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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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とどめ、


「傍にずっといたいと何度も思い描くし、笑顔を見ただけで胸が温かくなる。理由もなく触れたくもなって、この世の全てから他でもない自分が守りたいと分不相応なことを願う。深まれば深まるほどどんどん欲が膨らんで、抑えられなくなる。………僕の場合はね」


彼らの恋心を告白させた僕に、誠心誠意できることはこの胸の経験を参考にしてもらうことだけだった。

プライドへの想いは間違いなく恋だと思うし、ここで僕だけが隠し通そうとも今更思わない。彼女のことを心から愛しているし、実際にこういう感情を抱いた。ただそれでも僕はその感情を向ける相手をプライドではなくアネモネ王国を選んだ。

今でも、プライドと同じいやそれ以上にアネモネ王国の民へこの感情は変わらず溢れている。その選択に悔いは微塵もないし、やっぱりアネモネ王国が愛しくて堪らない。

こうして話すだけで、もう民の顔が見たくなってきたくらいだ。


僕の告白に、アーサーはぽかりと口が開いてしまった。顔が火照ったまま放心してしまったようにも見える。ステイル王子を鷲掴んでいた手が力なく落ちたけど、解放されたステイル王子もアーサーと似たような表情を浮かべて固まっていた。顔色まで揃っている。

肩を竦め、穴があくほど僕を見つめる彼らへ笑みを返してから今度はセドリック王弟へ目を向ける。勿論、僕のこの感情だけが全ての愛の形とは限らない。


「愛の形なんて人それぞれだよ。相手から貰えなくても、自分が抱けば〝愛〟も〝恋〟も成立する。けど、そのつもりなだけで実際は〝自己愛〟や〝支配欲〟〝肉欲〟かもしれない。それは伴うことはあっても、愛とは全くの別物だ。……曖昧なものだね」

それを知れたのも、プライドに出会ってからだ。

僕は、プライドからこの想いに同じ見返りは期待していない。けれど、僕のこの気持ちも、それに僕の友人が抱いているだろう感情も間違いなく恋でそして愛だ。

同時に、……きっとそうじゃなかった感情も覚えている。

一度身に覚えることができれば愛しいけれど、そうじゃない間は僕も今のアーサーと同じように感じていたのかもしれない。愛を抱く感覚がわからなければ、どうしても理由ばかりに目が向いてしまう。僕の場合ならば〝王子〟そして彼ならば〝騎士〟だ。

僕が王族として誇りを抱くように、彼にとっても騎士である自分は誇り高い存在だから余計にだろう。


語りを繋げながら、次の駒を彼へと向ける。「君は?」と目を合わせていた相手に一言掛ければ、すぐに求めていた返事が貰えた。

応じる印に頷き、彼もまた自分の胸を手で示しながら放つ。


「私も、同意見です。まだ未熟故にリオ殿ほど理解はありませんが、形も動機も人それぞれかと。私自身、叶わずともこの想いが消えることはありません。……この胸を火照らせ高鳴らせ、愛しさで満たしてくれる存在です」

義兄の前でよく言えるなぁ。

真剣な眼差しと胸に当てた手でグッと拳を作る彼に、なんだか感心させられる。その積極性をティアラにぶつければ、彼女もときめきを覚えてくれそうなものなのに。


ちらりと、ステイル王子を見ればまさかのアーサーと同じくらいに耳が真っ赤に戻っていた。顔を両手で覆い枕のないベッドにそのまま突っ伏している。

ティアラに対しての隠さない熱量に兄として複雑なのか、それとも彼自身があてられているのか。アーサーに説くつもりだっただけで、まさかの飛び火だった。

僕がアーサーに語り始めた時から既に赤らみ出していたけれど、途中からは突っ伏してそして更に茹る。なんだかんだ似たもの同士の二人なのかなと思う。アーサーも期待通り、顔が赤いまま下を向いて動けていない。

そして早くもこの程度で息も絶え絶えになってきた二人に、セドリック王弟は視界に入っているにも関わらず気付いていないかのように言葉を続ける。これで確信犯だったら彼は絶対腹黒い。


「彼女の為ならばこの身も惜しくはありません。リオ殿が仰る〝支配欲〟とは異なると思いたいですが、独占欲のようなものを抱いてしまうことは少なからず私にはあります。彼女とのダンスに今は手を取って頂けておりますが、いつかは他の男の手を最初に取るのかと思えば胸は痛み、生涯私の手のみをとって頂ければどんなにかと矮小ながら思ってしまう時もあります。彼女を幸せにしたいとは思いつつ、叶うならば私がその幸せを支え贈りたいとも思ってしまう自己中心な醜い面もありこれが独占欲のようなものかと」

そう、だからこそオリウィエルの特殊能力は恐ろしい。

敢えてなのか無自覚なのか、セドリック王弟の今の状態がそのまま彼女の特殊能力の脅威を身をもって示しているようだった。


彼が今主張するように、人を愛すれば、それが深ければ深いほど守る為に力を発揮することもできるだろう。言葉の通り命も惜しくないと捨て身になる人間もきっと少なくない。…………同時に、〝愛する者以外の全て〟は要らないと思う人間もきっと同じくらいいる。


対象者の限定はあろうとも、自分に対してそんな感情を持たせることを触れるそれだけでできるのは恐ろしいことでしかない。

その人の愛の形や抱き方によっても、無条件で自分を裏切らない全てを尽くしてくれるような異性を味方にできる。それこそ複数人操れば殺し合いだってさせることができるだろう。

人間の強い感情の一つを故意に生み出し自分へと向けさせることは、征服者には望むことでそして同時に難しいものでもある。彼女はそれを触れるだけで叶えてしまう。


今目の前に僕らに愛について恥ずかし気もなく語ってくれるセドリック王弟だって普段は僕らやフリージアの騎士にまで低頭で礼儀正しい青年だけれど、この熱量を向ける相手であるティアラの為にならフリージア王国の騎士へすら立ち向かう覚悟を決めた経歴がある。しかも実際に何人か騎士を返り討ちにしたらしい。

最強を謳われるフリージア王国の騎士、しかも本隊騎士をだ。人のことは言えないけれど、この感情が行動や思考を支配すると同時に大きな原動力にもなる良い例だろう。

その感情を抱き支配された人間の力や立場によっては、本当に国も世界も揺れ動かす力だ。一個人が握ってて安心できる特殊能力じゃない。

だからこそ、瞬間移動の特殊能力者にも歴代三人目の聖騎士にもきちんと確認を取っておきたかった。


これ以上なく二人に思い知らせてくれるセドリック王弟の言葉は止まらない。…………いっそ義兄への宣戦布告かな?

それともティアラに近い存在の異性であるアーサーへの牽制か。


「彼女には私よりも相応しい男性がいると重々理解しており、それでもやはりこの想いは消えることはありません。諦めるということはできても、だからとはいえこの気持ちに偽りも間違いもありません。彼女がその男性を愛していようとも、私が愛すこの想いが引けを取るとは思いません。これは間違いなく彼女への恋でそして愛かと」

むしろ挑発、いや拷問だろうか。こんな熱烈な想いを抱かれて、ティアラも大変だな。

二撃目の一音からとうとうステイル王子は耳を両手で固く塞ぎ足をバタつかせた。アーサーは腕で顔を隠し座ったまま床に髪がつくほど蹲った背中が小さくなる。

正直ここまでくると二人が恋愛感情有無関係なく、セドリック王弟の破壊力への反応は変わらないと思う。実際僕もなんだかむず痒く、顔が熱くなってきた。心なしか、彼の燃える眼光がステイル王子でもなくアーサーにでもなく僕へ真正面に向けられている気までする。


セドリック王弟はいつも腰低く振る舞う相手であるステイル王子とアーサーの瀕死も全く気付いてないかのように放つ。この熱量は語りというよりも演説だ。


この想いは誰にも負けない屈さないという強固さを示すと共に、僕でも指摘し辛いほど繊細な硝子を蹴り割ろうとしてようにも見える。

彼にとっては第二王女の話でも、彼らには違う王女で聞こえていないかと邪推しては勝手に不憫になる。

しかも何故か僕に眼光は向けられているけれど、彼の言葉は大声でステイル王子に「妹君を愛しています」とアーサーに「貴方に負けません」と言っているようにも聞こえる。

多分、恋に悩んでいなくても身内へのこの熱量は誰でも焦げるか溶ける。実際に、壁際のジェイルとマートも今は顔が少なからず熱ってる。歴戦の騎士でこれなら、ただでさえ純情で純粋なあのティアラがこれを真正面から受けたらどうなってしまうのだろう。もうこの気持ちそのままティアラに言えば良いのに。

少なくとも耳を塞ぎ今にものたうち回りそうなステイル王子と、今にも蝋燭のように消えてしまいそうなアーサーを見ると、揃って頭に届いているかも怪しい。

うんそうだねと、一度セドリック王弟の言葉を受け取り止め、僕から改めて語りかける。


「ようするに、明確な枠組みがあってないようなものだと思うよ。一度そうだと意識したら簡単には消せない。そして無意識だったとしても、たった一時の過去だろうと今もだろうとそこにあったことは変わらない。ただ、今回の場合は君がその曖昧な感情をどう〝捉えたいか〟ではなくどう〝認めるか〟だと」

「ッッすんませんこれ以上は死にます!!!!」

あ、聞こえてた。

説くつもりで語りかけたものの、正直聞こえてないと思った。一瞬頭がくらつくほどの大きな発声は、空間そのものを割るようだった。

顔がこれ以上なく赤に塗られきった彼は、瞼を絞ったまま僕に顔も向けられず俯いたままの絶叫だ。いっそ断末魔だろうか。


まだ恋愛がどうかもわからない彼に、なかなか濃い語りになってしまった。

聞こえてないだろうしと、今僕も直球で言っちゃったかもしれないと後から反省する。

ステイル王子はどうだろうと思ったら、……今度はベッドの上から消えていた。どこにと見回せば、空室の筈の方の隣部屋からドン!ドン!と物音が聞こえた。角度から考えて床を叩く音だろう。

胸を鷲掴み息を激しく整えるアーサーの背を摩りながら、空室の方向の気配を探れば思ったよりも早々にステイル王子が姿を現した。二分くらいだろうか。

「失礼しました」と呟く声のステイル王子は、護衛である騎士二人に頭を下げた後にまた眼鏡のない目元を指で押さえた。まだ顔の火照りも引いていないのに、一応はすぐ戻ってきてくれたのは護衛の彼らの為だろう。


「自室に戻れずうっかり隣部屋に……申し訳ありません」

……まだ混乱しているようだ。ステイル王子にしては珍しい。この場合は場所よりもうっかり瞬間移動してしまった方が説明して欲しいのだけれど。

取り敢えず、自室というのはこの宿ではなくフリージアの城の方かな。戻れなかったのは義弟として契約の関係だろう。

体感としては気付けば一瞬でいなくなっていたステイル王子だけど、うっかりで自室に戻ろうとして戻れず苦し紛れに思いついた空室に逃げ込んだ彼の心情はなかなかの大混乱ぶりだっただろう。

ぱちんぱちんと、赤らみを隠すように両頬を自分で叩きだすけど何より額が赤いからうつ伏せ体勢のまま瞬間移動して額をぶつけたのかもしれない。そう思うと眼鏡をかけてなくて幸いだった。

両手で顔を覆ったアーサーに、僕は夏でも来たような部屋の中で更に最終段階の問いを提示する。

「……それで、ここまででどうかな?君は明日の潜入はできそうかい?無理ならハリソンと共に情報収集側に」



「いえ絶ッッ対同行しますそこは譲りません」



すみません、と。直後には謝罪も流れるように続けられたけれど、あまりの強固さに今度は僕がすぐには言葉が出ない。


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