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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州

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126/321

詰め、


「……~……、申し訳ありませんが、そこまでは話す必要がないと思いますので控えさせて頂きます。それに、僕の婚姻相手を決めるのは僕ではありません。あくまで父上と母上の意思に従うまでです」


ステイル王子はあまりにも予想通りで、僕は笑みを浮かべてみせたまま口角が微弱に震えてしまう。

こういう期待と予想をステイル王子は昔から良い意味で裏切らない。彼は本当にしっかりした王子だ。


幸いにも僕へ距離を置かれた感覚はないけれど、代わりにぴっしりと扉を閉められた感覚だ。

今この流れでないと二度と聞けないしと思って言ってみたけれど、やっぱりそれでこそステイル王子だなぁと思う。彼の言う通り、オリウィエルの特殊能力に害される心配さえなければそれ以上を異国の王子である僕やセドリック王弟に話す必要はない。

彼の切り返しは尤もだし、婚姻相手についてもその通りだ。彼ほど評価も信頼も高い人間なら、強い希望さえあればどうにかなるかもしれないけれど、基本的に王族というのはそういうものだ。

婚約者候補も、適応されているのは王女であるプライドとティアラだけなのだから。王位継承者の補佐的立場の強い彼に、選ぶ権利は基本的にない。ステイル王子ならば覆せるかもしれない程度だ。

アーサーへの攻撃と命令に、壁際の騎士達も知らないふりをするように目をステイル王子に逸らす。その中で、アーサー本人はステイル王子が僕へ閉ざした回答をしてから思い切り誰もいない方向に顔ごと背けたままだった。顔は見えないけれど、団服に隠れない耳から首までまた赤い。

僕から「そうですか」と続けて行き過ぎた問い詰めをステイル王子に謝罪する。ステイル王子も掛けていない眼鏡のあった位置を無意味に指で押さえつけかけてから、一言返してくれた。


「お気遣い深く感謝致します。……ですが、これ以上は流石にレ……リオ殿であろうとも─……、ッッ!」

ボフンッ!!と、ベッドにあった枕の二個目もステイル王子の手でアーサーへとぶつけられた。これでステイル王子のベッドから枕がなくなった。

今度は瞬間移動を使った枕は、音もなくアーサーの頭上に表出してそのまま見上げたアーサーの顔面に直撃落下した。「ぶわっ!?」と流石に声が上がったけれど、真っ赤な顔のアーサーは今回もステイル王子に文句は言わない。ギッと睨みはしたけれど、ステイル王子はアーサーへ後頭部を向けるとそのまま毛布を頭からかぶってしまった。

僕と同じようにうつ伏せの体勢になり、布に身体全体を隠す。まるで子ども同士の喧嘩の最終段階のような行動をするステイル王子に、顔が変に笑ってしまうのが自分でわかる。……ステイル王子もこんなすね方するんだなぁ。

追及し続けた僕に、というよりもアーサーに向けてむくれている……というか八つ当たりをしているようにも見えるステイル王子は、このまま寝るつもりかなと思う。もう日付けを超えているし、彼の疑惑もなくなったのならば僕も止めることはできない。……けれど、このまま寝たふりができるかな。


「僕はとにかく明日もこの先もジャンヌの傍にいます。どうぞ明日のご心配はなく」

「それは何よりです。では、…………後は君の方も確認させて貰えるかな?」

おそらく無意識だろう早口になるステイル王子の会話終了の強い意志を受け取りながら、僕もこれ以上無理にこじ開けるのはやめる。まだ、僕が話を聞きたい相手はもう一人いる。


にこやかな笑顔を浮かべたまま僕は毛布と一体化したステイル王子から視線を外し、もう一人のサーカス同行者へ尋ねる。

いつかはくるだろう察してはいたらしい話題に、アーサーはびくりと肩を大きく上下した。僕ら全員から背けていた顔を恐る恐るといった様子でゆっくりこちらへ向けてくれる。ぼわりと、相槌を打つ前から顔を茹らせたままの彼は汗でべったりと顔が濡れていた。とうてい王族である僕らに普通なら向けられない曖昧な表情のまま顔が強張っている。


アラン、カラム、エリック、僕にセドリック王弟ハリソン、そしてステイル王子。彼らから確認を取れた以上、上下関係にも意識が高い様子の彼が自分だけ言い逃れするとは思えない。

明日は早いけれど、まだ夜だ。ローランドが戻る前に彼からもしっかり聞いて、安心して朝を迎えたい。


「アーサー、君の恋の話も聞きたいな?」


笑みを保ったまま心から浮き立つ気持ちを隠して彼へ尋ねれば、表情筋全てがぴくぴくと引き攣る彼はその口端が特に際立つち出す。……同時に、視界の隅に捉えていたステイル王子がちょこりと毛布から顔を出した。


「ぁ……いぇ、その、自分はそんなお話するような………」

僕からの投げかけに、喉を大きく反らしながらわかりやすく顔を火照らすアーサーは未だに自分のベッドの前で起立したままだ。

ステイル王子に放られた枕も、きちんと背後のベッドに並べて置いている。

ステイル王子と同じように僕よりもプライドと近衛騎士としても関係が深いだろうアーサーは、とても優秀な騎士だ。彼の功績や優秀さについては定期訪問でもプライドやステイル王子にティアラ、そして他の近衛騎士達からも聞いている。ある時は美しく着飾ったプライドに式典で見惚れ、ある時はプライドをラジヤの手から救い出し、ある時は女王から驚くべき褒美を所望する大胆さも持ち合わせる彼は、普段はそんなことをするとは思えないほどに謙虚でそして誰の目にもわかるようにプライドを慕っている。

上手く言い逃れ方も思いつかないように言葉がしどろもどろになる彼に、僕からもう一度笑いかける。視界の隅で、被った毛布からステイル王子が顔を出し彼へと振り返った。やはりステイル王子も友人であるアーサーのそういう話題には興味があるらしい。


「それは、まだということかな?だとしたらハリソンを止めるよりも前に君自身も危険ということになるね」

ちょっと厳しい言い方になるとわかりながら、正直に言及する。

ついさっき、ハリソンが敵の手に渡ったら絶対止めると豪語した彼だけれど、彼もまた敵の手中に収まる可能性があるのなら保証にはならない。最悪の場合、二人揃ってオリウィエルの特殊能力に掛けられたら流石に僕らだけで手に負えるかもわからない。フリージア王国の八番隊副騎士隊長に騎士隊長。しかも片方は聖騎士だ。


ハリソンもそして彼も、僕やセドリックと共に情報収取に回って貰う方が間違いない。その場合は壁際に立つジェイルとマートに確認を取って、彼らが代わりに護衛になってもいいだろう。

そう考えながらちらりと視線をその二人に向ければ、僕の視線の意味を悟ったのかアーサーがびくりと身体を短く揺らした。バッと顔ごと二人へ向けてそれから喉を大きく鳴らす。「いえっ、あのっ!」と声を上げてはくれたけれど、肝心な続きが出てこなかった。


うつ伏せの体勢のまま彼の言葉を頬杖をついて待つけれど、五分経ってもなかなか語られない。

じっと見つめ続ける中、視線が少しずつ落ちていく彼は必死に言葉を探しているようだった。今にも泣きそうなほど眉を寄せ、日が俄かに開いたまま端がぴくぴくしている。なんだか虐めているようで、気が咎めてしまう。

そこまで言いたくないのなら、もうそれだけで自白のようにも思える。嘘が苦手なのか、上手い言い回しが思いつかないのかもしれない。

ここは無理に自白させるよりも、護衛をハリソンと一緒に諦めてもらう方向で緩やかに促そうかなと考えた、その時。



「そォ………の……、…………かで、…………っす」



「え??」

「なんだ」

「ほぉ」

ぽつぽつ、とほんとうに虫の音のような微かな声で何かを喋った。けれど、あまりにも小さすぎて、静まり切ったこの部屋でも全く聞こえなかった。

思わず間の抜けた声で聞き返してしまう僕も、強い口調で返すステイル王子も首をそれぞれ傾けてしまう。

尋ねる僕らにアーサーはすぐには言い直さない。カァ、と顔を赤らめ唇を結んだままさっきよりも頑なに黙してしまうアーサーに、ステイル王子はくるりとセドリック王弟に顔を向けた。

僕も釣られて振り返れば、セドリック王弟だけが首を傾けることなくむしろ感心した様子でベッドに座ったまま腕を組んで興味深そうな眼差しをアーサーに向けていた。ステイル王子よりもアーサーとの距離がベッドごと離れているセドリック王弟だけど、彼はどうやら聞こえたらしい。よほど耳が良いのかなと、変なところで感心してしまう。

僕らの視線に気付いて目をぱちくりして返すセドリック王弟に、僕より先にステイル王子がはっきりとした口調で呼びかけた。


「ダリオ。いまアーサーが何と言ったのか教えてくれ」

「は……、よ、よろしいのであれは…………?」

やっぱり聞こえていたらしい。すごいな。

ステイル王子からの促しに、セドリック王弟は言葉を返しながらアーサーに視線を向けた。自分が拾えたとはいえ勝手に言うのは躊躇うようにアーサーに確認をとる。


自分の小さかった言葉を繰り返されることに、アーサーは唇を結んだまま小さくだけど頷いた。そのまま顔ごと僕らから逸らしてしまう。

どうやら本当に僕らに言おうとして声量が足りなかったらしい。いつもはあんなにハキハキとした声を出す彼なのに。しかも、セドリック王弟に言われるよりも自分でもう一度話す方が恥ずかしいらしい。


アーサーの了解を得て、ステイル王子が僕と同じ体勢で毛布を肩から下は被ったまま「一字一句違わず頼む」と容赦なく釘を刺す。

さっきまでの言及される側とはすごい違いだ。……いや、むしろ自分が聞かれたから聞いたアーサーにも容赦ないのかな。

セドリック王弟からの代弁は、短いものだった。本当に一字一句違えず言ってくれたのか、アーサーの口調のままで言う彼によると



「そういうの、剣ばっかで疎くてわかんねぇです」だったらしい。



なんとも、アーサーらしいなと思う。

まだ具体的に発言したわけでもなかったのに、それでもあんなに照れる彼はいっそ可愛らしい。セドリック王弟の言葉を受けて、僕もステイル王子も顔を向ければ、アーサーは顔を背けたまま真っ赤に湯気を出していた。

そういうの、というのが何を指しているのかは確認せずとも会話の流れでわかる。

つまり、騎士である彼はずっと剣に夢中で恋愛関連には疎いまま今日まで生きて来たということだ。…………縁がない、ではなく〝疎い〟と〝わからない〟ということは、彼自身も全く無自覚というわけでもないのかな。


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