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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州

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Ⅲ73.越境侍女は窺い、


「フリージア、か……。まさかあの大国がうちに関わってくるとは……」


ぽかりと口が開いた団長は、ステイルが落ち着かせた声で話し終わった後も顔の筋肉が伸びたままだった。

先ずは説明をとステイルから語られたのは、アレスにも話した内容と同じフリージア王国の協力者としての建前。最初はフリージアという名前を聞いたところで顔色を変えた団長だったけれど、ステイルが読んだように「決してアレスや貴方の団員を強制帰国させるつもりはありません」と告げたらほっと息を吐いていた。

疚しい……と言ったら嫌な響きだけれど、団長もサーカス団にフリージアの人間だと敢えて伏せて囲っている意識くらいはあるのかもしれない。もしこれが奴隷としてサーカス団に所属しているのなら話は別ですがと、さらっとステイルが鎌を掛けられた時は団長も平然とうんうん頷いていたしやっぱり調査通りサーカス団に現時点ではそういった扱いを受けている人はいないと考えて良さそうだ。……今のところは。


ただ、今までの団長不在理由がラルクからどう語られていたかを説明した時には、ショックを受けるどころか大爆笑だった。

声まで上げて手を叩いての大笑いに、外に聞こえると途中で慌ててアラン隊長が口を覆って止めてくれたけれどその後も二分近くはお腹を抱えて笑っていた。「なるほどそれで……」と思い当たるように呟くのが聞こえたから、帰って来た時の団員の反応でいくらかの疑問が浮かんでいたのかもしれない。

それにしても知らない間に自分が退いて後任決定なんて本当なら怒り狂ってもいいくらいなのに。懐が拾いのか能天気なのかちょっとわからない。

フリージア王国に遣わされた協力者商人と騎士というこちらの立場と目的、サーカス団の今までの現状。そして最後が、まだ団長が会えていないであろう他のサーカス団員についてだ。


「アレスは?アレスのことも君達が知っているんじゃないのか?まだ見ないが、あの子はどこにいる??」

そう言いながら床に立てた膝の上で団長が指差し示すのはアラン隊長だった。

ついさっき大笑いの団長の口を覆ったまま隣に立つアラン隊長を示し「彼が言ってたぞ」と続ける。アラン隊長も苦笑気味にぺこりとステイルに向けて頭を下げていたから、ここに呼ぶ為に少し話したのかもしれない。まぁ、アレスやサーカス団のことでも関わらないと正直新入り二人と密室呼び出しなんて応じてくれるとは思えない。

ステイルも察したのか「そうですね……」と短く返しつつ、眼鏡の黒縁を押さえる。ちらりと私にも視線を配り、こちらからも同じく目で返せば肯定も伝わった。


「彼ならもう暫くでこちらに帰ってくる頃だと思います。彼らと同じ騎士を付けていますので、安全も保障します」

手の平でアラン隊長、アーサー、ハリソン副隊長、そして扉の前に立つカラム隊長を示せば団長からも「おぉ……」と小さく声が漏れた。

具体的に騎士が彼らですと伝わった途端に目の色が変わる。大爆笑した時とは違う、目のきらめきにちょっぴり恐ろしさを覚えつつもこれなら協力も前向きに検討してくれそうだと思う。

一度言葉を切るステイルは、流石にアレスが奴隷商に捕まっていたことは伏せてあげるようだ。私も賛成だ。団長も流石にショックを受けるだろうし、何よりアレスもそれを知られたがるとは思えない。

「ちなみに」と間を置いてステイルがアレス以外にもこのサーカス団にいない彼らのことを語る。


「行方不明の貴方を探しに出ていったサーカス団の彼らも、所在はわかっています。ユミルちゃんも皆、心から貴方を心配していましたよ」

「!そうだユミル!ならばアンガス、リディア、それにクリフも一緒か?なんだ彼ら私を探しに行ってくれたのか?!!」

それならそうと……!、とそこまで言いかけたところで手早くアラン隊長が二度目の口を封じた。

さっきまで私がドタバタしていた時の静けさは嘘のように、状況が明確になってきたからか団長の声が大きくなっている。ユミルちゃん達のことをわかってくれるのは嬉しいけれど、折角ここに隠れているのだから声だけは抑えて欲しい。

自分のことを棚に上げながら口を結びそう思えば、アラン隊長から「しー--!」と注意を受けた団長は手を下ろされると同時に「すまないすまない」と今度はまた小声で取り直してくれた。


「ならもう私が戻って来たのだから問題は解決だ。場所を教えて貰えるか?今すぐ私が迎えに行こう。うちのサーカス団は家族みたいなものだ。他の団員達も帰ってくる分は歓迎してくれる。特にアンガスとリディアはうちの……」

「そこでここからが本題です。クリストファー団長」

言いかける団長の言葉をぴしりと上塗るステイルが、そこでぐいっと片膝のまま団長へ前のめりに顔を近づけた。

私の位置からではわからないけれど、きっと社交用のにっこり笑顔を浮かべているのだろう。黒い気配は感じないから脅すつもりはないのだろうけれど、背中だけでもうっすらとした冷たさを感じる。天才腹黒策士の気配がひしひしと肌に届く。


ステイルに言葉を切られ、目を丸くする団長も少し警戒するかのようにステイルから背中を反らした。「なにかね?」と言いながら、少し声に惑いが混じる。

団長の中ではもう状況の把握と共に今後の方針もある程度決まったところなのかもしれない。仮にもサーカス団という組織の上に立つ人だし、決断も早い方なのは間違いない。

アレスから聞いた話でも、追い出されたまま騒ぎにも誰にも相談も報告もせずトランクケースと共に姿を消した人だ。

そんな団長の先走りを許さないと言わんばかりに、ステイルが一手先を詰める。低めた声で淡々と続け、どこかジルベール宰相を思わせるにこやかな声と圧だ。


「協力をして頂きたいのです。一週間程度で構いません。僕らをサーカス団に潜入させて下さい。あくまで一般人として」

その為に、と。続けてステイルからいくつもの策が提示される。

団長が見つかる前から考えていたのか、それとも今全て思いついたのか、どちらにせよスラスラと出てくる提案に私まで口端の筋肉が引き攣ってしまう。いま、このタイミングでステイルが提示した理由がよくわかった。

最後にちらっ、と振り返ったと思えばばっちり目が合った。

多分、私に確認を取ってくれているのだろう。ちょっと心配はあるけれど、確かにそれが一番効果的な手であることは間違いない。団長の無事も一先ず確保した今、ここはステイルの案に乗るべきだろう。


私からはっきりと頷きで示せば、ステイルからはほっとしたような笑みが返された。

そのまま視線が離れたから再び団長へ向き直ると思えば、今度はまた別方向へと移る。釣られるように私も目を向ければ、アーサーの方だ。爆笑も落ち着いたアーサーも、ステイルからの目配せは意外だったのかきょとんとした表情を浮かべれば、……次にはステイルからニヤリと満足げな笑みが広がった。ちょっと胸を張っているようにも見えるし、相変わらず仲が良い。

団長へと今度こそ向き直るステイルは「その代わりに貴方とサーカス団の無実を証明し、振りかかる火の粉も彼ら騎士達が払います」と団長側のメリットも告げた。

フリージアの予知ということを掲げた以上、団長としても騎士の力を借りれることは大きい。


「ご帰還してすぐにこのような話をお持ちして申し訳ないと思っています。ですが、貴方の身を護る為にも必要な処置でした」

「?それも王女の予知か?私の……というのはさっきのことか」

うーん、と。協力……というよりもステイルからの策に悩むように腕を組んで考えていた団長が首を傾ける。

さっきの??と私達も分からずにアラン隊長達に視線を向ければ、カラム隊長が「私が」と顔の横で手を上げて説明役を請け負ってくれた。いつもと違う利き手と反対手で、扉の掴み手を握ったままだ。


アラン隊長が報告してくれた時は、急いでいたこともあって団長が帰ってきて荷馬車の中で保護としか聞かなかったけれど、カラム隊長から事情を聞けば……思い切り喉が干上がった。

やっぱり、と思いつつ心臓が太鼓みたいにどんどんと身体の中心を揺らすほど鳴ってくる。

話によれば団長の帰還時からひと騒ぎあったらしく、ラルクが大激怒して騒然したらしい。幸いにも優秀な騎士二人がいてくれたお陰でことなきを得たけれど、聞けば聞くほどに内臓が急冷されるようだった。

本当にカラム隊長とアラン隊長がいてくれて良かった。ゲーム通りにならなかったのは彼らと、あとは団員達の前だったことも大きかったかもしれない。


アレスの語った話では団長がサーカス団に帰って来たのは数日後、しかも深夜だったから。


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