そして物議を呼ぶ。
「噂で聞いたことある。フリージアの騎士団ってあの、化物染みた強さっていう……」
「彼らは、サーカス団の内情把握の為に先行して潜入しました。我が国の第一王女であるプライド様の〝予知〟を受けて、僕らは彼女とそしてサーカス団の関係者を調べています」
内容は話せませんがと、告げるステイルから私の名前が出た途端にわかっていても心臓が大きく鳴った。
ここから先はステイル達との打ち合わせ通り。騎士の特殊能力や私達がフリージアの人間とわかった以上、アレスにもただのサーカス団に興味のある商人というだけで話は進められない。
ただサーカスに接触ではなく、第四作目のラスボスとそして〝今後〟のサーカス団に関わるかもしれないのだから。彼にもっと深くまで協力を求める以上、ここにも〝予知〟の力は必要だ。
無関係の人間に予知の内容までは明かせないと言っても、やっぱり予知したからという理由はそれだけでも騎士や国を動かす絶大な力を持つ。
ただ「予知?」とアレスはベッドから少し顔を起こすだけで瞬きを繰り返した。
ステイルから重ねて王族特有の特殊能力で未来が見える、極秘なので誰にもこの事実は言わないようにと簡単に解説すればアレスの顔が険しくなった。
「それってうちのサーカスやあの女が、なんか国に捕まるようなことやらかす未来をその王女が見たってことか?」
「巻き込まれるかも、という意味です。少なくともオリウィエルは強くその件に関わっている可能性が高いようです。貴方としても大事なサーカス団にこれ以上の災難が降りかかるのは本意ではないでしょう」
濡れ衣だといわんばかりに鋭い目をさらに吊り上げるアレスに、ステイルが言い換えればすぐにその眼光も止んだ。
あくまで私達は予知された事実の確認と防止、それにオリウィエルが関わっていることと攻略対象者である他の〝予知した〟民もサーカスに深く関わるということだけだ。
流石に〝民が奴隷にされて不当にサーカス団で働かされている〟なんて言ったらアレスが怒り狂うからここは伏せさせてもらった。
今までの聞き取り調査やカラム隊長からの報告でも、少なくとも今はそういった立場の人がいないことは確認済みだ。ならば、やっぱりラスボスがこれからそういう状況を作るという風に考える方が正しい。
今の平和らしいサーカス団がそういう組織にされることは、アレスにとってもステイルの言い分は嘘にはならない筈だ。
我が国の騎士の噂は知っていても、王族の予知については知らないようだった彼は、本当に我が国の民ではあっても住んでいたことは無に等しいのだろうなとわかる。……まぁ当然だろう。彼は、物心ついた時には奴隷として国外にいたのだから。
「ですから、なるべくサーカス団に潜入する数を増やし、そこできちんと調査をしたいのです。調査中に王女の予知が現実になるかもしれませんし、少なくとも現状を確かめその予兆だけでも掴めれば僕らも城に面目が立ちます」
「潜入中は私達もあくまでサーカス団員としてご迷惑はかけないようにします。カラムさんのように特殊能力者ではありませんが、下働きでもなんでもきちんとします」
「いやお前は絶対下働きで済まねぇからな……」
ステイルに続いて説得を試みる私に、アレスが若干眉が引き攣ったように見えた。
どういう意味かわからず首を捻れば、怪訝な顔で見つめられた。すぐに「まぁいい」と手でひらひらと振られてしまう。
息をまた深く吐き出してから怪訝な顔を今度はまた顰めていく。指先を順々に折り曲げていく中で、途中で思いだしたように顔をこちらに上げた。
「そういや俺のことは?なんでお前ら俺があそこに捕まっているって知ってたんだよ。団長だと思った男の噂も知ってたよな」
「僕らの仲間がアランさん達へ様子を伺いに行ったところで騒ぎを聞いたそうです。貴方が帰ってくるのが遅いと、団員の方々も心配しているそうですよ」
途端、アレスから「あ゛ー------------」と苦しそうな絶叫が上がった。
バチンと、自分の片手で顔を叩くように覆う彼にステイルが構わず「それを僕らも聞いて、ユミルちゃん達が絶対貴方が噂を聞いたのだと」と続ければ、ベッドに倒れ込んだままのアレスが足をジタバタさせだした。
ジェイルが慌てるように「まだ激しく動いては駄目です」と声を掛けても、アレスの長い脚は踵から何度もベッドを叩いた。両手で顔を覆ったままジッタンバッタンする姿はちょっと年齢に不釣り合いに大人げない。
「そういや財布も盗られた後だ……くっそ、おっさん達に殺される……!」
「それよりも奴隷商に殴り込み行ったことの方が驚かれると思います」
呻くアレスへ溜息混じりに呟くステイルは、腕を組み眉を寄せた。
私もこれには苦笑いしてしまう。流石に買い物資金を奪われたのは可哀想だしと、「何を買いにいく予定だったのですか」と尋ねてみたら量は多いけれど全部食料だった。
私の考えを察してくれたのか、今度はセドリックからも財布の中身がいくらぐらいだったのか尋ねられる。思ったよりも極々平和な値段に、食料買う分しか持ち歩いてなかったんだなと察した。それでもサーカス全体の食料なのだから重要な資金だ。
「その程度の資金なら俺が立て替えよう。買い出し後にそのままサーカス団へ我々も案内してもらう方向でいかがでしょう?フィリップ殿」
「いや、俺達はその前に貧困街に用がある。アレスの無事をアンガスさん達に伝える約束だ」
セドリックの提案にステイルが首を振る。
そう、アンガスさん達はまだアレスへ実際に会ってはいない。彼が無事サーカス団へ戻ったと伝えないと彼らも心配したままだ。
まだアレスからもラルクやオリウィエルについて色々聞きたかったけれど、仕方がない。サーカス団に入団してからならきっと聞く機会もある。
相談の結果、資金をマートに預けてアレスの買い物と送迎を任せることになった。
アレスは一人で平気と言い張るけれど、流石に特殊能力を受けたのに大荷物を運ぶのは身体に障ってしまう。なにより買い出しの内容も、市場で値段を考えず買っても一時間以上は時間が絶対掛かる品数だ。
そしてセドリックはこのまま合流するレオン達に事情説明の為にここで待機し、その間に私達は貧困街でユミル達にアレスの無事を……と、話がセドリックとステイルで纏まった時。
「あの、……フィリップ様、少し私から確認したいことがあるのでお時間頂けますでしょうか」
アレス達と一緒に宿を出ようとするステイルへ待ったをかける。
アレスには話せないけれど、……なるべくこの情報は早く共有しておきたい。
引き止めた私にステイルもすぐ汲んでくれた。わかりました、と先にマートへアレスの送迎を任せ、この場で二人を見送ることにする。
アレスのゲーム設定と共に思い出したラスボスの事実。本当はマートにも伝えたいけれど、アレスに知っていることを怪しまれたら困るし……!と考えに考えた結果、私から歩み寄る。一瞬いつものくせで手招きしそうになったけれど、今は侍女だ。
王女自ら足を運ばせたのを気にしてか、私が耳へ顔を近付けた時点ビシリとマートの姿勢が正された。緊張からじんわり熱の上がった様子の彼に、私からカラム隊長とアラン隊長にも伝えた最低限の注意事項を囁き伝える。
彼女は団員にも接触しないくらいだと言うし大丈夫だとは思うけれど、やっぱり念には念をいれておきたい。
きちんと注意を聞いてくれたマートは、はっきりとわかるくらい大きく頷いて返してくれた。口を結んだまま早足でアレスへ歩み寄り、慣れた手並みで彼をベッドから起こしそのまま肩を貸して歩かせた。痛みも腫れも引いたしもう一人で歩けないわけじゃないのだろうけれど、あまり動かず負荷を掛けない方が回復も早い。
いや大丈夫だと言うアレスに断りながら、一足先に二人で部屋を出た。
「協力、してくれますよね……?」
「……今夜来い。ラルクにはなんとか話通しとく」
最後に投げかけた私に、遠回しに肯定してくれた。
今夜には改めてアラン隊長達の話を聞く予定だったしちょうど良い。早い方が良いし、貧困街へ報告とレオン達と合流次第早速向かおう。
わかったわ、と一言答えパタンと扉が閉められてから一呼吸する。二人分の気配が遠くなったのを確かめてから、私は静かに全員へと向き直った。
何を、も予知、も言葉で問う必要もないように、私が扉を背中に目を向けた時には全員が私を見つめてくれていた。
一度自分を落ち着けるように深呼吸し、それから抑えた声で私は口を開く。
「……オリウィエルについて、留意して欲しいことがあります」
「それは、ラルクと団長の諍いにも関係があることでしょうか」
流石ステイル。
セドリックやアーサー達が予期してなかったように目を見開く中、ステイルはもう予想がついているようだった。鋭い指摘に肯定を一言返しながら私は彼らに告げる覚悟を改める。
本当はレオン達が戻ってきてから伝えたかったけれど仕方がない。彼らへの伝言と注意喚起はセドリックに任せ、先ずは最大危険要素を共有する。
「彼女は特殊能力者でした。ラルクは、その支配下にいます」
息を詰まらせる音が、重なって聞こえた。
団長も、そして団員であるアレスすらまだ知らない事実。アレスと同じように彼女もまた我が国の民である特殊能力者。……とても恐ろしい、特殊能力だ。彼女自身、団員を鎖や檻に繋ぐような女だ。
声色に気を付け、聞き入る彼らへ彼女の特殊能力を告げる。彼女に触れられたら最後、どうなるか。そして前世で第四作目もクリアした私だからこそ知る、触れられる以外あるその特殊能力の弱点も。
彼女の特殊能力を語り終えたところで、……部屋は私の想定以上に騒然となった。
部屋全体の温度が上がるほどの壮絶な論議と確認し合いに「アラン殿とカラム殿は大丈夫でしょうか……⁈」「それは大丈夫かと!!」「じゃあハリソンさんはサーカス団いかねぇ方が!!」「必要ない」「本当にジャンヌは大丈夫なのですね?!」と、セドリックにエリック副隊長がフォローを入れアーサーが顔を青くしステイルが潜入第一希望の私に詰め寄るまでほとんど一斉の出来事だった。
彼女の特殊能力が確定したことで、早速奇襲策や忍び込み策もステイルから具体的に挙げられたけれど、私が首を横に振る。
理由説明すれば更に情報の混濁が悪化し、控え組を作るか全員断行するかで物議を醸し続けた。
サーカス団にいるアラン隊長から〝合図〟を拾ったとステイルが顔色を変えるまで、延々と。