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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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そして駒を置く。


「ただ、残念ながら今回僕と君はサーカス潜入の面々じゃないんだよね」

「はい。打ち合わせではジャンヌとフィリップ殿アーサー殿、そして─……」


促すままに彼の口から近衛騎士の名があげられる。

僕が何を言いたいのか察しの良いステイル王子は理解したらしく、俯きベッドに腰を下ろしたまま足の膝へ置いた両手に指の先まで力が入っていた。

概ね順調に話が進む僕は、まずは外堀が埋めることにする。アーサーを攻めるのは簡単だろうけれど、ステイル王子は僕よりも頭は良いから。


「エリックは大丈夫かな?確かまだ独り身とは記憶してるけれど」

「本人が仰っていたので大丈夫かと……。正確には〝自分は当てはまりませんから〟と」

セドリック王弟がこの場にいない本人に代わり、彼の言葉を反復する。

後から合流した僕はオリウィエルの特殊能力こそプライドに後から聞かされたけれど、既に潜入している二人以外はまだ詳しいことも聞けていない。けれど、今のセドリック王弟の話だと彼らは既に最低限は確認し合ったのかなと考える。


「そうなんだ」とセドリック王弟へ軽く笑みで返す。エリックのことも、意外じゃない。

アランやカラムも同じように彼もまたプライドに想いを抱いているように見えるし、その前に恋人がいることも普通にあり得る。

……まぁ、その代理で答えるセドリック王弟は全く想定できていないようだけれども。

今も「勿論とても良き紳士なので既に居られる可能性も……!」と力説しだしている。彼が良い男なのは認めるけれど、だからこそ今のプライドへの態度のまま別の女性とも関係を持つようには見えない。

防衛戦からフリージアの騎士には誠意を持って関わるセドリック王弟だけど、この力説ぶりは昨日今日とエリックに護衛してもらう中で親交が深まったのかもしれない。


「ハリソンは?彼も確か……」

「あ……その、ハリソンさんは、……今回は抜けた方が良いんじゃないかと自分も言ったンですが……」

ぽつぽつと今度はアーサーが初めて口を開く。

片手を頭の位置まで上げて、目の焦点は誰にも合わないまま口を動かす彼は顔がさっきまでの赤から驚くほどの蒼白に染まっていた。ダラダラと滝のような汗が流れ、ぴっしりと着込んでいる団服が暑そうだ。

なんとも歯切れが悪いし、ちらりとセドリック王弟にも目を向けて確かめてみたら苦笑にも近い困り顔だった。どうやら訂正の必要はないらしい。そのまま濁らすアーサーの言葉の続きを待てば、間にゴクリと喉を鳴らす音が僕まで聞こえた。


「本人が、「問題ない」と……。いえ、その、特殊能力は、かけられたらまずいとは認めてたんですが……」

「??問題あるじゃないか。彼がオリウィエルの支配下に立ったらラルクよりも強敵になると思うよ」

「はい。……ですが、先ず絶対に自分が触れられるなんて有り得ないと断言してて……。…………すみません」

まるで自分のことのように頭を下げて謝るアーサーが、なんだか不憫になる。

騎士のハリソン。他の近衛騎士と比べると僕も交流は薄い騎士だ。アーサーの所属する八番隊で、今は彼の部下だけれど元は騎士隊長だったと記憶している。

戦闘にかけてはとても優秀で、今ではプライドもステイル王子も信頼を置いている騎士の一人でもある。ただ、僕の見立てだけでも感情の起伏があまり見られないというか……正直、恋愛とかそういうのに疎そうな印象はあった。

そして、予想通りだった。

アーサーの話の通りであれば、彼はやはり恋愛経験そのものがない。つまりはオリウィエルに触れられたら最後、彼もまたラルクのように操られる対象者ということだ。

ラルクのことはハリソン以上によく知らないけれど、それでもフリージア王国の八番隊副隊長を手中に収められたら惨事しか見えない。ダンスパーティーの時には彼もプライドに少なからず好意を抱いているようにも見えたけれど、あれでも彼にとっては〝好意止まり〟ということなのだろうか。それとも彼自身が恋愛に疎過ぎて自覚がないだけか、……どちらにせよ本人が恋愛の覚えがないということであれば危険なのは変わらない。

オリウィエルの特殊能力でいうその〝恋愛感情〟の有無が、本人の自覚の有無に伴うかはプライドもわからないようだった。可能なら、先ずハリソンにはオリウィエルとの接触は避けて欲しい。


けれど、続けて彼を擁護するように続けるアーサーの話ではハリソンは命令にはとても忠実で必ずやり遂げる騎士らしい。だから、プライドの護衛を許可する代わりにオリウィエルには絶対接近しないと命じれば、必ずやり遂げてくれるはずだと。

そこまで命令忠実なら尚更、上官であるアーサーに固くプライドの同行禁止を言い渡して欲しいところだけれど。

どうやらプライドに同行するという点はハリソンも頑ならしい。それで本当にプライドへはそういう意識はないのかな。


「アーサー、お前が本気で命じれば控えてくれるんじゃないか?」

「もォ言ったの見てンだろ。!じゃなくて、……〜っとにかく、あの人は一回決めたら結構頑固なンすよ!クッふ、副団長相手に押し切ったこともあるぐらいなんですから!」

ステイル王子へ思わずと言い返した口調を途中で直す。僕らの前でだからか言葉遣いに遠慮してくれてるアーサーだけど、祝勝会でもステイル王子と仲良くしていたのは見たし気にしなくて良いのにと思う。友人同士仲が良いことは良いことだ。

顔ごと一度ステイル王子へ向けた後、再びぐるりと背ける。上官であるアーサーにも頑なと聞くと相当だなと思う。確か八番隊は個人判断の許された自由な部隊だと聞いたことはある。

試しに僕からも上官としての意見を聞いてみる。


「アーサーは、不安はないのかい?ハリソンについて。彼が敵になったら被害は尋常じゃないし、サーカス団という敵の懐に入ればどんな不意打ちを受けるかもわからない。本人は警戒していても、気付けば背後を取られたなんてこともあるし、罠に嵌められる可能性も充分ある」

「そういう不安はありません。最悪、本当に敵に回られたら自分が力尽くで止めます」

……随分とはっきり言うなぁ。

さっきまでおどおどとしていた彼が、部下であるハリソンへの信頼だけは揺るがない。それどころか「力尽くで」と言い出したところから彼の蒼の眼光がギラリと光った。

別人のような強い眼差しは、やはり彼は騎士隊長なのだなと思い出させられる。それどころか今は聖騎士だ。


少し虚をつかれて「そうかい」と短く返してしまう僕に、アーサーはハッとしたように顔色を変えるとすぐ「失礼しました」と頭を下げた。

隣国の王子である僕に、少し強めの口調になったことにまで気が咎めたのか改めて言い直すアーサーは、改めて最初と同じように不安は勿論あると認めた。ハリソンがオリウィエルの効果範囲内であることも事実、いくら不意は突かれずとも何かしらの理由で本当に特殊能力をかけられた時に被害が出る可能性も事実、自分もハリソンが同行するのは万が一にも控えた方が安心だと思うとも認めた。


「なので、あの人はあくまで大っぴらではなく潜んで貰うのが一番安心だと思います。ローランドさんと組んでも良いですし、団員の代わりとしてではなくあの人単独隠密なら先ず潜んでいても素人相手には見つかりません」

オリウィエルに触れない接近しないことも条件付けて、と。そう続けるアーサーは既に大分疲れた顔になってきていた。


これは少し間を置いた方が良いかな、と僕は一度そこで肯定を彼へと返す。

不安が全て解消されたわけではないけれど、少なくともオリウィエルとは接触を禁じられたままで潜入も団員としてではないのならと思うことにする。何より、ハリソンを止めると断言する彼の自信は相当なものだ。……一番大事な確認事項が問題ないならば。



「……では、貴方はどうですか。フィリップ殿?」



彼と、そしてステイル王子が。


Ⅰ221

本日二話更新分、次の更新は水曜日になります。

よろしくお願い致します。

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