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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州

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Ⅲ67.越境侍女は一手を打つ。


「失礼しますアレス。もう部屋に入ってもいいかしら」


トントン、と軽いノック音に返事をもらってから扉を開く。

階の部屋全てを貸し切っていた私達は、暫く経ってから彼の元へ再び足を運んだ。サーカス団のテントでもない、私達の借りた宿に一時的に身を置いているアレスの元に。


用心の為だけだったけれど、部屋をいくつも貸し切っておいて良かった。

奴隷商からレオン達の情報提供とアーサー達の活躍で救出できたアレスだったけれど、助け出した後の彼は打ちのめされた後だった。なんとか意識こそ保ち続けてくれていたけれど、自分から身体を動かすのも難しそうだった。

正直助け出したとはいえ正体不明の私達相手に彼も抵抗するかなとも思ったのだけれど、こちらの会話には応じてくれるし運んでくれたローランドも難なく彼をここまで連れることができた。


宿の最上階へ上がって、そこから改めてローランドに透明の特殊能力を解いて貰えば、アレスの怪我は思ったよりも酷かった。

一目でわかるような打撲で留まらず、四肢や関節を中心に重症を負わされてしまっていて容態を見た騎士のアーサーもあまり動かさない方が良いと言う判断だった。呼吸はできるし会話と可能だけれど、動くのは難しい。……本当に、ああいう手並みは恐ろしいくらいの人身売買だと思う。

奴隷狩り人狩り特有と言うべきか、商品の骨を折るようなことはしない。長期治療も死ぬ心配もなくそれでいて逃げられないようにした痛めつけ方だ。

ヴァルがこの場にいたらもっと詳しく聞けたかもしれないけれど、生憎まだレオンに同行したままここにはいない。衛兵があのまま駆けつけてくれていれば、もうそろそろ帰ってきてくれていても良いと思うのだけれど。


「ダリオに礼を言って下さい。急だったからとはいえ着替えを提供してくれました」

「いえ、私は。着替えは多くあるので気にしないで下さい。その服も貰ってくれて良い」

眼鏡の黒縁を指で押さえながら告げるステイルに、並ぶセドリックが軽く手を振った。振り返ればその一歩後ろでエリック副隊長が小さく笑っている。


レオン達よりセドリック達が合流してくれる方が早かった。ステイルから瞬間移動で送られてからすぐ宿へ急行してくれたらしい。

怪我の具合を見る為に一度脱がせたアレスの服はボロボロで、衛生的にも二度着せられる状態じゃなかった。彼が怪我の具合を見て貰っている間女性である私は隣の別室に控えさせて貰ったけれど、脱がせた後のアレスの服を持ってきたアーサーから「すみません、宿の人に着替えとか頼んでいいっすか……?」と言われて改めて見れば、本当に洗濯して済むような状態じゃなかった。

もともと着古されていた所為もあるだろうけれど、破けた上に血や靴底汚れでも擦り付けられたのか泥もこびりついていて、ここは着替えをというアーサーの判断に私もステイルも全面的に賛成だった。


ただ、残念ならが宿に着替えまでは用意できないと断られてしまった。

ステイルが私達の本当の宿から着替えを瞬間移動で持ってくるのが早いと提案してくれたけれど、騎士達に着替えを貸し借りどころか提供させるのは流石に申し訳なかった。それなら余分過ぎるほど持ってる私達から提供した方が良い。

ただ、ステイルの着替えをお願いしようにもアレスの肩幅が少し逞しくてちょっときつそうだった。結果、セドリックが「ならば私のを」と自分から提案してくれた。……ちょっとその間だけ妙にステイルの表情が無に消えていたけれど。

鍛え方から考えればセドリックよりもアーサーとの鍛錬が習慣化しているステイルの方が筋肉質だと思うのだけれど、肩幅は仕方がない。元来の身体つきはゲーム設定というか、それとも遺伝というべきか……戦闘や腕比べならステイルが勝つのだろうけれど。

きっと同じ男性としてセドリックに身体付きでちょっと負けた気がしたのが悲しかったのかなと思う。


「ああ、……ありがとな。世話になった。色々……」

そうステイルとセドリックからの言葉へ素直に返すアレスはベッドから上半身を起こした状態で私達に顔を向けてくれた。

白の上等なシャツを腕にも通さず羽織ったまま、ボタンを留めていない隙間からは巻き付けられた包帯が見えた。額にも念の為なのか巻かれた包帯の所為で、救助した時よりも大怪我に見える。


ここまで満足な説明もできていない彼だけど、ずっと大人しい。

自分で右腕から手のひらに新しい包帯を巻き直している最中だった彼は、最後に端部分をベッドの下まで垂らした。また状況を飲み込み切れてない所為もあるのだろうけれど、この場で「もう用事はない」と去って行かれてしまう可能性もあったからこうして落ち着いて聞いてくれる彼にほっとする。

「服も洗って返す」ときっちり言ってくれる彼はこうやってみると本当に常識人で、奴隷商へ殴り込みに行った人とは思えない。ぼんやりとした顔つきで素直にお礼を伝えてくれる彼は顔色も良い。これも、アレスを診てくれたアーサーと彼らのお陰だ。


「お二人もありがとうございました。〝ジェイル〟さん〝マート〟さん」


そう言って、私は部屋の壁際に立っていた騎士二人に笑いかける。

セドリックの護衛としてエリック副隊長と共に付いていた騎士だ。セドリックと一緒に合流してくれた彼らに、応急処置を終えたアレスのことも任せた。本当は医者が一番なのだろうけれど、救急や応急の特化した七番隊の二人の方が怪我に関しては下手な医者よりも一歩上手だ。何より、彼らは揃って怪我治療の特殊能力者でもある。私も二年前の防衛戦では本当の本当にものすごくお世話になった騎士達だ。

本来の目的とは異なったけれど結果的にはこうしてアレスへの治療をすることができたし、彼らが居てくれて良かったと思う。


私からお礼を告げると、二人ともぺこりと頭を下げて返してくれた。王族という私達の立場を隠しながらの応対が緊張するのか、頬が俄かに火照って見える。

アラン隊長とカラム隊長が潜入任務中に、その代理として私達に急遽付いて貰うことになったお二人は護衛中も隙がなく優秀で、安心してエリック副隊長と共に背中を預けられたとセドリックも部屋で話してくれた。彼もまた、二人が傷を癒す特殊能力者であることは二年前から知っている。


優秀な特殊能力者二人の診断と治療を受けたお陰で、アレスも今は傷の痛みも引いているようだった。まだ無理に動かすことはできないけれど、自分の意思で身体を起こして包帯も自力で巻き直せているのがその証拠だ。骨も折れていなかったし、このまま安静にしていれば明日には日常生活程度は問題ないとマートが説明してくれた。…………流石に、サーカス芸や力仕事は念のためにも二日は避けて欲しいらしいけれど。

でも身体が動けば別になんでもと言わんばかりに、それを大人しく聞いているアレスは軽く首を傾ける程度だった。多分この子、あんまり安静にする気ない。

そういう子じゃないのはゲームの設定で私もよく知っている。元奴隷のこの子は、ゲームでもあまり自分の身を省みる子じゃなかった。


「お陰で大分楽になった。団長も偽物だったしテントにさっさと戻りてぇけど、……そういうわけにもいかねぇんだろうな」

身体の調子を確かめるように首をぐるりと軽く回すアレスは、それから私達を端から端まで眺めた。話がわかってくれて何よりだ。

協力してくれる気になったかどうかはまだわからないけれど、単純に私達の事情で知りたいことが多過ぎるのと救助と応急処置のお礼もあるのかもしれない。協力的なアレスに感謝しつつ、そこで私はステイルと目配せしあう。


もうここは私達しかいないし、一度見られたアレス相手なら普通に私が話しても問題はないけれど、ここは説明をステイルに任せることにする。

互いに目が合った時点で察してくれたステイルは、一歩前に出た。「それでは遠慮なく」と断り、アレスへと投げかける。


「突然このような場所までお連れして申し訳ありませんでした。早速ですが、一応先に聞かせて頂いても宜しいでしょうか。貴方は何故あんな場所に一人で?」

「ハァ?お前らそれ知ってて来たんじゃなかったのかよ。俺のこと回収しに来たんだろ」

あぶねぇ奴ら。と、独り言のように最後零された。……いや、一応大体の事情を掴んでいるのだけれども。

やっぱりお互いに正しい情報は確保しておきたい。団長を探しに彼が間違って奴隷商人に殴り込みに行ったことはわかっているけれど、彼の口からはまだ聞いていない。もう居場所は確保しているとはいえラスボスが全く関わっていないとも限らない。グレシルみたいに騙された可能性もある。


黙する私達に、アレスは一度難しそうな表情で窓の向こうへ目を向け右手で頭を押さえた。

「あー--……」と低く唸るような音が聞こえたから、多分洗い直そうとしてくれているのだろう。記憶に問題はないと思うけれど、包帯の頭で言われるとなんか勝手に胸がハラハラしてしまう。


それから思い出す順に話してくれたアレスの説明を纏めれば、やっぱり大方私達が予想していた通りの状況だった。

買い物に出たら市場で団長らしい格好と思しき男性が酒場でひと悶着して悪徳奴隷商に連れていかれたという噂を聞いたらしい。

きっと団長だと思った彼は、噂をしていた人から奴隷市場の商人まで片っ端から強引に吐かせてあの建物に辿り着いたと。

その噂の話をアレスから説明された途端、セドリックから息を飲む音が聞こえた。目を向ければ、傍に立つエリック副隊長も同じように唇を結んでアレスの話を聞き入っている。

二人も市場を聞き回っていた筈だし、もしかしたら似たような噂を耳にしたのかもしれない。


「けど、ま……あいつら数多くてボコされてこのザマだ。団長いないってわかっただけ無駄骨じゃなかったけどよ」

「無駄骨も何もあのままでは団長ではなく貴方が商品にされてましたが」

あまりにもざっくばらんに結論付けるアレスに、ステイルがはっきりと釘を刺す。本当にその通りだ。

思わず私もこっくりと頷いて同意してしまう中、アレスはそれも「団長じゃなきゃ良い」と一言で切ってしまう。そのまま頭を掻くと「これで良いか?」と簡単に終わらせてしまった。

確かに事情は説明して貰えたけれど……なんとも口が苦く笑ってしまう中、ステイルが気を取り直すように眼鏡の黒縁をまた押さえた。「まぁ……」と曖昧に返してから、私にも視線で確認した。取り敢えずアレスがあんなところにいた理由は私達の考えた通りで間違いはなかった。

すると今度はアレスから「じゃあこっちも」と会話の返しを投げて来た。


「お前らはどこで知った?色々……ていうか何者だ?…………なんっつーか、考えてみたら協力っつっても多分今は俺の方がお前らに聞きたいことも多いと思うぜ」

ガシガシと茶色の髪を掻く彼は、段々と眉間に皺を深めていった。

ステイルが「どうぞいくらでも」とまずは質問内容を促せば、アレスは自分でも整理するように一個ずつ疑問を並べてくれた。最初にこちらの問いに答えてくれた分、次は彼の疑問から解消していくべきだろう。


事前の打ち合わせ通り、アレスからの質問から答えることにした私達に彼は次々と順不同に上げ出した。

彼自身、口にすれば余計に浮かんでしまうといわんばかりに何度かは同じ質問が上がっていた。「さっきも言ったか?」と自分でももう思い出せないように指折りながら視線を浮かすと、その度にセドリックが「三番目に」「二度目です」「三度目ですね」と律儀に返すのがちょっとコントみたいで笑いそうになった。

アレスは「悪いな、頭の出来良くねぇんで」と言ったけれど、疑問が多いだけであくまで普通だし、単純にセドリックの記憶力の方が特別なだけだ。

団長が帰ってくるとはどういう意味なのか、今はどこにいるのか、何故団長と自分達しか知らないあの夜の事情を知っているのか、アラン隊長とカラム隊長を結局どういうつもりで送り込んできたのか、オリエウィエルとはどういう関係なのか、何故そして誰を探しているのか、自分にサーカス団への橋渡しをさせたところでそれから何をするつもりなのか、私達は何者なのか、どうして自分を助けにきたのか、どうして元サーカス団の彼らは貧困街にいるのか、どうして私達と知り合いなのか。…。彼の疑問は当然ながら尽きない。

そして何より一番彼が何度も繰り返し疑問に上げたのは。


「で、団長は無事ってのをどうしてお前らが……また言ったけど取り合えずそれからだ」

「五度目です」

「ダリオもうそれは良い。お前の記憶力が良いのがよくわかった」

ちゃっかりまた数えていたまま嫌味なく純粋に言うセドリックに、ステイルが溜息まじりに手の甲で彼をポンと叩いた。

セドリックも指摘された途端「申し訳ありません」と慌てた様子で謝罪するのがまた彼らしい。ツッコミをいれるステイルに、小さく噴き出す音が聞こえて振り返ればアーサーが笑っていた。


一先ず疑問を吐き切ったアレスは大きく溜息を吐いた。少しはすっきりしたのか、答える前から彼の肩が下がって落ち着いていくのがわかる。

一番彼が気にしていたのは、宿へと連れていく時に私から告げた話だ。

アレスがジェイルとマートに治療を受けている間に、〝予知〟という形で私からステイル達にも事情は説明した。

基本伝えられるのは確実に起こることだけだし、起きたことについても「アレスが誰かに語っていた」という形で確実に起きただろうことだけだけれど、それでもこれで現状ゲームの設定で思いだせた内容は共有できている。

大方彼への説明する内容も開示範囲も打ち合わせている。

数は多くても一応こちらが想定した内容を上げてきたアレスに、ステイルも一つ一つ結び目を解くように説明を始めていった。

本当は一番彼が疑問に思っている団長関連から答えたかったけれど、それを説明するに不可欠な前提としてステイルが私のことを最初に紹介してくれる。


「彼女はジャンヌ。もう察しは付いているでしょうが、僕らはフリージア王国から来ました。彼女は貴方と同様特殊能力者で、部分的に人の弱みを知ることができます」

うわ、とアレスが顔を顰めるのがものすごくはっきりわかった。……本当に嫌われるこの建前能力。

まぁ仕方がない。それでも一応納得はしてくれたらしいアレスは、もう私達がフリージアの人間ということは驚いていないようだった。ローランドに透明で運んでもらったし、傷を癒す特殊能力も受けた後だしそれだけでも薄々感じたのだろう。

ステイルから最初に会った時にアレスがサーカス団にしている隠し事を私が見通したと説明すれば、アレスも顔を片手で覆ったまま背中を丸め項垂れてしまった。

唸り声が細く聞こえる。彼にとっては知られたくない事実だったのだから仕方がない。

出だしから覇気のそげた彼に、ステイルは更に商人としての私達の正体を改める。


「王族から依頼され、彼ら騎士団の隠れ蓑として御用達の商会である僕らが協力することになりました」


王族の協力者。

その大きな看板に、アレスの目はみるみる内に見開かれていった。


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