そして途絶える。
「勝手にいなくなってはアレスが心配するだろうからな。テントに書き置きを残しておこう」
「そういえば最初にいなくなった時はどうして書き置きは?」
「そんな暇がなかった。あの時はトランクと一緒にテントから私も放り出されてしまった」
ハハハッと、今度は明るい声で笑い飛ばす。
問いかけたアランもこれには「あちゃー」と音には出さず口だけが引き攣った。思ったよりも酷い追い払われ方をしたんだなと理解しながら、それでも未だにラルクを庇おうとする彼を色々な意味で見直した。
なにも考えない成り行き任せの気楽家方向かと思ったが、大概の善人でもそこまでされたら恨むのが普通だ。それを親子喧嘩と誤魔化し、帰って来た後にあそこまで反発されても流し、さらにライオンに襲われた今も庇おうとしている。
団員がサーカスから抜け出したと聞いた時は一度残念がってからの切り替えの早さだったが、それでも戻ってくるのなら迎えに行こうとまでしていた。
彼が愛情深いのか軽薄なのかはアランにも結論つかないままだった。
……思ったより悪い人じゃなさそうだけどなぁ~……
心の中でそうぼやきながら、しかしなんとも掴めない。自分から慣れ慣れしくなる気になれない感覚に自分で困りながら、それでも護衛対象でもある団長に回された肩を降ろさせようとは思わない。
共にアレスのテントへ歩けば、人払いができたところで今度は幹部団員も何人かは「団長!どうなってんだ!」とそっと駆け寄ってくる。自分にだけは事情を話して欲しいと臨む彼らにも、団長はやはり口を割ろうとしなかった。
ラルクも去った今、アランもテントへ急かしはしない。取り敢えず団長が余計なことはうっかり言わないかと注意深く耳を傾けながら第三者のふりをする。
「?アラン、お前はなんで団長といんだ?」
「団長が帰って来た時も一緒にいたよね?」
「あー、アレスさんに頼まれてて。ほら、俺腕っ節だけはそれなりですし」
いつまでも団長の傍を離れようとしないアランに、団員も目を向ける。
しかしアランもアランですんなりとそこは受け流した。今この場にはいなくても、アレスが協力者であってくれて良かったと心の中で今思う。そうでなければ新入りの自分が団長にくっついて離れない理由も付けるのが少し面倒になる。団長自体とは知り合ってまだ数時間である。特別親しいという言い訳も使えない。
歯を見せて笑いながらアレスの去っていった方向を指差せば、幹部達も疑問には思わなかった。
アレスが団長を慕っていることも、アランが恐ろしく運動神経が突き抜けていることも年季の差はあれどどちらも今では嫌というほど周知の事実である。
まぁ確かにな、と言いながら団長と幹部だけで話したいからと少し距離を取るように指示されればアランもそこは素直に数歩だけ下がった。あくまで自分の間合いは守り、いつでもすぐに駆け付けられる距離内であれば離れても問題ない。
念のためにももしこの中にも団長の命を狙っている人間がいたら、オリウィエルの手先がいたらと思えば警戒は解かないが、それでもカラムが合流するまでは比較のんびりと待ち続けた。
……
「止まれっつってんだろラルク!!おい!」
「僕は話すことなんかない。再三の警告を無視して未だに居座ってるのは奴の方だ」
「居座って……って!ここは団長のサーカスなんだから当然だろ!!」
ずんずんと早足で進みながら、ライオンと並んで猛獣小屋へ向かうラルクのすぐ後ろをアレスが追う。
肩を掴んで引き留めようにも、その度に威嚇すべくライオンが振り返り唸ってくる。主人であるラルクに危害を加えようとする相手には当然指示されずとも牙を剥く。
その所為でラルクを引き留めることも安易に前に立ちふさがることもできないアレスは、ただ一定距離でその背中を追いかけることしかできない。
一度背中を向けてからアレスに背中を向けたままのラルクは、言葉こそ返すが目も合わせない。
アレスのことよりも、二度も失敗したことへの苛立ちと、急に間に入ってくるようになった新入りへの苛立ちがふつふつと煮えていた。心を落ち着けるように何度も繰り返し傍らのライオンの毛並みを撫でながら、こんなことになるのならば新入り二人も入団させるんじゃなかったと後悔する。
「違う。僕と……いや、彼女のものになる筈だった。お前も知ってるだろう、元はと言えばあの男が彼女を害しようとしたのが始まりだ」
「ハァ?!だとしても当たり前だろ!あの女だ!!俺より古株のくせに働かねぇしお前もあの女が来てからおかしくなったって団長も」
「僕はおかしくなんかなっていない」
アレスの正論を最後まで聞く耳も持たずに遮り拒む。
希少な存在である特殊能力者に、腕自慢の団員。
〝彼女の物〟と言いながら、実質的には自分が回さないといけないサーカス団で、団員が一度に複数人抜け、その中には目玉演目の演者もいた中でこれ以上ない救済だった。あとは客が目を引く演目を決めれば、自分だって早々に開演準備を始めようと考えていた矢先だった。
どこかで野垂死んでいれば良かったものを!と今更ながらに思えば、何故あの時に殺しておかなかったのだろうと考える。そうすれば、こんな窮地に追い込まれることもなかった。
いくらアレスが、他の誰がどう言おうとも、ラルクにとっては間違いなく自分の決断は正しく、そして当然の行為。それを今更アレスにどう言われようとも、変えようとは思わない。
しかしそこで「いやおかしいだろ!!」とアレスが言い返せば、初めてラルクの足がぴたりと止まった。グルルッとライオンが牽制すれば、アレスも合わせて足を止める。
こちらに顔だけでも向けてくれたラルクは相も変わらず敵意に満ちた眼差しだった。
「おかしいのはお前の方だろアレス。いい加減僕に馴れ馴れしくするな。……お前の方があの男の望みにも相応しい」
「はぁ?何言っ」
「譲ってやる。その方が団員も皆認める。最初からそのつもりだった。わざわざ僕に言われるな。僕は彼女さえいれば良い」
カッと頭に血が上り、アレスは歯を食い縛る。
思わず喧嘩腰に前のめるが直後にライオンからガウッと吠えられれば仕方なくも足は止まった。しかし、怒りだけはそのまま腹の底にまで停滞する。
ふざけたことを言うラルクの胸ぐらをつかんでやりたくなりながら、ぐっと拳を握って抑えた。代わりに「ふざけんな!!!」と声を張れば、敵意として受け取ったライオンも身体ごと身構え毛を逆立てる。
距離こそ詰められないまま睨むアレスに、ラルクは冷たい声を浴びせた。
「いつまで昔のことを引き摺っている?僕はもう昔とは違う。他の誰にわかって欲しいとも思わない、お前にもだ。……僕のことは、彼女が知ってくれればそれで良い」
「ッ引き摺ってたのはお前だろ。そうじゃないならなんで」
「僕じゃないアレは団長だと何度言わせれば気が済むんだ。お前の妄想は聞き飽きたし気分が悪い。もうついてくるな」
パシンッ、と。再び地面に鞭を鳴らす。
その途端、さっきまでは威嚇だけで止めていたライオンが再びグルルととひと際大きく唸り出した。次動けば襲い掛かると、ラルクに言われずともアレスは理解する。半歩下がり距離を取れば、ラルクも合わせるようにゆっくりと背中を向けた。
一人猛獣小屋へ向かうラルクは、もう会話すらもする気もなくなった。むしろ今まで何故会話してやったのだろうと思うほど、次なる一手を考えることだけに集中する。
「あの老いぼれに言っておけ。僕にも彼女にも、僕らの目の前に二度と現れるなと」
出ていかないのなら、せめて自分と彼女のいる団長テントからは締め出したい。
自分に団長を追い出そうとした容疑も、そして団長をライオンに襲わせようとした容疑も少なからずかかっている。今は人の良い団長の押し付けのお陰でなんとか立場を保っているがこのままでは時間の問題だ。その前に今度こそ確固たる立場を掴まなければならない。
自分はどうなっても良い。しかし自分がこのままサーカス団を追われることになれば、唯一の味方が自分しかいない彼女まで追い詰められることになる。それだけは決して許されない。
団長を始末する。もしくはその立場を奪い取る。彼女の為にはそうするしかないのだと、覚悟を新たに鞭を握り直した。
〝父親〟と言い張る団長のことなどどうでも良い、アレスのことも、団員達もどうでも良い。自分にとって最優先はたった一つだけ。
「このまま彼女を受け入れないサーカス団なんて存在の価値もない」
そう言い捨て、返すアレスの怒鳴りも拾わない。
自分の中の確固たる決意は脅しでもなんでもない、ただの宣言でしかないのだから。
二話更新分、次の更新は木曜日になります。
よろしくお願いします。




