そして成立する。
「せ、セフェク、ケメト。ごめんなさいね、二人もヴァルが心配だと思うけれど私もちゃんと責任持って」
「へぇ。主がどんな〝責任〟取ってくれんだ?ベッドにでも呼んでくれるか?」
「ッ今はそういう話をしていないでしょう!!!!」
セフェクに負けない鋭い目で怒り出すプライドに、ヴェルもケラケラとせせら笑う。軽い憂さ晴らしをしながら、腕にしがみつく二人を今度は自分から引き寄せた。
さっきまでは打っても響かなかったヴァルがまともに相手をしてくれたことで二人もやっと自分の主張を一度閉じて見返した。
二日に一回会うのは変わらない。たかがプライドの御守りだと言い張るヴァルに、セフェクとケメトも唇を結ぶ。
ティアラも「帰ってきたらまたみんなで美味しいもの食べましょうねっ!」と二人を励ますように温かく声を掛けた。
まだ諦めきれない部分はある二人だが、それでも二日に一回と何度も繰り返された約束で少しだけ受け入れた。セフェクが「ちゃんと私にも会ってよ」とケメトの特殊能力補充以外でもと示して言えば、ヴァルも今度は二人の頭に手を置いた。別にヴァルも二人に会いたくないわけでもない。
二人の説得が落ち着き始めたところで、レオンも少し口元を緩めて微笑みかけた。席を立ち、人払いしていた部屋の外に控えさせている侍女達へ命じるべく自ら足を動かし扉を開けた。
身体を拭く為のタオルと、昨晩用意した果物を人数分。と、そう命じてから再び扉を閉じる。今のセフェクとケメトのほんの少しの納得の空気を崩す前に「プライド」と話題を切り替えた。
「ところで、どうやって潜伏するかは決めているのかな。いくらミスミ王国でないとはいえ、オークション期間になると隣国にも僕らと同じような訪問者や観光客が多いと思うよ」
奴隷容認国だったら余計にね。と、続けるレオンにプライドも振り返る。まだ、そちらの説明はしていなかった。
勿論考えているわ、とこの場の全員に改めて口留めをしてから女王である母上に命じられた訪問方法を説明する。
更にはステイルの専属従者の力も……と、以前にパーティーでも紹介したフィリップを手で示した。途端にステイルから胸の位置で手を挙げられる。
「姉君。そこは、俺が」
ステイルの専属従者、と聞きレオンもフィリップを注視した。
ステイルの専属と聞いた時点からただものではないとは思っていたが、説明を聞けば余計に興味も強まる。彼が突然ステイルの専属従者にまで上がった理由もその特殊能力を知ればきれいに納得がいった。話を聞いていたセフェクとケメトも「すごい!」「誰にでもなれるんですか?!」と一気に意識がフィリップへと全体的に傾いた。
プライドから潜伏方法を聞いた時点で絶対にこれは逃せないと心の底で思ったレオンも、余計に興味が高まった。「へぇ君が」と、気付けば椅子に落ち着くこともなく歩み寄り、壁際に控えていたフィリップへまじまじと顔を近づけてしまう。
「すごい才能だな……君は今まで一体どんな仕事に就いていたんだい?」
「いえ……ごく普通の使用人です。こちらでお世話になる前は貴族の家で従者としてお世話に……ですが、特殊能力を明かしたのは殿下にだけです」
あと執事と掃除と子守と壁塗りと窓ふきと瓦礫拾いと飲食店と皿洗いとパン屋と傘売りと屋根掃除と……と、フィリップの頭の中にだけ今まで並行してきた仕事が並べられる。どれにしても特殊能力は関係ない。
自分の従者顔の基盤となった王子に顔を近づけられてしまい、自然と身構えてしまう。喉を鳴らし、失礼をわかりつつも半歩下がった。
どうかこの顔も真似しましたということはバレないようにと念じたが、すかさず「もしかしてその顔も?」と裏表ない疑問として尋ねられてしまう。
寸でのところで肩が揺らさずに済んだフィリップだが、それでも心臓が大きく波打った。奥歯を食い縛り堪えながら、なんとか誤魔化す方法を模索する。じんわりと汗まで染みだすフィリップに、そこでステイルも援助に回った。
「なので、もし宜しければレオン王子もいかがでしょうか。目立つのが困るのはレオン王子も同じだと存じておりますし、母上達にも許可は得ています」
「えっ……?」
きらり、と。
その瞬間、目の前にいる本物の美青年の翡翠色の目がきらりと光るのをフィリップは確かに見た。自分の顔への注意から、予想外の誘いをかけてくれる第一王子へと目が行くことに音に出さず息を吐く。
宜しいのですか、と。少し胸の浮き立ちを隠しきれない声で尋ねるレオンにステイルもにこやかに返した。プライドを守る為、そして彼女と共に異国で行動を共にできるというだけでレオンは行動を共にすることは決めていたが、ステイルからの誘いはまた魅力的なものだった。
流れるように詳細を聞かされれば、是非とレオンも心からの笑顔で言葉を切った。
フリージア王国の特殊能力、しかも自分の容姿が特別であることを少なからず自覚した今のレオンにとっては一生に一度できるかもわからない体験である。
詳しい打ち合わせも是非、と話が進めばそこでノックが鳴らされた。レオンの許可と共にタオルを持った侍女達と果物の盛り合わせが運ばれてくれば一度会話も止まる。
昨晩食べた美味しい果物の再登場にセフェクも「昨日の!」と目を輝かせ駆け寄る中、ケメトも侍女から両手でタオルを受け取った。そのまま満面の笑みでヴァルへと駆けていく。
皿がテーブルに置かれ、再び侍女達が退室し扉が閉めきられたところで会話が再開された。
「なら余計に合流後はヴァルとも行動したいな。アネモネの騎士達にはその能力の出所も秘密なんだろう?ヴァルだったら護衛としても安心だしね」
「あー?おいレオン。勝手に話進めてるんじゃねぇ」
良いじゃないか。そう楽しそうな笑みを浮かべるレオンは、頭からタオルを被されるヴァルに手を振った。少なくとも嫌だと言わないということは一緒に行動自体は許してくれているのだろうと判断する。
一時的ではあるがレオンの護衛役になった経歴もあるヴァルであれば、アネモネ王国の護衛や騎士達にもある程度の言い訳は立つ。プライドの配達人としてだけでなく、レオンの友人としても城内ではそれなりに顔も知れている。
一人であってもゴロツキや裏稼業程度に危険を及ばされるつもりはないレオンだが、フリージア王国の近衛騎士まで借りるよりはずっと都合も良いし何より楽しい。
「まぁどちらにせよ基本的にはプライドと近衛騎士達と一緒に行動するのだし、あまり変わらないさ」
自然に締め括るレオンは、もう完全に協力と団体行動を決めていた。
不意に視線を感じレオンが目を向ければ、じっとセフェクとケメトが揃って強い眼差しを自分に向けていた。ヴァルと共に行動したい彼らの前で予定を立ててしまったことに反省し、レオンはすぐに身体ごと向き直る。
こんなことをすれば彼らが羨むこともわかることだった。果物を刺したフォークを片手に眉を吊り上げてムスッとするセフェクと、逆にケメトは眉が少し下がっていた。
まるで風呂上がりかのように拭き終えたタオルを両肩にかけているヴァルと一度目を合わせ、それから改めて彼らに笑いかける。
「セフェクもケメトも、ヴァルにお土産でもお願いしておいたらどうかな?二日に一回会えるなら食べ物でも安心だしね」
直後、余計なこと言うんじゃねぇとヴァルが眉を寄せたのと同時にケメトとセフェクが揃ってヴァルへ振り返った。
私甘いもの!!僕美味しそうなものがあったら欲しいです!!と、一気にリクエストの雨が降り、ヴァルは聞かないと言わんばかりに両耳を手で塞いだ。耳が痛くなる前に防御する。
あれをこれを、更には「また無駄遣いしないでよね‼︎」と土産を頼んだ側からヴァルにとって殆ど真逆のことを言われる。
なら土産はいらねぇなと一言切れば、次の瞬間には「いる‼︎」「いります‼︎‼︎」と両側から叫ばれた。あまりの声量にヴァルだけでなく、プライドとティアラも揃って耳を塞いだ。
近衛騎士のアーサーとエリックも、これには反射的に身構えかけた。さらに続いて耳を塞ぐヴァルからも「うるせぇッ‼︎‼︎」と怒号が響かされる。
「ヴァル!もし何か困ったら僕ら絶対いつでも手伝いにいきますからね‼︎」
「レオン!ちゃんとヴァル見てなさいよ‼︎ヴァルが危ないことしようとしたらちゃんと教えて‼︎‼︎」
耳を塞いだままのヴァルにそれでも聞こえるようにケメトもセフェクも声を張る。
突然大役を任されたレオンもこれには手を振って合意を伝えた。この場の誰でもなく自分がセフェクに任せてもらえたことに、言葉にはせず胸が暖かくなる。
するとセフェク達とレオンのやり取りに、ちらりともう一人の人物が動いた。さっきまで控えていたセフェクの傍から小走りにテーブルへと向かう。
「お姉様兄様っ。私も何かあったら絶対呼んで下さいねっ!そのっ、またレイみたいなこともあるかもしれませんし……」
啓示を、予知をするかもと。案にそう言いながらティアラ自身もそんな頻繁に都合良く起こるわけないとは思う。
だが、どういう理由であれ自分も力になれる時があれば協力したいのは同じだった。
本当なら自分だってプライドと共に行動したい。だが、王妹として勉学を始めたばかりの自分は、城から長期間離れられない。「ジルベール宰相だって同じだと思いますっ」と更にもう一人の城で留守番をしないといけない人物を上げながら、自分達もちゃんといると訴えた。
ティアラの優しさに心から感謝しながら、プライドは顔が思わず綻ばす。
ありがとう、と自分と同じ波立つ金色の髪を撫でた。
「勿論よ。助けて欲しい時も相談したい時もちゃんと頼るわ。私の大事な妹だもの」
勿論ジルベール宰相にも。そう言葉を続けながら、ステイルにも確認するように視線を投げる。
ねっ?と、プライドからの視線とそして首ごと向ける妹からの視線にステイルも難しそうな表情をしながら眼鏡の黒縁を押さえた。
本音を言えばジルベールを頼るのも、妹であるティアラを危険な目や心配をかけるのも簡単には頷きたくない。逃げるように視線が無意識にアーサーへと向いてしまえば、今度は相棒からも視線で怒られた。
「当たり前だろォが」「頼ンだよ」と釘を刺すような視線が、結ばれた口以上に妙実にステイルへ語っていた。
んぐぐ……と、口の中を噛むステイルに、ティアラもトドメを指すように「約束っ‼︎」と強い口調で前のめる。
ステイルの腕を白く小さい手で掴み、握れば勝利は決まったようなものだった。
「……ああ、約束する」
フリージアとまだ見ぬケルメシアナ。
それを繋ぐのは自分の特殊能力しかない。自分がいる限り、たとえ異国に居ても彼らは隣にいるのと同義である。
「必ずどこに居ても、姉君の助けの手は俺が繋ぎ求めると」
妹の手に自分の手を重ね、包む。
兄の返事に満面の笑みを浮かべたティアラは次の瞬間には両腕で兄に抱き着いた。
流石兄さまっ!と声を弾ませるティアラに、ステイルも無抵抗にその頭を撫でて応えた。
仲睦まじい二人の様子にレオンも肩の力を抜くと、頬を緩める。「替えの紅茶も頼もうか」と、提案しながら更なる打ち合わせの詰め込みへと進ませた。
「ティアラやセフェクとケメトにも安心して貰えるように、僕らも全力も尽くすよ」
穏やかなレオンの宣言に、プライドも心強さを感じながら静かに笑んだ。
─ レオン・アドニス・コロナリア参戦決定。