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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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寄せ、


「そういうの、剣ばっかで疎くてわかんねぇです」と。


真っ赤に茹る彼は、力が入ってしまうらしく上がった肩と共に両手も拳をぎゅっと作ったまま微弱に震えていた。

まだここまでの会話だけでそんなに照れるなんてと微笑ましくなると同時に、……ちょっと興味も湧いてくる。

悪戯心、というと悪い友人に似てきちゃったかなと自覚しながら僕はベッドから起き上がる。使わずにいた畳まれた毛布を一度枕側に寄せ、足を床に降ろしてベッドの枕側に座る。

充分な場所を確保したところで、僕は自分の隣の位置をポンポンと軽く叩いた。


「詳しく聞きたいな。取り敢えずよく聞こえないからこっちに来てくれるかい?」

笑顔のまま隣に招く僕に、アーサーはすぐには振り返らず気付かなかった。背けた顔からゆっくりとこちらを向け、それから僕の示す場所に一瞬だけ真っ赤な顔がぎょっと変わる。

さっきまで自分に振り分けられたベッドにも腰かけようとしなかった彼が、王子のベッドにドカリと座るのが躊躇うのはわかる。けれど、今の彼の声ではこの後もセドリック王弟を間に挟まないと会話が進まない。


「良いじゃないか」と笑いかけながら彼が動いてくれるまで手で促し続ければ、すごくぎこちない動きでだけれど王族の命令だからか丸い背中で歩み寄ってきてくれた。

今までも定期訪問で何度か顔を合わせている筈なのに、まるで人慣れしていない猫のようなよそよそしさだ。

一度きちりと僕の傍ら位置で起立したまま佇んだ彼だけど、僕が変わらずの顔で隣の位置を主張し続けたら「失礼します」と消え入りそうな声で浅く腰を下ろしてくれた。

隣に掛けてくれたアーサーは、既に目がぐるぐる回っていて大分緊張しているのが全身から伝わって来た。


「わからないっていうことは、判断がつかないっていうことで合っているかな?」

「~~つ、はい。…………自分、ガキの頃から剣か畑ばっかで……」

先ずは隣から覗き込むようにそっと問いかければ、今度は思ったよりもすぐに返答してくれた。

剣はわかるけれど、土いじりが趣味なんて少し意外だ。

相変わらず消え入りそうな声で、僕の距離からじゃないと聞こえない。すると、変わらず聞こえているセドリック王弟と異なりまた声が拾えなかったらしいステイル王子が、眉間の皺のままうつ伏せから肘をついてさらに身体を起こした。

こっちに来るつもりか、それともセドリック王弟にまた聞くのかなと思えば突然ベッドごと彼が至近距離に表出した。音もなくベッドごと瞬間移動したらしい。さっきまでの一定距離同士離れていたベッドが、今だけは僕のベッドに直角に並ぶ。

ベッド二つ使って90度を作る彼は、何事もないように眉間に皺を寄せたままアーサーを睨んでいた。そこまでして聞きたいのかと、ちょっと僕の方が顔が変に笑ってしまう。ベッドの重量も自分ごと動かせるなんて、ステイル王子の特殊能力は本当に優秀だ。

さっきの言葉も拾えなかったらしいステイル王子に、僕から声を抑えて「昔から剣と畑ばかりだったと」と短く伝えれば彼の眉間が更に深くなる。

アーサーとは親しいだろうステイル王子だけど、この返答は意外だったのだろうか。もしくは「はっきりしろ」という意味か。


「意外だな。パーティーでも時々目にするけれど、今の君は人気が高いじゃないか。その中に好感を抱く女性とかいないのかい?」

「いえそれは全く。…………っというか、ああいう方々は皆、自分が表彰されてからお声掛けしてくださるようになったのが殆どで。普通に好意を向けて下さるくらいはありがたいですが、ご機嫌取りみたいなことされると苦手なくらいで……」

なんか少し恋の話らしくなってきた。

そう思うと胸がわくわくと跳ねてきて、アーサーの話を聞きながら逃さないように目が泳ぐ彼へ顔を前のめりに近づける。片手をブンブン横に振って否定する彼は、あれだけ式典に呼ばれてても社交界には気になった女性はどうやら一人もいないらしい。


式典でも聖騎士になってからは特に人気の高いアーサーだけど、どうやらそういった女性は彼の中ではそもそも恋愛対象外のようだ。

僕ら王族には昔から付きものだけど、彼に言い寄る女性もそういった名札や権威に心躍らせる者が多い。まぁ仕方がないと言えば仕方がない。そもそも彼に注目するきっかけが聖騎士ならば、それを取り外して彼を見るのも難しいだろう。

僕自身、そういった女性の目や欲に苦手意識を持ったこともあるからよくわかる。彼もまたそういう目はなんとなくわかる方なのかもしれない。


けれど、アーサーも整った顔はしているし背も高くて身体つきも男性らしい、そして紳士的な騎士だ。聖騎士でなくても、彼に心寄せる女性も少なくないと思う。

それを〝ご機嫌とり〟と断言してしまうところ、思うより彼は謙虚以上に警戒心や疑り深い方なのかもしれない。敵味方の判断がしっかりしたステイル王子の友人だし、意外に似た者同士なのか。

ちらりとステイル王子に目を向けると、何故かステイル王子の目がさっきとは打って変わっていた。じとー-ーと、諦めのような仕方ないといったような冷め切った眼差しの意図は僕にはわからない。


「……大々的に注目を受ける前からも時々声は掛けられていただろ。実家の近所もどうした」

「ぶわっか。隊長格になりゃあ誰でもそォなるんだよ。実家……は、別にそういう風に見られたこともねぇ。ガキの頃からずっっっと顔合わせてんだぞ」

「ならば今のお前のもやついた感情は何処でいつかッ、るァ?!」

モガッ、と。直後にステイル王子の口が顔ごと封じられる。

ベッドの位置を瞬間移動したことで、座るアーサーの顔を下から覗き込む体勢にいたステイル王子はその顔を思い切り真正面から鷲掴まれた。まさかの参戦してくれたステイル王子は早々にアーサー本人に封じられる。

「テメェも見ンな!!」と、アーサーが砕けた言葉でステイル王子の顔を目だけ避けて口を中心に塞ぎ抑え込む。いつの間にかまたアーサーも口調がステイル王子の前に砕けている。

思わずだろうけれど、僕の目の前でステイル王子に恐ろしく不敬をする彼は、これで本当に隠しているつもりなのかなとこっそり思う。彼の顔を鷲掴むなんて僕どころか王弟のセドリック王弟も絶対できない。

うつ伏せの不利な体勢だったステイル王子も、想定外の口封じだったらしくバシバシとアーサーの腕を叩き返していた。

うっすらとモガモガ聞こえても、言葉にまではなっていない。息がし辛そうなステイル王子だけど、アーサーの方が窒息しかけみたいに顔がまた真っ赤だ。


仲の良い彼らの様子を眺めながら、アーサーの言い分を頭で纏める。

聖騎士になる前からも声を掛けられることはあった彼だけど、基本的には騎士の立場からそう見られているとしか認識していないらしい。実家、というのがどういうところか詳しくは知らないけれど近所付き合いも密接だったのか、今更成長したからといってそういう対象には見られないと。…………彼の場合、単に剣と土いじりに夢中の子どもでついでに鈍くて気付かなかっただけじゃないかと思うけど。


聖騎士でも騎士でもない、自分自身を見てくれる女性でないとそういう対象として見ないという彼は少し恋愛への敷居が高い気もする。

少なくとも今の彼ほどの騎士になれば、その立場は切っても切り離せないものだ。プライドとだって、知り合ったのは騎士になれてからだろうに。

そう思うと実は彼は本当に誰へも恋愛感情を抱いたことはないのかなとも考えられてしまう。実家周りで彼自身がそういった感情に似た想いを抱いた相手がいたかどうかはまだ話していないし、ならステイル王子と同じで子どもの頃の恋心に覚えはあってだからこそ今も判断つかないといったところだろうか。


「じゃあ恋愛経験が極めて少ないからその覚えのある感情が恋愛かどうかわからないということでいいかな?」

「あ…………~はい。いえ、その、覚えのある感情といいますか、本当にただどういうのが惚れてンのかわかんないので確定するにもあんまり自信がないと申しますか………」

うん、うん、と。彼に相槌を打ちながら、じわじわ火照っていく顔色を眺める。

話せば話すほど顔の色が濃くなる彼は、そのうち本当に顔が燃えるか倒れるんじゃないかと心配になる。

変わらずステイル王子の顔をわしづかみながら、目がまた泳ぐ。ステイル王子ではなく僕相手だからか覇気の削げていく彼は、また肩も丸くなる。敢えて直接的な言葉にする僕へ、訂正するようでそのままの意味を返す彼はやはりまだ自分の気持ちに折り合いがついていないのは事実らしい。…………確か僕より年上なのに。


けれど彼の性格から、プライドの護衛に同行したいから嘘をついているとも考えにくい。

アーサーに一応確認を取れた僕は、そこでずっと前かがみだった背中を伸ばし視線を天井へと上げる。

うーん、と唸りながら彼の戸惑いもわからないでもない。むしろ僕にも経験のあることだ。


恋というものはどういう感覚で感情でどう自認できるのか。

それに悩んで恋愛感情を向けられることが怖くなったこともある。当時は僕にも責任があったけれど、それでも友好関係と思った女性達から一方的にそれを向けられていたと知った時は本当に恐怖した。裏切り、というよりも落胆に近かっただろうか。

僕自身、初恋経験はあっても恋愛経験というほど濃厚な期間もなければ、恋愛相談に乗った経験もない。彼にこの場で正しい判断を下すのはたとえ根掘り葉掘り聞けたとしても難しいだろう。なら、あと僕にできることといえば。

一度伸ばした背から再び彼へと顔を向け、そのまま軽く傾け微笑みかける。


「………恋をするとね、その人のことで頭がいっぱいになる」


ぽつりと、一人言のようにおもむろに開いた口からの僕の言葉にアーサーが肩を上下するのがわかった。

突然の独白に、セドリック王弟も目を大きく見開き壁際の騎士達も注視をする中で僕は更に言葉を続ける。


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