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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
110/289

Ⅲ72.越境侍女は落ち着かない。


「えっ、だ、団長ッ団長さんが?!!」


もう?!?!!

合図に反応したステイルが瞬間移動でアラン隊長を連れてきてくれてからすぐ、私は声がひっくり返った。

あまりの事態の急変に信じられないまま、首ごとぐるりと視線が窓の向こうにいってしまう。


アレス!アレス!!と窓から身を乗り出して叫びたい気持ちに駆られるけれど、残念ながらとっくに彼らは市場に去った後だ。こんなことになるなら引き留めておくべきだったと後悔するけれどもう遅い。

自分でも目が丸くなっているのを自覚しながらもう一度顔を正面に向け戻し、目を左右に躍らせ周囲にも視野を広げる。私だけじゃない、説明を聞いた皆もびっくり顔のままだ。

ステイルも呆気を取られたように眼鏡が少しずれてるし、エリック副隊長やセドリックも口が僅かに開いたまま固まって、アーサーに至っては顎が外れている。


瞬間移動でステイルが連れてきてくれたアラン隊長は、見事に直球というか単刀直入だった。

「突然申し訳ありません」と苦笑気味に言いながら、次に話してくれたのが「団長が帰って来たので報告に」だった。あんなにさらっと言われても!!

確かに、確かにアレスの奴隷狩り後に団長が帰ってくるのは前世のゲームで私もわかっていた!けれどまさか当日?!今日?!!まだ一日すら経っていないこのタイミングは流石に予期していなかった。数日……早くても二、三日は絶対後の帰還だと思ったのに!!


ゲームで語っていたアレスの体感時間が間違っていたのか、それとも現実が早まったのか。まさかゲームの強制力でアレスの状況に合わせて団長も偶然早めに帰ってくる気分になりましたとは思いたくない。そこまでの強制力あったら本当怖い。そもそも団長が帰って来たのは……

あまりにもめまぐるしい展開に目の奥までぐるぐる回ってくる中、視線の先でアラン隊長が半笑いのまま頬を指先で掻いていた。私達の反応を予想通りと言わんばかりに彼一人は落ち着いている。


「今はカラムが上手くやって保護しています。テントの裏に停めてる荷車の中で、ちょっとここより狭くて埃っぽいんですけど……」

団長を入れて十人も入るかくらいの狭さ。けれど、四方が囲まれていて、突然帰還した団長相手に団員も詰め寄りたい中で見つからない近場はそこくらいだったらしい。


これはもう行くしかない。団長が帰って来た経緯も気になるけれど、一番はやはり本人との接触だ。

ステイルへと顔を向ければ、既に私からの指示を待っていたようにすぐ見つめ返してきてくれた。更にアーサー、ハリソン副隊長に視線を向ければやっぱりすぐに視線が真っすぐと返される。


私の目配せを見て、セドリックがレオン達への伝言役は任せて欲しいと分担継続する意思を示してくれる中、私は早速移動を決めた。どちらにせよユミルちゃん達に報告はこの後だ。先ずは確かめないと始まらない。


セドリック、そしてエリック副隊長とジェイルはここで待機しレオン達と合流。私とステイル、護衛のアーサー、ハリソン副隊長、そしてローランドが先ずはアラン隊長と共に団長へ会いに行く。

今は一秒でも早く状況を把握しないといけない。それに、ゲームの設定通りであれば団長の身だって危ない。


今はカラム隊長が護衛についてくれているのだから大丈夫だとは思うけれど、どう転ぶかわからない。少なくともアレスときっちり団長が再会するまでは!!

ステイルも、アレスは当然ながらまだ深く知り合ってもいないマートの元にも瞬間移動はできない。今は私達が先に団長に会うしかない。すっと差し出してくれたステイルの手を握れば、合わせるようにアラン隊長達もまたステイルの手を取った。

視界が切り替わり、見送ってくれるセドリック達のいる宿の部屋から、うすぼんやりとした灯りしかない真っ暗な外に瞬間移動する。


「荷車の中に直接では団長に表出の瞬間も見られてしまうので。……こちらがその荷車でよろしいでしょうか」

コンコンと、軽く荷車の荷台をステイルが叩いた。

小声で尋ねるステイルに、アラン隊長が「間違いありません」とやっぱり潜めた声で返す。荷車の影に瞬間移動したとはいえ、私も思わずすぐに口を両手で覆う。

周囲に意識を向ければ、風の音に紛れて遠くから人の声がいくつも聞こえてきた。「団長ー!」「今度はどこだ!」「カラム」「アラン」「新入り」と繰り返し似たような言葉が何度も錯綜してる。きっと戻って来た団長と一緒に消えたのであろうアラン隊長とカラム隊長のことも探しているのだろう。

軽く振り返れば風の匂いと一緒に草や土埃の匂いも鼻に届いた。周囲にはもう灯りも殆どないけれど、声のする方向へ顔を向ければ今も煌々と灯りを灯すサーカス団のテントが内側から光るように輝いて見えた。

お蔭で私達の周囲もうすぼんやりと何があるか確認できる。いくつもの荷車が並んでいるだけで、今は馬が一匹も繋がれていない。移動サーカスだからこその移動手段置き場といったところだろうか。


内側にも鍵がついているのか、アラン隊長が規則的なノックで鳴らせば間もなく扉が開かれた。

互いに挨拶よりも「急げ」と扉を開いたカラム隊長が早口でアラン隊長を先頭にした私達を促した。団員にいつ見つかるかもわからない状況は私達もよくわかる。促し通り、アラン隊長からお先にと言われるのと殆ど同時に私達からも順々に荷車へ駆け上がった。


段差のある高さのある荷馬車の中へ最初にステイルが上がり、扉の向こうに消えていく。続いて侍女という立場の私が上が、……ろうとしてスカート状態では厳しい高さだと直前に気付く。

飛び上がってしまえばひと跳ねだったけれど、いつもの感覚で足台に足を掛ける感覚で裾を上げてしまった。当然ながらこのまま足を思い切り上げるとズボンの男性と異なり私の場合は淑女として物凄い恥ずかしいほど足を見せることになる。

急遽摘まみ上げていた裾をスカートが翻らないように押さえつける手に変え、その場で跳力だけで飛び上がるべく


「ジャンヌさん、失礼しますね」

「?!ひょあっ!」


……ものすっっごい恥ずかしい声が出た。腰に触れられた不意打ちのくすぐったさの中、私の身体がふわりと浮きあがりそのまま両足で荷台に着地する。

途中で口を押さえる中、荷台の前で私達全員が乗り込みきるまで待っててくれたアラン隊長が横から腰を掴み持ち上げる形で荷台に乗せてくれたのだと理解する。

私の変な声を上げたのがびっくりしたのかステイルが荷馬車でまん丸の目で「大丈夫ですか?」と尋ねてくれた。あまりのびっくりと擽ったさで入り口の前で足が止まってしまったけれど、私を避ける形で器用にアーサーもハリソン副隊長も馬車に飛び乗ってきた。

最後にアラン隊長が乗り上げ、「俺で最後だよな?」と抑えた声をかければ荷車の中からコンコンとローランドの合図も聞こえた。いつの間にか彼も透明化したまま乗り込んでくれたらしい。


入り口お邪魔中の私は未だに脇腹のくすぐったさに自分で自分を抱き締めるように交差した手で摩りながら背中が丸まってしまう。

ダンスの時と違う、完全なる「たかいたかーい」状態だったのがじわじわ恥ずかしくなる。いや、やっぱり一番恥ずかしいのは変な声出した喉だ。以前にアラン隊長とのダンスの時は大丈夫だったのに!!


「アラン、女性に触れる際はもっと丁重にしろ。目上の相手でなくとも、だ」

「いや急いでたし。一声は掛けたんだけどな」

やめてアラン隊長私が居た堪れない!!

扉を再び閉じてくれたカラム隊長が潜めた声が、はっきり密閉空間に木霊する。声量を出せない分低めた声に、アラン隊長の笑い混じりの声が聞こえて私の方が振り向けず顔が熱くなる。脇腹を摩っていた手で顔を覆えばじゅわっと熱い。今この場が薄明りだけで本当に良かった。


カラム隊長へ「わりぃって」と謝ったまま流れるように私にも「申し訳ありませんでした」と謝ってくれるアラン隊長に、すぐには振り向けなかった。

いやアラン隊長は全く悪くない!!私がくすぐったかって静かにしないといけない状況で淑女らしからぬ変な声出しただけで!!ちゃんとアラン隊長は触れる前に一声かけてくれたし、触れたのも腰だけだ。最小限且つ最善の動きで運んでくれたのに、すごく今私は失礼な態度だと自己嫌悪まで襲ってくる。


いつものドレスとは違う薄い布地の服の所為で、ダイレクトに脇腹に手の感触や温度がきてものすっごくくすぐったかった。スカートが翻ったのを見られたわけでもないのに恥ずかしい。

口の中を噛み、そして飲み込み、三秒近くかかってから「だ、いじょうぶです……」と意図せず消え入りそうな声が出た。

怒ってると思われたくなくて、両手首をむぎゅっと掴んだままアラン隊長へ身体ごと振り返る。


「こ、こここ……こちらこそ、変な声出してごめんなさい……御手を貸してくださりありがとうございました……」

暗くて良かった暗くて良かった暗くて良かった!!

我ながら鏡を見なくても間違いなく恥ずかしい顔になっているまま笑って返す。閉じ切られた荷車の中はランプが一つ中央に置かれているだけで、お互いの顔もぼんやりだ。大丈夫顔なんてわからない!と自分に言い聞かせなから吃り声でアラン隊長へと目の照準を合わせる。

扉の取手を掴んだままのカラム隊長と並ぶアラン隊長の顔はやっぱりうすぼんやりで、ただ目が皿のように丸くなっているのははっきりとわかっ


ボッ!!と。……突然アラン隊長の顔が真っ赤になる瞬間が薄暗さでもわかってしまった。


表情こそ目の丸さくらいしかわからなかったけれど、顔色がいまの一瞬で明らかに赤く変わったのはわかった。……っていうことはちょっと待って、私もバレてた?!

目の前で湯気が出たように真っ赤に染まるアラン隊長に、私も自分の手を退いて口ごと顔を両手でまた覆う。まだ私も顔が熱いし、これはつまり顔が赤いのバレた証拠だろうか?!たかが抱きあげただけで顔真っ赤になる王女とかそりゃあ流石のアラン隊長でも焦るに決まってる!!

違う!!これは間違ってもセクハラされたとか思ったわけじゃないのよ?!ただただ私が恥ずかしかっただけでアラン隊長に疚しさ皆無なのはちゃんとわかってる!!!


あわあわと手の下の唇が躍る中、カラム隊長が固まったアラン隊長に「アラン、だから何故お前は極端なんだ」と溜息を吐いて空いている手で背中を叩いた。

バシッと叩かれても大木のように不動のアラン隊長に、私も焦る。ちょっと今はこの顔色隠せないから余計に。


「そ、その、本当にお気になさらないで下さい……ごめんなさいちょっとくすぐったくてこれはその……」

「あ、あー……大丈夫です。いえ、俺こそ失礼しました」

ははは……と自分の胸元を引っ張りパタパタと風を送るアラン隊長の笑い顔がちょっぴりぎこちない。本当にごめんなさい。

今が公的場所じゃなくて本当に良かった、そうじゃなかったらアラン隊長に不要な容疑がかかるところだったと思えば、途端に血の気が引いて逆に落ち着いてきた。

ふー-っと音には出ないように意識的に深い呼吸を繰り返す。扉を掴んで押さえたまま反対手で前髪を押さえるカラム隊長が心なしかうすぼんやりの視界で顔を困ったように顰めている気がする。アラン隊長への誤解なのか、それとも私に対しての呆れなのかも今はわからない。本当落ち着かない王女でごめんなさい。


また両手首を掴みながら視線を泳がす。ハリソン副隊長が真っすぐこちらを見ているのは紫色の視線ですぐにわかった。

落ち着いたその目の色だけで、表情が変わっていないのだろうなぁとわかる。けれど真っすぐこっちを凝視しているからこれはこれで今は視線が痛い。待ち針で刺される感覚だ。更には逃げるように視線を横に動かせば、……こちらに後頭部を向けている背中に気付いた。

薄暗くても輝く銀色の髪と、そして髪の束がきらきら光で反射していることから小刻みに震えているのがわかる。これ、もしかして。


「……。……アーサー?」

「ブッッ!!~~っ……す、ませっ……~」

アーーーーサーーー---ーーーッッ!!!!

やっぱり笑ってた!また笑った!!!

呟き程度の私の呼びかけにも瞬時に反応したアーサーは、それでも反応だけで笑いが止まらないようだった。くっくっと堪えられないように笑う音と、うすぼんやりの視界で銀髪の反射するきらきらが未だに爆笑している証だ。ひどい!!くすぐったいのはくすぐったいんだから仕方がないじゃない!!

ここが自室だったら大声で名前を叫んでた。もしくは状況が状況じゃなかったらくすぐっても良かったのに!!と大人げない思考のままに手がわなわな……というよりもわしゃわしゃ動く。今にもアーサーの脇腹をくすぐって反撃したい。

そう思いつつも唇を結んで鼻の穴を大きく膨らますと、そこでコホンと咳の音が別方向からかけられた。ヴェスト叔父様にも似た咳払いの感覚に振り返れば、……なんだか、もう一番居た堪れなくなった。


「申し訳ありません、僕の侍女は少々自由奔放で。ですが極めて優秀で信頼できる女性ですので、どうかご安心ください」

そうステイルがにこやかな笑顔で話しかけている相手は当然私ではない。

私達よりも遥か前、カラム隊長と一緒にそもそもここで待ち構えていたケルメシアナサーカスの団長さんだ。……荷台の一番奥、運転席側の壁に寄りかかって腰を落とし座っている男性は私へ向けてぽかりと口が開いていた。

ステイルからの説明に応じるように頷きはしてくれるけれど、それでも私に視線が刺さってる。ハリソン副隊長よりも遥かに大きな目でだ。もう、完全に不審者を見る目だろう。

いきなり入ってきて変な声上げてその後も主人置いて一人ぎゃあぎゃあうるさかった人間なんてそう見られて当然だ。さっきまで知らない人間がずかずか入ってくるのを慌てず騒がず無言で迎え入れてくれた肝の強さと冷静さには今更ながら頭が上がらない。


ここに来た本来の目的を思い出しつつ、肩幅ごと身体が縮こまる。「失礼いたしました……」と背中も首も丸め、頭を下げた。ステイルが侍女と言ってくれたお陰で不審者容疑は僅かに拭えたと思いたい。

侍女らしくそのまま両手を前に結び、姿勢を低くしてお口を封する。あまりにもダメダメな登場の侍女よりも、ここはフィリップ様にお任せしよう。

空気を入れ替えるようにステイルが静かな声で「お初にお目にかかります」と挨拶に続けて自己紹介を始めてくれた。

胸の手を当て、団長の正面に立つとそこで視線に合わせて片膝をついてこの場を制す。


「貴方がクリストファー団長でお間違いありませんね?ユミルちゃんが皆でずっと待ってると心配してましたよ。……そして、単刀直入にお願いします。貴方とサーカス団の安全を保障する代わりに、僕らに協力してください」


先ずはお話を、と。

そう夜の水面のように静かなステイルの声に、団長の生唾を飲む音がここまで聞こえた。


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