そして返される。
「いえ絶ッッ対同行しますそこは譲りません」
一秒くらい間を置いてから、王子相手に言葉を最後まで聞かず遮ったことに気付いたアーサーは、ハッと息を飲み顔色を変えてまた僕に謝った。
今度は深い低頭も足した謝罪に、そこは気にしていないけれど返答ができない。笑みのまま固まった僕の今の表情はなかなか曖昧なものになっているだろう。
ハリソンへの信頼を口にする時と同じ、絶対的な意思の眼光は赤面している時とは本当に別人だと思う。しかも、ここまで恋や愛に支配されることの恐ろしさも僕らで語り聞かせたのに、それでも譲らないのは逆にすごい。それとも、甲斐あって彼の中でその感情を認められたということなのか。
「ッど、〝どちらにせよ〟絶対触れられないので大丈夫です……!ハリソンさんと同じく自分も身のこなしには自信もありますので!!」
…………そっちかぁ。
ここまで来て、結局触られなければ大丈夫の方向で纏めようとするあたり変なところで往生際が悪い。それとも単に認めたことを僕らには悟られたくなくて隠しているだけなのか。ただ、触れられないということに関しては言い訳ではなく本気で自信はあるらしい。自分の胸を手の平でバンと叩いてはっきりとした口調で宣言している。
まだその判定も材料不足の今、僕は「うーん」と軽く唸ってから首を傾ける。苦笑になった顔を隠さず、純粋に透き通った蒼の目を見つめ返す。
「君は大丈夫でも、ちょっと不安かなぁ。ハリソンも潜入させるなら余計に、君はハリソンが敵の手に落ちた場合の対抗策に残って貰った方が最良だと思うよ」
「大丈夫です。絶対触れられませんしもしやられたらジャンヌに被害与える前に殺してくれてもいいです。それに、自分がやられたらちゃんと止めてくれる奴も別にいますンで」
なァ?と、とんでもない発言を続けた彼が鋭いままの眼光でまさかの自国の第一王子へ顎で促す。
完全に素が出ているところを見ると、見かけほど冷静じゃないのかもしれない。
ここまで来て触れられないでまかり通ると思うのもすごいし、さらっと殺しても良いと言ってしまえるのもすごい。
殺される覚悟があるくらいなら留守番くらいしてほしいものだなとこっそり思うけれど、今は彼のこの覚悟を評しよう。…………そこまでプライドの為だと強い意志が示せるのなら、もういっそ自他ともに認めちゃった方が早くて楽なのに。
彼の心に仮に恋慕があると言われても、たぶんきっとここにいる誰も驚かない。プライドにだって数多の男性に想われている覚悟や自覚程度はあるだろう。自分の魅力には気付いてない部分はあるかもしれないけれど、式典でも毎回あの人気だ。
アーサーに急に顎で投げかけられたステイル王子は、一瞬大きく身体を揺らした。
冷め切っていない顔色のまま目を大きく見開いて、唇を結ぶ。アーサーの示す〝止めてくれる奴〟を彼も知っているらしい。具体的に止めるということは、今回の潜入にも参加する人物か。それともステイル王子ならいつでもその人物を呼べるという意味だろうか。いっそステイル王子自身のことである可能性もある。なにせアーサーの友人だ。
鋭い眼光と呼びかけに数秒表情ごと固まってしまったステイル王子だけど、最終的にはやはり「ああ」と控えめな声で言葉を返した。本来ならばあり得ない、騎士に王子が圧された上で従っている。
話題がすり替わったからか、一気にアーサーのはっきりとした物言いにこのまま僕まで「それなら」と押し負けそうな空気を感じる。けれど、それでは尋ねてここまで語った意味がない。
きちんと彼に、過去にでも良いからオリウィエルの特殊能力に掛からない根拠の記憶があるのか確認したい。たとえ厳しい問い詰めになってしまったとしても。
「…………結局君はまだ曖昧なままなのかい?それじゃあ僕は反対かな。ハリソンはまだジャンヌからも距離を取ってあくまで潜む方向ならばと思うけれど、君は危険性の方が遥かに高い。このままどうしてもというのなら僕らの〝権限〟で君の上に報告してでも止めさせて貰うよ」
「お言葉ですが、自分はジャンヌの母君に〝権限〟を既に頂いています。たとえ誰であろうと止めれません」
うわぁ…………。
ヒク、と自分の口の片方が引き攣るのが明確にわかる。まさかここで彼が僕相手に張り合ってくるとは思わなかった。
隣国の王子より、そして僕が報告しようとした彼の上官である騎士団長よりも遥か上に君臨するフリージア王国の女王を引き合いに出されてしまったら先ず勝てない。
音も殆ど立てずゆっくりとベッドから立ち上がった彼は、遥かに高い位置から僕を見下ろし眼光を光らせた。初めて彼に宣戦布告をされたような感覚に、全身の肌がざわついた。もともとの高身長と相まって、壮絶な覇気は怖いほど彼が〝聖騎士〟なのだと思い知らされる。……そう、聖騎士だ。表彰式で大勢の観衆の前で女王に直接プライドの傍にいつどこであろうとも無条件に要られる許可を褒美に願った騎士だ。
少し厳しい決め手を打ったつもりだったのに、逆に僕が最高権力で打ち返されるとは予想もしなかった。
言葉遣いは丁寧に戻ったけれど、要するに「女王に許可貰っているから文句はいわせねぇ」と言っているのだと僕の友人の思考と混ざりながら理解する。やっぱりアーサーも充分に〝手段を択ばない〟類の男性だと思う。
いっそこの言動こそが意思表示か自白と言わずなんというのだろう。
アーサーが無自覚にだろう溢れさせる覇気に、ビリビリと壁際の騎士も目を丸くさせセドリックも動けないかのように口を開けたまま固まっている。
ステイル王子一人が何故か今だけは満足げに腕を組んでベッドに座り直していた。彼にとってはアーサーのこの覇気も慣れたものなのだろう。
静かに額の冷や汗が頬へと伝っていくと、そこで我に返ったのかアーサーは息を飲んだ。瞬きを繰り返し、それから顔色を青くして「失礼いたしました!!」とまた姿勢を正して僕に頭を下げる。
「~~ッその、本当に誓ってレオっ、リオ殿にも誰にも迷惑はおかけしません!!ですが許可を頂いている以上やはり御同行させて下さい……!!」
「うん、……うん。…………僕の方こそ少し意地が悪すぎたね、ごめん。うん、…………良いと思うよ……?」
もう。
その最後の言葉を飲み込んで、意識的に笑いかける。
途端にアーサーが苦そうな顔をしてまた一度頭をしっかり上げてからすぐ低頭してきた。
今度は上手くできた気がするけれどあまり上手く笑えなかったようだ。…………いや、だって、ここまできたら流石に〝大丈夫〟としか思えない。これで万が一彼がオリウィエルの支配下に堕ちたら僕は怒りや呆れの前に、先ず畏敬が勝つだろう。
半分笑って半分呆けてしまう顔を引き締める。大丈夫、怒ってはいないと手の動きと声色で示すけどそれでも彼は何度も僕に謝った。
僕も無神経なことを探ってしまった自覚はあるし、彼に嫌われるくらいは仕方ないと思っている。ただここまで謝られると逆にちょっと申し訳なくなってくる。
最後には首を垂らしたまま顔を片手で覆う彼は、僕の許可を得てフラフラ数歩下がるとそのままほとんど目で確認するまでもなくステイル王子のベッドに座り込んでしまった。ぼすん、と音を立てさっきまであんなに腰掛けるのを緊張していたベッドに体重を預ける。
許可も求めず無言で自分のベッドを椅子にしたアーサーに、ステイル王子も文句はないらしく座った自分の膝に頬杖をついたままアーサーを無言で覗き込んだ。反対の手を伸ばし、アーサーの肩をポンと叩く仕草が気のせいか「よく言った」と告げているように見えた。
なんだか彼を一方的に謝らせたまま静まり切ってしまったこの空気を入れ替えるべく、僕は少しだけ話題を変える。
あくまで、彼がオリウィエルには間違いなく触れられずに済むという言い分を受け入れたという方向で。
「最後にこれだけ確認させて貰えるかな……?ハリソンは君が止める、そして君を止めてくれる人物は間違いなく彼女の支配下には落ちない人物で良いんだね?」
「!はい。信用しています」
うんそれなら良かった。
パッと顔を上げて今度は鋭くない目をきらりと透明に輝かす彼に、僕も今度は間髪入れず返す。彼の惑いのなさは、そのまま自信ととらえて間違いないだろう。
プライドに同行する面々でも、ステイル王子が呼べる相手でも、恋愛がわからないと悩んでいたアーサーがここまで確信して恥ずかし気もなく言える相手なら僕も信じられる。…………隣に座っていたステイル王子が今度はみるみるうちに小さくなっていくのだけがどうにも気になるけれど。
僕がアーサーに尋ねた時点で瞼がなくなったと思えるほどに表情を変えていたステイル王子は、アーサーの即答を聞いて今は頬杖ではなく自分の顔を両手で覆って膝に伏せていた。背中が丸くどころか下げ過ぎて平たくなって畳まれてしまっている。
顔は僕の角度じゃ見えないけれど、服から露わになっている肌がみるみる内に赤く染まっていくのがわかった。出会った頃は表情が分かりにくいステイル王子だったけれど、本当に今は変わりやすくなった。単にプライドやアーサー、ティアラ絡みでだけかな。
背筋の伸ばして座るアーサーに反してこの上なく小さくなって真っ赤に茹っていくステイル王子に、アーサーの言っていた人物は彼かプライドかなとまで絞り込めた。よくよく考えればプライドも充分強い。
「?フィリップ殿、どうなさりましたでしょうか。もしやお加減が……?」
「やめろダリオ今だけは本当頼むから放っておいてくれっ……」
純粋に隊長不良を心配するセドリック王弟の指摘に、ステイル王子からは弱弱しい声が早口で放たれた。なんだろう、泣きそうというよりも………うん。死にそうな声だ。
ステイル王子からの断りに、素直に「失礼致しました」と告げてすぐ唇を合わせて止めた。けれどちらちらとまだ心配そうにステイル王子へ視線を向ける。セドリック王弟も天然でえげつない。
しかもその指摘を聞いたアーサーまで、今度はステイル王子を覗き込み返した。「どォした」とこっちも純粋にステイル王子を心配してる。ほぼ間違いなくアーサーの断言の所為だと僕は思うのだけれど。
次第に堪らないように足を小さくバタつかせ出すステイル王子に、これ以上掘り下げたら今度は宿の外までいなくなっちゃうかもしれないと思う。
ステイル王子からは言質が撮れたし、アーサーには僕が確証を持てた。この話題はそろそろ終わりにしよう。
もうこんな時間だね、と。わざと声にして僕は皆にわかるように部屋の時計へ視線を向けてみる。
大分話し込んだ所為で、体感よりも遥かに時間が経っていて自分でもちょっと驚いた。そろそろ寝ようかと、僕自身が先陣を切ってベッドに足も載せて毛布を広げたその時。
コンコンッ
真夜中の部屋にノックが鳴らされた。
何かあったかなと反射的に思う僕と違い、一番大きい反応をしたのはアーサーだった。
はい!!!とちょっと大きすぎる声で返事をした彼は、素早く立ち上がり駆けていると勘違いしてしまいそうな早足で扉に急いでいった。ああ、そうかと僕も遅れて理解する。この部屋での集団相部屋を提案してから、彼がずっと待望し続けて来た騎士が帰って来たらし
「ジャンヌ、です。夜分にごめんなさい。皆様、まだお部屋に居られるようでしたので………?」
可憐でそして抑えたか細い声に、流石に僕も心臓がひっくり返る。
扉を今にも開けようとしていたアーサーが勢い余って額を扉にぶつけ、ステイル王子がベッドから転がり落ちた。
本日二話更新分、次の更新は水曜日になります。
よろしくお願いします。