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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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そして近付く。


「それでそれで?アレスさんって結局なんなんですか?」

「……来い。もっと近くに。良いか?絶対俺から聞いたって人には言うなよ?」


さっきまでのことがなかったかのように明るく問いかけるアランに、ディルギアもきょろきょろと周囲の影を気にしながら手招きする。

勿論!と元気よく笑って答えたアランはそのまま中腰になるほど腰を曲げて耳を先輩へと近づけた。自分からもずっと張り詰めている気配を探るように確認するが、周囲で自分達を見張っているような存在はいない。

無理矢理口を開かせたのは自分だが、その所為で自分がいなくなった後の彼の立場を危ぶませるわけにはいかない。別に彼には何の恨みもないのだから。

数秒間用心深く何度も誰も聞いていないか確認した後、今日一番小さい声で「絶対誰にも言うなよ」とディルギアは前置き、アランへ告げる。


「……アレスは、元奴隷だ。団長が一年前に〝買って〟きたことは違いねぇ。当時のサーカス団の資金殆どつぎ込んで手に入れた念願の特殊能力持ちの看板演者だ」

ピキン、とアランは目を強く見開いたまま思考の中でまで糸が張り詰めた。

ついさっき彼がアレスのことを「奴隷のやばさは知っている」と語った理由を今正しく理解する。元奴隷であればその恐ろしさも、関わることへの危険も誰よりも思い知っている。

ここにきてプライドの語っていた予知が妙に絡んでいるように思えた。一年前ということはまだラジヤとフリージアが和平反故にによる罰則条約を結ぶ前だが、それでもやはりこのサーカス団は裏で奴隷売買に繋がっているのかとも考えてしまう。


「特殊能力でもどう転んでも演者として芸にできねぇ能力もあるからな。アレスは見栄えもするし団長もそりゃあ喉から手が出るほど欲しかったんだろうよ」

もともとサーカス団が特殊能力者の演者を欲しがっているのは大昔から有名。そして一年前にとうとう本当に〝買って〟まで手に入れたと聞けば境界線を越えたのかともアランには感じられた。

口では「へぇ」と軽く興味程度に流しつつ、目の奥は静けさが満ちる。奴隷だったアレスが今はこうして他の団員と同等に、そして奴隷だった過去を指差されることなく過ごしていることは幸いだが、やはり奴隷を売るのも買うのもアラン自身も肯定的に思えない。


「意外……ですけど、どうやって特殊能力者なんか売ってるの見つけたんですか?一年前もそういう奴らって希少で見つかりにくかったそうじゃないですか」

「そういう、ってお前カラムもそうなのに冷たいな氷かよ。……噂じゃラルクが目をつけたらしいぜ」

あくまで噂だけどな、と。一度脅されて開いた口は、蔓のように途切れない。

ただ仲が良いだけの会話では閉じられる境界線の情報も、アラン相手に今は閉じる意味がなかった。もし閉じればまた同じ揺さぶりで開かされるだけだとお互いがわかっている。今はあくまで騎士ではなく噂好き程度の赤の他人として振舞うアランは、腕を組みながら今度こそ本当に意外な人物の名前が出たなと思う。

ラルク、とその青年には自分も既に面識がある。このサーカス団でも幹部に相当する、ディルギア以上に立場のある様子の青年だ。

見かけで考えればアレスとも年が近いように見えるあの青年が、何故そうやって奴隷だったアレスに目をつけたのか。それこそ今度は彼も人身売買関係者ではないかと思えてくる。思考のままに口を止めたアランに、今度はディルギアの方から言葉を続けた。


「アレスはウチに来る前はわりと良いトコの屋敷で飼われてたんだとよ。でまぁウチも、その大分前から資金繰りの為にそういう金持ちの屋敷で個人的に見せ物もするようになってたからな」

資金繰りと古株の助言もあり、大衆娯楽を資産持ち個人へ売る。効果としては絶大だった。「そのどれかで目をつけてたってのが一番濃い」と続けるディルギアに、少なくとも彼がした助言ではないのだとアランはこっそり理解する。


「団長も人たらしなところあるから屋敷の主人と仲良くなっていろいろ話して見せられたり貰ったり自慢されてたからよ。その時に団長かラルクがアレスを覚えてて、売りに出されたのを見つけて飛びついたんだろって皆言ってる。何より昔っからウチは特殊能力者を欲しがってたからな」

しかしあまりの大枚の叩き方に、当時いた団員の古株達は大勢が愛想を尽かせて辞めてしまったと。そう続けたところでディルギアはあまりにも苦すぎる枯れた笑いが零れた。

実際昔からラルクは金持ちの屋敷へ行くたびにそこで働く奴隷を必ずチェックしていた。その遠い記憶を思い出しながら息を吐く。

金持ちが特殊能力者を珍しさだけで手元に欲しがる場合は多いが、同時に飽きれば高額で売りに出すことも多い。そのタイミングを虎視眈々と狙っていたと思えば、なかなかの粘着質だと尊敬を通り越して恐ろしく思う。


「アレスは昔は今より愛想はねぇし短気で野良犬みたいで、買ってくれた団長以外で聞く耳持つ相手もラルクぐらいだった。あの頃にはラルクも団長離れしてご機嫌取りもしなくなってたし、ラルクが欲しがったから団長が甘やかしてつい買っちまったのか、それとも団長にせめてもの労いでラルクが特殊能力者を見つけ出したのかは当時噂も半々くらいだったな」

アレスが奴隷だったことは明かされても、前の飼い主の屋敷がどこだったのかは本人にも団長にも黙され続けたままだ。

入団時からアレスが団長のみならずラルクの言うことを聞くのも、アレスが飼われていた屋敷の頃からラルクと知り合っていたからだと考える者も未だにいる。


「そのラルクさんは、どれくらい古い人なんですか?ディルギアさんより絶対若いしアレスさんとは大して年変わんないならやっぱ若いですよね」

「そりゃ俺よりそしてお前より遥かに若いぜ。二人ともギリギリ十代だからな。ラルクはかなり昔からサーカス団にいる。当時は大人しくて今より口下手で。当時いた古株達の間じゃ団長の〝コレ〟の子だって持ちきりだった。団長は明言もずっと避けてるが、相当惚れ込んでた女がいたのは間違いねぇ」

そういってわかりやすく小指を立ててみせたディルギアに、アランも同じように小指を立てながら「あぁー……」と声を漏らす。つまりは親子かと、そう納得すればまぁそりゃ若くても上の立場だなと理解する。


「団長が押し付けられてからもうちょっとで七年になる」

それ以上の出生や母親については自分も知らないと、最後に首を振るディルギアに隠しているのではなく本当に知らないのだろうとアランもわかった。


「まぁ、それでそのラルクが今度はどっぷり惚れ込んじまったんだから本当血は争えねぇよなぁ……」

「?誰にですか」

ん?とアランは二度瞬きする。

一人完結するように「こえーこえー」と苦笑う先輩に尋ねれば、今度はディルギアも少し顔色を変えた。うっかり口を滑らせすぎて要らないことを言ってしまったと気付くがもう遅い。目の前にいる脅威の新人が尋ねてくる以上、自分は口を噤めない。

やべっ、と思わず片手で口を覆い目を逸らす。下唇を噛み、もう一度確認するように周囲の視線や人影を確かめた。こちらは口留めはされていないが、変にラルクの耳に入れば自分がクビにされるか殺されかねない。さっきまで声を抑え続けながらも姿勢はアランの耳元から少しずついつもの背筋の伸びになってきた背中を再び丸め、注意する。

「言うなよ??」と釘を刺す先輩に勿論と返しながら、これはカラムやプライド達にもすぐに報告案件だなとアランは早くも察した。今までの情報と状況からアランもうっすらではあるが想像できた。


「オリウィエルだよ、オリウィエル。今の、ここの名目上の団長代理」


ラルクからも説明されただろ?と、入団当時に直接会うことこそ叶わなかったが名前こそよく記憶している人物の名に、アランは息を短く吸い上げた。

予期せぬところで彼女の情報を尋ねる会話の糸口を掴んだと、引き出す情報の方向を決める。このまま上手く話を長引かせることができるならどこかの折で「そういや今の団長代理って」と問いを投げるつもりではあったが手間が省けた。しかも「惚れ込んだ」という言葉がまた気に掛か

る。

興味があるように一度耳だけ向けた顔を、正面からディルギアに向けた。「どういう人ですか?」と笑いかければ、ディルギアも首を掻きながら少し考えあぐねる。やはり口留めがされているのかとアランが思えば、次には「あんま俺も知らねぇんだよなぁ」と独り言のような呟きから口が新たに開かれた。


「……まー、あいつが入団してきてから間もなくラルクも人が変わったみたいに囲いだしてなぁ……。ラルクなんか入団した頃は俺達ともなかなか自分から喋らねぇし、慣れた後も愛想の欠片もなかった奴が急に態度変えて……団長もあれには驚いてたぜ」

もうベッタベタで、と。それまで団長を慕っていたラルクが、彼女のこととなると刃向かい態度を悪くすることも多かった。そしてそれから暫く経ってからアレスを団長との外出中に手に入れた。


そして今、団長が突然失踪してから団員達を実質的に指示し動かしているのがそのラルク。オリウィエルが団長代理と決めたのも、本当は団長ではなく惚れ込んでいるラルクの方だろうというのが団員達の推測だった。

今回アレスが帰ってこないことも「探しにいく必要はない」「さっさといつも通り業務と練習に回れ」と命じて来たラルクに、団員の誰も逆らえない。サーカス団内でも若くして古株の上、消えた団長の実子とされたラルクの指示通りにするのは仕方のないことだった。


アランも大体の輪郭を自分なりに掴みながら、そこで初めて冷たい汗が頬に伝った。

突然態度の変わったラルク、消えた団長の後釜に置かれた女性、そしてその女性がプライドに〝触れないで〟と言わせるほどの特殊能力者ということはー……と。耳の奥に動悸が届くほど危機感を覚えながらも、顔色は変えない。

もしもの事態には的確に動けるようにと「その、オリ

ウィエルさんっていうのはどんな感じの……」とさらなる情報を一つでも多く探ろうとした、その時。










「おー----------い!!戻ったぞ我が家に!!ハハハッ!!私だ!!みんな迎えてくれ!!」










ハハハハッ!!と高らかに響く男性の声が、アラン達の元まで響いた。

声の主に覚えがあるディルギアの方が、アランより反応も早かった。目を皿にし、風を切る勢いで声のした方向に振り返る。次の瞬間にはアランの存在すら忘れ一目散にテント正面入り口へ向かい駆け出した。


「団長!!」とそう、確信を持って呼びながら。


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