Ⅲ79.貿易王子は進め、
『オリウィエルについて、留意して欲しいことがあります』
プライドから語られたオリウィエルの留意点。
その正体が特殊能力者であることを語られたこの場の全員が、決して楽観視しているわけじゃないだろう。ただ、少し話しにくいだけで。
ベッドの上でうつ伏せに寛ぎながら、彼ら一人一人を視野に捉える。誰もが今だけは僕から目を逸らし、俯き、唇を結んでいる。
昔からちょっぴり憧れていた話題だけれど、まさか彼らとこんな形で機会を得ることになるとは思わなかった。折角ならヴァルも一緒だったら嬉しかったのだけれど、先に個室に引かれてしまったから仕方がない。こんな話をするから戻ってと言っても彼は間違いなく拒むだろうし。……まぁ、よく考えれば彼とは以前に僕個人は話せてる。
何より、この場で審議にかけなくても僕と同じで心配はないだろう。
『彼女の特殊能力は魅了、……〜っじ、自分に恋をさせるというもので……』
それまでは緊張感を持って語っていたプライドが、分かりやすく途中から羞らいに顔を桃色に染めていくのが可愛かった。
耳まで真っ赤にして、両肩が必要以上に力が入り強張っていた。多分彼女もああいう話題は得意じゃないのだろう。単に僕らへ気を遣ったとも考えられるけれど。
プライドの話を僕より前に聞いていたステイル王子やセドリック王弟もこの時だけは羞らいが隠せないように顔を背けていた。
ステイル王子はともかく、セドリック王弟は隠す必要もないくらいに明け透けなのだから普段通りでも良いくらいなのに。そういえば僕が初めて彼の恋心を知った時もすごく狼狽えていた。
今はティアラ一筋らしい彼だけれど、ハナズオでも元々人気の高い王子だったしサーシスやチャイネンシスでも貴族や国中の女性が放っておくとは思えない。式典で会った時も女性の来賓相手に積極的に親交していた彼は、僕と違って昔から女性との関わりも円滑に上手くやってきたように思える。プライドとは初対面の頃は何かしら穏やかではない不敬はあったようだけれど。
それも過去の彼は社交が苦手というよりも、単に不躾な印象が強かった。
なのに今も僕の視線を感じ取ったのか、セドリック王弟はじわじわと顔の熱が上がっている。両手で顔を覆いながら「た、確か……」と今にもひっくり返りそうな声で言葉を紡ぐ。
「触れた相手を己に惚れさせ従わせると、ジャンヌは……」
「うん、つまりは恋の奴隷だね」
プライドが話してくれた説明をそのまま正確に言葉にして提示してくれるセドリック王弟へ簡潔に僕が纏める。
途端に「仰る通りで宜しいかと…」と消え入りそうな声で返した彼はそのままベッドの上に座ったまま上体が丸まった。いつもの彼よりもかなり小さく見える。
プライドも言葉を色々選んでくれていたけれど、結局はそういうことだ。なんとも恐ろしい特殊能力だなとこうして振り返っても思う。
プライドの話によると、彼女が触れた相手は無条件に彼女を愛し、服従する。
ヴァルも受けているようなフリージアの隷属の契約と違うところは、命じられなくても本人が常に彼女中心に尽くし動き続けるところだろう。隷属の契約は命令されたら逆らえないけれど、オリウィエルの特殊能力は本人の自主的な行動まで支配する。彼女中心で、世界が回る。
彼女がもし世界を支配したいと望めば、彼女が何もしなくてもそうなるように自分の時間全てをそれに注ぐことになる。
……と、だからこそプライドが予知でその能力の弱点も把握してくれたのは幸運だった。
「同性のあね……っジャンヌには、効果がないのは確実ということは幸いでした」
今度は絞り出すような声を出したのはステイル王子だ。
今夜の話題を投げてから初めての発言は、口を片手で覆ったまま放たれた。もう既に眼鏡が曇っている。遠目ではステイル王子の漆黒の瞳が確認できないくらいだ。
声はセドリック王弟よりは冷静だけど、うっかりプライドをいつものように呼びかけていたところからも動揺が伺える。
ステイル王子のこれには、僕だけでなく全員がほぼ一斉に深く頷いた。
オリウィエルの特殊能力は異性にだけ効くものらしく、同性であるプライドには意味をなさない。かけられる側がオリウィエルを恋愛対象として見ないからか、それともオリウィエル自身の問題かはわからない。
けれど本当にこれは大きい。そうでなければ、正直この場にいる全員がプライドのサーカス潜入を反対しただろう。もう彼女が誰かに心奪われ操られる姿は見たくない。ただでさえ、もう一つの特殊能力が効かない条件がプライドには不透明だから余計に。
同意見ですとステイル王子へ言葉でも同意を示しながら僕は、もう一つの無事でいられる条件を改めて彼らに提示する。
「恋をしたことがある人間には効果がない、ということを知れたのも幸いでしたね」
これを話した時、プライドの顔が一番真っ赤に染まったなと思い出しながら彼らに笑いかける。少なくともプライドがいないこの部屋で、室温が数度上がったのは気のせいじゃないだろう。
オリウィエルの特殊能力は、一度恋をした人間には効かないらしい。つまりは初恋を奪うということだ。人の大事な一生に一度の一回目を奪うなんて残酷な能力だ。まぁだからこそお陰で僕には脅威ではないのだけれど。
ステイル王子もまた顔を俯けてしまった今、沈黙が返された僕に話題の主導権が必然的に残る。
「僕は問題ないですが、安全の為にもジャンヌと共に行動する人間もまたオリウィエルが脅威にならない者であってほしいと願っています」
プライドの為にも、彼女の側にいる人間も特殊能力に支配されない者を厳選して欲しい。
だからこその確認事項だ。今のところ明日からプライドと行動を共にするのが確定なのはステイル王子と近衛騎士のアーサー。そして透明化したローランド。……けれど、僕としては更に人数を厳選しても良いと思っている。
既に潜伏中のアランとカラムは本人から「大丈夫です」と確信を持って言われたし、信頼できる。アランもカラムも初恋がいつかは知らないけれど、少なくとも今プライドには想いを傾けている。それに僕より年上で、騎士は人気の高い職だし一度や二度は女性と関係を持つようなことがあってもおかしくない。
問題は、明日からの彼らだ。
「ダリオも問題ないんだよね?」
「はっ。ええ、私には心に決めた女性がおりますので。彼女への気持ちに嘘偽りはなく何者にも負けないと断言できます」
……そういうことははっきり言えるのになぁ。
顔を赤らめたままではあるものの、さっきまでの照れが嘘のように燃える瞳が今だけは透き通っていて綺麗だ。心に決めたと、今の気持ちを語るということはもしかするとティアラは彼の初恋なのかもしれない。そう思うと勝手に頬が緩んでしまう。
真っ直ぐに燃える彼の瞳の輝きを見つめると、……途中でまた反らされた。「リオ殿に私が勝ると思っているわけではありませんが……」と真っ赤な顔から汗まで滲ませ、シャツがうっすら透けている。何故そこで僕が出てくるのだろう。
彼もアネモネと交易を行っているサーシスの王弟なら僕とプライドのことは知ってるだろうし、つまりは僕とプライドの過去の関係を指して気を遣ってくれているのだろうか。勿論僕にとってもプライドとのあの期間はかけがえの無いない時間だけれども。
僕にとってのプライドと、彼にとってのティアラへの想いは比べるようなものではない。
気を遣ってくれたつもりで、結果として僕の初恋が思い起こされてしまう。
セドリック王弟に指摘されたことは今までなかったから少し照れ臭くて「比べるものじゃないよ」と断りながら頬を指で掻く。変なところで気を回してくれるなぁ。
けれど彼が望み通り話題に乗ってくれるのは今助かる。




