そして本題に出る。
「いっそこの部屋で全員固まれば問題も解決するんじゃありませんか」
耳を疑うまま顔を向ければ、全員の視線を集めたレオンは示すように軽く両手を広げて部屋の中央に位置する場所に一歩二歩と移動した。
もともと、全員が集まって話しやすいようにと最も広い場所をと選んだこの部屋は四人部屋である。女性であるプライドを抜いた今、大部屋には王族三人が眠るのに充分のベッド数も揃っていた。
ただし、もともと寝泊まりを想定されなかったままの部屋のベッドは殆どがソファー替わりに使われ皺の寄った状態である。更には土足で大勢が出入りした為に一番汚れているといえる。本来ならば王族も騎士も誰もここに泊まる筈がない、会議室代わりの部屋だった。
しかし、それも全て把握した上でレオンはにこやかに言葉を続ける。
こっそりと、浮き立つ胸を隠しながら。
「今回は宿泊とはいえ明日も早い単なる仮眠ですし、一つベッドも空いてるからアーサーが休めば良いんじゃないかな。まだ僕は話したいこともありますし、護衛が同室でも構いませんよ。あくまで今は〝商人〟ですから」
部屋の外である廊下にアネモネの騎士が控え、護衛の騎士全員が部屋に控えれば良い。
ヴァルは自室、そしてプライドの元には二名の騎士が固定であれば護衛形態は守られている。残りの男性陣だけ固まれば、というのはくしくもステイル自らセドリックへ提案した同室と同じ発想だった。一つ違うのは、同室に騎士やレオンが含まれることくらいである。
一度はステイルに断ったセドリックも、現在時間と次の起床時間を照らし合わせれば確かに〝仮眠〟ならばと抵抗も薄れた。ステイルと二人だけでは遠慮するが、全員同室であればそこまで緊張もしない。王族として人に囲まれた生活には慣れている。
同姓同士しかいない部屋で、護衛と同じ立場の王族同士。護衛の数も維持する条件下ならば、それが最も〝商人〟として振舞う彼らが身を護る上では効率的と提示されればステイルもまた同意した。その方が騎士達も護衛しやすく、この後にも休息を互いに回しやすい。
わかりました、それでは、と。それぞれベッドを選べば、自然と彼らも互いの個人領域を守るようにベッド際に位置を変えていく。
一番状況の変化に狼狽える庶民のアーサー一人が、王族と寝床を一緒にと棒立ちのまま視線だけを忙しく泳がせた。ステイルはまだしも、他の王族二人は見知った仲とはいえあくまで遥か目上の人間である。
一人余ったベッドに移るのも抵抗するように冷や汗で顔をべっしょり濡らすアーサーに、ステイルはおかしそうに意地の悪い笑みを浮かべた。
「もう店もやっていないでしょうし必要ならば着替え程度は僕がお持ちしましょうか。アーサー、お前はどうする?」
「ッいえこのままで!!っつーか脱がねぇし寝れねぇです!!」
「別に恥ずかしがる必要はないと思うけれど。まぁ落ち着かないならローランドが戻ったら交代でさっき決めた部屋に移ると良いよ」
いえ恥ずかしいとかじゃ……!!と思わずレオンに言い返しそうになるアーサーは思い切り両肩が強張り上がる。
直後には交代で騎士の部屋にと提案された途端に首が壊れそうなほど激しく縦に振った。もともと戦闘のしやすい騎士の服を護衛という立場を完全に解かれないで脱ぐことは抵抗がある為、それだけでも寛げない。
結果的にローランドが帰ってくるまでの控えと思えば、ベッドに腰も下ろさないと決めた。自分に配分されたであろう残りのベッドの傍らに起立したまま、両手を背中で結ぶ。
その間も、ステイルから着替えをという提案にレオンもセドリックも必要ないと断った。城の中ならばまだしも、王子ではなく商人と振舞う服装に身を包んでいる自分達が寝る時だけ王族の装いというのもおかしな話である。なにより、いつもの王族としての衣装と比べて今の衣服は商人としてかなり気楽な服である。
「ジャンヌだけでも着替えは欲しいかもしれませんね」とレオンがプライドのいる部屋の方向へ目を向けながら呟けば、ステイルもすぐに彼女の着替えだけでもと瞬間移動した。
「……ですが、少し意外でした。リオ殿の御家ではこういった砕けた行為もてっきり厳しく律せられているものかと……。まさかご提案頂くとは」
「あくまで潜伏中はだけれどね。最悪の場合を想定して自身の身と正体を隠し通すことが最優先だから。ただでさえここはラジヤだし、父上も知ったところで咎めはしないよ」
別に普段そういったことが許されているわけではない。レオン自身同性相手とはいえこういった同室というのは初めてである。家族とすら一緒の部屋で寝たこともない。一番近い状況も、自室は自室でも寝室ではなく応接間で仮眠を取った友人とそして少年少女程度だ。
しかし、王族という立場を護衛の少ない宿で隠し通す為ならば商人に徹するのも必要だとレオンは冷静な頭で考える。
ここで何か間違って王族と知られ、大勢に宿丸ごと占拠され襲われることと比べれば大した問題ではない。
あくまで王族として、潜伏も完璧にこなすというだけの話だ。こっそり、レオン自身の野望も入っていようとも。
少しでも寛ぎやすい格好をと、レオンとセドリックがそれぞれ上着を脱げば命じられずとも騎士のジェイルとマートが素早く彼らの衣服を預かった。上着掛けへ皺ができないように掛ける中、アーサーは出遅れたと一人口の中を噛む。あまりにも自分だけが中途半端な状況の為、上手く頭が護衛か控えるかの切り替えができない。
そのままレオンとセドリックに付く先輩二人に、申し訳なくなるように首を垂らした。
「ダリオこそ。実質的に僕らの中で立場が一番上なのに良いのかい?お兄さん達が気にしないかな」
「いえ私の家は……。それに、今はフィリップ殿の方針を共にさせて頂いております」
寧ろハナズオでは実の兄であるランスの部屋に夜通し入り浸ったことも子どもの頃からあれば、戴冠式後はヨアンとランスと三人で同じ部屋とベッドで夜通し語り尽くしたこともある。
ランスはおいても、血は繋がっていないチャイネンシス王国のヨアンとも距離の近いセドリックはむしろ他の王侯貴族よりも抵抗はない。思い出したくもない幼少の頃は一晩どころの話ではない期間ずっと大人達に囲まれ続けた生活も鮮明に覚えている。
一瞬だけ苦い記憶が頭に映えるのを首を横に振って払うセドリックは、兄達の威信の為にも寝泊まりの話も容易には言うまいと言葉を選ぶ。楽な恰好となると温暖な日は寝衣も着ないで寝ることもあると、その言葉もセドリックは飲み込んだ。今は王族として他言して良い内容の区別はできる。
アネモネ王国については未だ未知の部分がある上に、フリージア王国では少なくともそういう風州は書籍で確認できていない以上、下手に明かすのも躊躇われた。
ここでも一人部屋ならば着替えがなくてもと思ったが、ステイルとレオンと同室で騎士もいる以上は薄いシャツと下衣は着たままでいようと真っ当な判断を決めた。いくら部屋が暖かくとも流石に自分の兄達と、大恩あるステイルとレオンではセドリックも緊張の度合いは違う。
レオンも同じように薄い布地の衣服まで脱ぎ終えたところで、ステイルが瞬間移動で戻って来た。プライドの着替えだけを手に、廊下へ出た彼は隣の部屋前で佇むエリックにそれを預けた。
部屋に戻り、シャツの上着を緩めるレオンとセドリックに合わせ自分も早速上着を脱げば、アーサーが今度こそはとそれを受け取り回収した。その律儀な様子に思わず小さく噴き出しそうになってしまったステイルは手の甲で口を押さえる。
「アーサー、お前も上着ぐらい脱いだらばどうだ?」
「いいえ、ローランドさんが帰ってきたら即刻失礼しますンで」
あくまで頑なな相棒を、らしいと思いながらも突っつくステイルにアーサーもいつもより冷ややかな声で返した。手だけは騎士の誰よりも慣れた動きで上着の皺を伸ばし掛ける。
ステイル相手に少し遠慮が削げた。彼の脱衣を手伝うついでにネクタイを乱暴に背後から解き、しゅるりと首から抜いた。摩擦で首の皮がうっすら熱くなり擦られた首を撫で押さえながらステイルがアーサーを睨み付ける。
着替えが出遅れたステイルより一足先にベッドの上に腰を下ろすレオンに、三秒おいてからセドリックも同じようにした。一日中市場を歩き回り、その後は事態の急変も重なり深夜である今、このまま寝転がればすぐに熟睡できると思う。
自分達の前で脱衣を進めるステイルに、レオンもセドリックも同じ問いが頭に浮かんだが敢えて言葉には出さなかった。生まれた時から王族である自分達と違い、ステイルの場合は幼少の頃とはいえ元は庶民である。この中では最も抵抗がないのだろうと察する。
「そういえばリオ殿、さきほど仰っていた〝話したいこと〟とは?」
ふと、セドリックから思い返すままに疑問が投げられる。
ついさっき、レオンが自ら三人相部屋を提案した時の言葉だ。ステイルの脱衣を終えるまでの時間凌ぎの話題のつもりだったセドリックだが、これにはステイルも興味があるように顔ごと視線を向けた。
廊下の外を守るアネモネ王国の騎士は護衛という観点からは助かるが、しかしもともと自分とセドリックが同室になれば良い話だったものである。そこに自ら同室に参加したレオンの目的にはステイルも違和感を抱きながら気になっていた。今日一日の報告会ならばプライドとヴァルが退室する前に済ませた後だ。明日の予定も共有した以上、他に何を話す必要があるのかと考える。
ああうん、とレオンもあっさりとセドリックに応答する。滑らかな笑みのまま、二人とそして佇むアーサーと騎士のジェイルとマートへ目を配れば続きの前にぼふんとベッドの上にうつ伏せに足を延ばした。
「せっかくだし〝恋の話〟でもしておこうかなと思って」
ゴフッッ!!と、直後には全員が噎せ返るか絶句する。
レオンからの冗談だと思ったが、しかし見返せば翡翠色の瞳で微笑むだけだった。
その目をみても変わらずシラを切ろうとも思わなければ、ただレオンが恋バナに花を咲かせたいだけと思うほど全員鈍くもない。
レオンにとっては必要な会話だった。明らかに彼らが話すべき話題を避けていると理解した上で、今の今まで黙していたのだから。
土汚れをベッドに落とさないようにレオンは一度靴を脱いだ足をパタンパタパタとベッドの上で遊ばせながら、彼らの顔色を微笑ましく眺める。やはり自分自身の興味も楽しみもあるのだと自覚する。
残念ながら誘う前にヴァルは早々に退散してしまったが、彼のことは確認せずとも自分が確信している。
ならば残すは彼らへの問答だと、レオンは標的を視界の中に捉えながらも本題を口にした。
「初恋を奪う能力……〝魅了〟の特殊能力なんて、警戒しないに越したことはないからね?」
妖艶なその笑みに全員が一度熱を上げ、口を絞った。