へと戻っていく。深夜であることを配慮し足音どころか気配も消して廊下を移動する彼女が、唯一立てた扉の音を聞き届けてからやっと男性陣は全員がほっと呼吸ができた。

あまりにも会話に白熱し過ぎた所為で彼女が部屋を出て来た唯一の音にも気付けなかった自分達を各々が胸の内で叱咤する。特にアーサーは死にたくなった。オリウィエルに抜かりはさせないと宣言したところでうっかりプライドの接近に気付けなかったのだから。プライドが気配を消して移動したとはいえ、扉の音は自分の大声で掻き消え耳に届かなかった。

しんと耳鳴りのような沈黙の中、ステイルとアーサーは叫び出したくもなったがもう彼女を起こせないと必死に喉の奥へ抑え込んだ。レオンがぼふんとベッドに脱力し倒れ込み、セドリックも毛布を手放し両手をベッドについた、……ところで。


ダリオ、ダリオ様と。


まるで示し合わせたかのようにステイルとアーサーが振り返りざまに彼を呼んだ。

大声ではなく、今度こそ絶対にプライドに気付かれないように潜めた声だったがそれでも静まり切っていた中で重なる声はセドリックの耳にもよく届いた。

「は……?!」と、まさか自分が話しかけられるとは思わなかったセドリックは心臓がまた跳ねた。何か自分にも責任があっただろうか、プライドへの返答に問題でもあっただろうか、出張ってしまっただろうかと様々な憶測を思考しながら二人の方向へ顔を向ける。

大声を出せない中、扉前に棒立ちしていたアーサーもそしてベッド前に崩れ座り込んでいたステイルも音もなく素早い動きでセドリックに直接迫ってきた。大声を出せない分を距離を縮めて稼ぐ。

思わず喉を反らし後ずさるようにベッドから落ちかけるセドリックに、アーサーとステイルはそれぞれ互いの出方を伺うまでもなく迫り寄った。

互いが何を考えているかも理解した上で彼へと訴え、言及する。


「じっ、自分達ジャンヌに聞こえるような声でなんて口走ってましたか覚えておられますか……?!」

「一字一句違わず反復してくれ。通常の声以上で俺達が発した発言全てだ」

お願いします!頼む、と。アーサーとステイル二人から順々に縋られ、セドリックは燃える瞳を白黒させた。

自分が予期したどれとも違う彼らからの訴えに、ぽかりと口が開いてしまう。しかし、とんでもない話ばかりをしてしまった二人にとっては死活問題だった。プライドがいくら「聞こえなかった」と言っていてもそこで楽観視できるような会話ではなかったことは自覚している。たった一言でも彼女に聞かれたくない発言を大声で発していたらと思えば死にたくなる。


他でもない二人からの頼みに、セドリックも瞬きを繰り返しながらも承知した。神子の記憶力で、レオンとの恋談義提案が始まってから通常以上の声で自分達が行った発言全てを最初から順々に言葉にして繰り返す。


祈るような気持ちでそれを一つ一つ耳を立てるステイルとアーサーを見つめながら、レオンは少し首が傾いた。セドリックの神子を知らない彼にとって、アーサーはまだしも天才と名高いステイルまでもがセドリックを真っ先に頼ったのが不思議で仕方がない。しかし、二人の望み通りにセドリックが今までの会話の内からいくつかを抜粋するのを聞けば納得はできた。

彼はよく人の話を聞いている、物覚えが良いんだな程度の理解だが、それでも以前に始めて目にした武器を一目で使い方を覚えた彼を思いだせばやはり覚えの良さだろうと感心させられる。そのまま、自分も不用意な発言をしていないかとレオンもまたセドリックの発言を最後まで耳を傾けた。


最後のプライド乱入まで聞き届け、少なくとも自分達の大声には彼女に聞かれて困るような核心的な発言がなかったことを確認できたところで、ステイルもアーサーも一気に全身の力が抜け床に崩れた。

ハァァァァァ…………と全身の二酸化炭素を吐き続け、さっきまで瞬きすらせずかっ開いていた目をぎゅっと閉じる。まるで双子のように同じ動作をする二人に、セドリックも、自分の新入り使用人二人を思い出した。レオンも小さく笑いながら、壁際に佇むジェイルとマートに灯りを消すように指示を出す。

レオンの指示により静かに灯りとなるランプが消される中、ステイルも視界がなくなる前にベッドへ移動した。「すまない助かった」とセドリックに感謝を告げ、もう泥のように寝たいと思う。続けてアーサーも深い低頭と共に無礼と感謝を告げた。


コンコン


そこで、再びノックが鳴らされた。

今度こそ声を抑え合い、間違いなくプライドの部屋から扉の音はしなかったとわかりながらも全員が身を強張らせた。

ぐるりと扉へ注目しながら、息を飲む。ノックの音は女性であるプライドが鳴らしたのと同様に控えめな小さな音だった。

ゴクリとアーサーの喉から太い音が鳴り、今度はその場で固まった。ついさっき、着替えをしてでも自分達との雑談に混ざりたがったプライドが嫌でも頭に過る。

今度はアーサーより扉に近い位置にいた騎士のジェイルが、そっと暗闇の中で動いた。扉へと歩み寄り、全員起きているとはいえ就寝の為に暗く沈黙にも沈められた部屋で極限まで声を抑え扉の向こうへ言葉をかける。

こそこそと、暗闇の中では本人達以外誰も会話を拾えない声量での短いやり取りだ。全員が口も開かずに扉のやり取りに意識を向けた中、会話を終えたジェイルが静かな声で振り返る。


「アーサーさん、ローランドが戻っ」

「死ぬほど会いたかったです……!!!」


戻って来たぞ、まで言い終える余裕もなかった。

声を限界まで意識的に抑えはしたが、それでも滲み出るアーサーの激情に思わずレオンは無言で笑う。足音を立てずに最速で扉に向かうアーサーは蜘蛛の糸にでも縋る気持ちで退室を決めた。明かりも消され、レオン達から許可は得たとはいえベッドで寝る気にもなれずにどうしようかと惑っていたところでの救済だった。


お疲れ様です、失礼しますと丁寧な挨拶を繰り返すアーサーにステイル達もそれぞれ応えた。心身ともに削った彼をこれでもまだこの部屋で休めば良いと引き留める非道はここにはいない。

全員の許可を得て、マートとジェイルにも重ねて挨拶とそして騒がしくしてしまった謝罪を重ねる。申し訳ありません、お騒がせしました、この後も宜しくお願いします。そう礼儀正しく謝るアーサーに、マートとジェイルも声を極限まで潜めて返す。


「アーサー、ダリオ殿に対し、畏れ多い要求をしたことは寝る前にもう一度反省しろ。調子に乗り過ぎだ。フィリップ様に対しても人前でやって良いことと悪いことがあるのはわかるな?」

「気持ちはわかりますが……貴方の御友人はフィリップ殿だけでは?」

すみません、本当に申し訳ありません…………。と、当然の叱責にアーサーは一気に興奮が地まで落ちた。

頭を下げて首どころか上体も真下を向いたまま、アーサーは消え入りそうな声で顔の筋肉にぎゅっと力を込めた。途中からステイルを前に遠慮がなくなってしまったことには気付いたが、会話が会話だった所為でそれどころではなくなってしまった。しかも今はいつもの近衛騎士ではなく先輩騎士二人に見られていたのだと思えば穴に入って埋まりたくなる。


頭を上げても変わらず肩も背中も丸くなるアーサーは、上手く二人に目も合わせられなくなった。ステイルだけでなく王族二人に対しても遠慮のない発言をしていた気がすれば、それを見られたことにじわじわと顔が熱くなる。

ステイルが友人であることがバレているのは知っているが、混乱のあまり王族二人に対しても自分でも驚くほど遠慮がなかったことは自分でも恥ずかしかった。しかも騎士に見られて、こうして注意を受けている。ステイル以外の王族はいくら顔見知りになっても本来友人ではないのだと、改めて頭に刻むがもう失態を見られた後では遅い。


しかし、騎士二人からの叱責もそこまでだった。全身に反省の色を見せるアーサーに、それぞれ肩へ手を置いた。「ゆっくり休め」「お疲れ様でした」と労いと共に、彼を扉の向こうへと促した。


アーサーが途中からステイルに対しても遠慮がなくなり騒がしくまでなったことに少し引いたジェイルとそして何度か口を挟み諫めようと考えたマートだったが、あまりにも死にそうな顔ばかりのアーサーに咎める気持ちはあっても怒りは失せていた。

彼に会話を求めたのはアネモネ王国の王子、そして言及された内容を考えれば尋問の域で不憫でしかない。ステイルと友人関係であることを知る騎士には、ステイルに対しての不敬は驚きはあっても意外ではない。ただ、アーサーがステイルの延長線上で他の王族にも遠慮や礼儀が失せることはないようにと指摘だけは断行した。

先輩騎士にも挨拶と頭を下げ、最小限まで気配も音も消して自ら部屋の扉を開ける。そこで目の前に姿勢を伸ばして佇んでいたローランドに、アーサーは一瞬抱きつきたくなったがぐっと堪えた。


「遅くなって申し訳ありませんでした。ジェイルさんからお話は聞きました。交代致します」

「……ありがとうございます…………」

あと宜しくお願いします、と。今日で何十度目かの頭を下げたアーサーは、そこでローランドを部屋に通し廊下に出た。

一瞬でも気を抜けばふらふらとした足取りになりそうだと自覚しながら、姿勢を伸ばす。顔を向ければ、プライドの部屋前に控えているエリックとハリソンとそれぞれ目が合った為動作だけで挨拶をして部屋に向かった。今の自分のオアシスである騎士用の休息部屋だ。

王族が全員寝静まる頃には休憩も回しジェイルかマート、もしくはアネモネ騎士の誰かもすぐに仮眠に入ってくる。それより前に確実に気を失えるだろうと確信しながら、アーサーは次の護衛の番まで仮眠に向かった。

一瞬、護衛の番になったら誰の部屋前に立つのかと思いだせばさっきまでの会話を思い出しそうになり、首を振って打ち消した。今それを考えれば本当に眠れなくなると自分に言い聞かせながら、必死に思考を反省部分に集中させた。



…………そして。



「そういえば、ヴァル殿は大丈夫なのでしょうか。彼女の特殊能力は」

「平気だと思うよ。それに彼は僕と同じ情報収集組だし」

「それにどうせ爛れた色恋の一つや十はしている」

ぽつりと呟いたセドリックの投げかけに、暗闇の中でレオンとステイルも目を閉じたまま口を動かす。

互いに寝る体勢になりながら、しかし「寝ろ」とセドリックに言おうとはしない。

爛れた……?!と声を漏らすセドリックに、レオンはくすりと笑う。ステイルにとってのヴァルへの捉え方もまた面白い。


「いやしかしヴァル殿は硬派に見えます、やはり今後の為にも確認すべきではないでしょうか。私には女性を弄ぶような男には見えません」

「ダリオ。あの男を美化するな買いかぶるな」

「少なくとも僕らの誰よりも経験は豊富だよ????」

目を閉じ、口を動かす。基本的に就寝時には広い寝室で一人で寝る婚前王子にとっては、寝付くまで話し相手がいるのは珍しかった。

なんと、と声を上げるセドリックは一度目を見開いたがすぐにまた閉じた。無謀な会話は互いに独り言程度の小声同士で続く。

ハナズオの防衛戦の功労者でもあるヴァルの身を純粋に心配するセドリックと、友人の恋愛についても確信を持つレオンと、日ごろのプライドへの言動からそこについての信頼は地まで落ちているステイルの無謀な問答は今までの雑談で最も気安かった。


「恋愛と経験豊富の違いは……」

「……。そこに愛はあるかかな……」

「殺意を向けられる覚悟があるならお前が聞け……俺は聞きたくもない………」

唇を結び、ただ王族が寝静まるのを待つ騎士達も見守る中で不毛な会話は続いていく。


「経験豊……の中に、愛が………れるとは限ら……」

「大……夫だよ……。どうせそっちも…………」

「……んな不埒な男……さっきもプ……に………」

無謀な会話が眠気を呼び、さっきまでの騒動を思い返すまでもなく彼らの思考を紛わす。


「………ぃぁ……ぁ…」

「……………………」

「ぁの……と……」


騎士が仮眠交代をする十五分前、とうとう彼らは眠りに落ちた。

おやすみなさいも、良い夢をの社交辞令も挨拶もなく、ぐだぐだとした会話の中で沈む眠りは潜入国の慣れないベッドとは思えないほどに気楽なものだった。






「エリック・ギルクリスト。責任持ってお運びしろ」

「~~っっ…………はい……」







隣室で、訪問後も王女が殆ど同時刻まで起きていたなどとは思いもせずに。


次回は「プライドの夜編」となります。恐らくは1月10日頃更新予定です。

今年もありがとうございました。

来年も宜しくお願い致します。

天壱

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