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Ⅲ66.越境侍女は確保する。


「良いから早く!早く!!見つかるだろ!」


パタパタと必死の形相で茂みから私達を手招きしているのは、貧困街にいた元サーカス団の男性二人だった。

ゲームの記憶がじわじわと頭の中を突く中、首を傾けながらも彼らの誘導の通り私達も速足で駆け寄った。二人とも今までになくすごい形相だ。奴隷商人の家から飛び出てきたらそれだけでもびっくりだろう。少なくとも彼らの反応から、私達がその仲間だと勘違いされていないだけ良かった。

茂み、といっても本当に林と言えるほどの規模でもない、かくれんぼできるか程度の範囲に私達全員は入るわけもなく、それでもアンガスさん達が途中からは「さっさと!!」とステイルの腕を引っ張りアーサーの肩を掴みとりながら促すまま、彼らの背後に立つ形で移動した。きっと奴隷狩りに見つからないようにと気を回してくれているのだろう。……もう中はほど無人に近い状態なのだけれども。

最後にビリーさんがちらちらと顔中に汗を湿らせながら茂み越しに奴隷商人の店を確認したところで、やっと息を吐いた。

私達から尋ねるよりも先に「どうして!」とアンガスさんが潜ませたまま声を上げる。


「どうしてお前達がっ……なんで来た?!やっぱりお前らも奴隷商人の仲間なのか!?」

やっぱり、というのはちょっと酷い。せめて「まさか」と言って欲しい。

でも無理もない。所詮昨日会ったまでの仲なのだから。安堵したところでやっぱり勘違いされていたらしいことに静かに肩を落としつつ、でもこうやって呼び込んで話を聞いてくれた分まだ弁解の余地はあるのかなと考えることにする。


口が半分苦笑してしまう私に代わり、ステイルから「違います」と否定が入る。

むしろこれから衛兵を呼びに行くところなのですがと言い出せば、アンガスさん達の目の色が変わった。息を飲み、互いに顔を見合わせてからまたステイルを凝視する。細かく成り行きを話す前にステイルから今度は「それよりもお二人は何故」と聞き出せば、アンガスさんは太い両腕をステイルの肩へと伸ばし、……直後にハリソン副隊長にベシリと叩き落とされた。

引っ張り込むのはぎりぎり許容範囲でもこっちは駄目だったらしい。今は正体は隠しているしステイルは男の子だしとは思うけれど、どちらにせよ護衛を任されている騎士としては認められないのは仕方がない。


予想外だったのだろう叩き落された手を交互に摩るアンガスさんは、勢いを殺されたように目を丸くしてハリソン副隊長側の肩を竦めた。

掴みかかろうとした勢いはどこに行ったのか「悪い……」と最初の声は裏返り気味になりながらの謝罪でステイルへ再び目を向けた。


「団長……団長を探しに来たんだよ……。今朝噂でここの奴らに捕まったって聞いて、それで忍び込めねぇか様子伺ってたら……、…………アレスが。……なぁ、団長らしい男か、アレスは中で見なかったか?アレスは会ったことあるからわかるだろ?」

「お前らが入っていくちょっと前にアレスが飛び込んだんだ。あいつのことだから多分俺らと同じ理由で……」

アンガスさんに続いて、不安げな眼差しでビリーさんが続く。

そう、彼らがここにいること自体には疑問もない。もともと彼らの仲間であるリディアさんからの証言もあるし、団長を探しに来てここに辿り着いたというのも自然だろう。今の話し方だとどうやらアレスの殴り込みも私達の殴り込みもこっそり目撃していたらしい。

今は姿を消しているアレスと騎士のローランドを存在だけ一方向から気取りながら、私は気付けば唇を結んでしまう。まさかここにいますとか言いにくい。ローランドの特殊能力もなるべく隠しておきたいもの。


団長だけでなくアレスのことも心配してくれているらしい二人に、胸が少しだけ温まりつつ今はちょっぴり複雑になる。

アレスもローランドに口を塞がれているのか自分から黙ってくれているのかはわからないけれど、どうかそのままで!!と心の中で願う。本当にごめんなさい。


ステイルが時間延ばしするかのように質問にはまだ答えず二人の話をそのまま聞き出すと、リディアさん達の話し通り、早朝から件の噂を聞いて早速奴隷市場を聞き回り、なんとかここの奴隷商人の店までは辿り着いたらしい。

レオンとヴァルも聞いたということだし、貧困街だけでなく奴隷市場界隈でも知れ渡っていたのかもしれない。


けれど相手は昔から人を狩っては商品にしていると噂の人身売買。流石に真正面から殴り込みにいくつもりもなく、噂が本当なのか、その人は団長なのか、忍び込めるかも含めて建物の周辺で様子を伺っていた。

そうしているうちに、……まさかのアレスの殴り込み。もう自分達が止める間もないくらい凄まじい勢いで正面突破していったアレスに肝を冷やしながら状況を伺っていたら、今度は私達まで正面突破した。

一体何がどうなっているのかと固唾を飲んでここで待ち構え見張っていれば、最初に出て来たのも私達だと。間違いなく彼らにはわけのわからない状況だったに違いなかった。そして思い出す。…………ゲームのアレスは〝だから〟逃げられたのだと。


なるほど……と、言いながらステイルも少し困ったように眉が垂れていた。

なかなか言い訳しにくい部分まで目撃されていたんだなぁと思う。ちらりと確認するように私に目だけを向けてくれる彼に私も見返し、ここの言い訳はステイルに任せることにする。

私の了承を得て、一度息を吸い上げたステイルは「ご安心ください」と柔らかな声で彼らに笑いかけた。


「アレスも無事ですし、団長は人違いでした。僕らには心強い護衛もいますし少々強引に乗り込んでしまいましたが、結果的には全て事実確認もできました」

レオン……リオからアレスの話を聞いて、今朝リディアさん達から聞いた噂と照らし合わせてなんとかここまで辿り着いたんですと説明するステイルに、私もうんうんと頷く。流石ステイル、これならリディアさん達に確認されても矛盾しない。

本当はカラム隊長からの情報提供だけれど、そうなると今度はずっと貧困街に居たのにどうやってサーカス団のテントに常駐していた二人と連絡が付いたのかを探られてしまうかもしれない。

奴隷狩りをしている証言も取れたからこのまま衛兵に任せる予定ですとまで言えば、今度はアンガスさんではなくビリーさんがぐいっとアンガスさんより肩を前に出して声を張った。


「アレスは一緒じゃないのか?!」

「彼は今、リオ殿達と一緒に中にいます。少々怪我はしていますが命に別状はありません。貧困街で待っていて下さい。ユミルちゃん達も心配しているでしょうし、僕らも後ほど詳しくお話をしに伺いますから」

団長さんが見つからなかったのは残念ですけれど、と労いながらも一時解散を提案するステイルに、彼らも肩から力を抜くのがはっきりとわかった。

アレスの安否がわかった安堵と、そして噂の人物が団長じゃなかったことの落胆……いや、こちらも安堵だろうか。見つからなかったのは残念でも、大事な団長がそんな目に遭っていない方が良いに決まっている。

わかった、待っていると告げて彼らも足早にそこで貧困街の方向へ去っていった。もうここに用がないとわかった以上、もともとあまり近付きたくない場所だったのもあるだろう。

貧困街に戻ってリディアさん達とも合流すれば、私達が話した団長についての情報もすぐに共有されるだろし、誤解も少しは溶ける筈だ。あとは、……アレス。


「……貧困街って……あいつら……」

ぼそりと、彼らの背中が見えなくなってからまたアレスの声が小さく零れて聞こえた。

貧困街という言葉に反応する彼に、そういえばまだサーカス団から抜け出した彼らがどうしていたかアレスは知らないままだったのだと思い出す。

こうして引っ掛かっているということは、やっぱりアレスはアレスで彼らのことも心配していたのかなと考える。一般的には貧困街は犯罪組織みたいなものだし、それも含めてアレスには説明したいけれど彼には他にも話さなければならないことが多い。

行きましょう、と。ステイルの声掛けを合図に、私達はアンガスさん達とは別方向へと駆け出した。先ずはレオン達と合流した場所で衛兵に通報だ。

「アレス。今は返事しなくて良いから聞いてください。団長についてはきっと大丈夫。彼は今も無事この街にいます」

「はっ……?!」


─そして自らの足で帰ってくる。


ステイルの瞬間移動も使わず駆け足で向かいながら、移動に紛れて姿の見えないアレスにその言葉は飲み込み小声で投げる。

返事はしなくても良いと言ったけれど、それでもアレスからは思わずといった声が漏れるのがはっきり聞こえた。途端に今度はローランドの声で「声量は上げないで欲しい」と注意が入った。今は移動中だから誰の声かわからなくても私達の中に紛れるだろうけれど、それでも大声で目立ったら大変だ。

自分の姿が誰にも見えていないことを追求する余裕もないのか、アレスからは今度は声の抑えられた状態で「団長知ってんのか?」「どこいる……?!」と早口が返って来た。滑舌がさっきよりはっきりしていて、大分回復したのかなとほっとする。単純に団長のことで目が覚めたのかもしれない。

少し息が弾む程度の速度で急ぎながら、私は次の言葉を頭の中で精査してから口に出す。


「問題は、団長が帰ってきた後です。手は打ってありますが、…………貴方も、〝だから〟団員の人達に話せなかったのでしょう?」

途端に息を飲む音が、微かに聞こえた気がした。

ギシ、と歯を噛み締めるような音も紛れ、言葉はなくても間違いない彼からの返事だった。

そう、アレスが団長を迎えにいくのを止めたのも、そして団員達が誰も団長がいなくなった時の真実を知らないのもそこにある。

当時、団長がサーカス団から()()()()()()()()事実を知っているのは当事者である団長と目撃者のアレス、ラスボスのオリウィエルとそして…………ラルク、だけ。

頭の中に薄紫のショートヘアの青年が映る。アレスがずっと事実を黙していた原因だ。


「お願いします、協力して下さい。話を聞かせてくれたら私達も知っていることを貴方に教えます。それに、…………協力してくれるなら、あの夜の事実をサーカス団にもアンガスさん達にもこのまま話しません」

「…………脅しかよ……」

さっきとは違う重い、項垂れるようなアレスの返しに、私も口の中を噛む。仰る通りだ。

ヴァルがこの場に居たら愉快そうにニヤリと笑ってそうだなとこっそり思う。けれど、レイのようなこともあるし協力させてもらう為になら少々強引な手でも最短距離を使わせてもらう。

怪我人だからかアレスから昨日ほどの強い拒絶はない。なんで知ってんだよという言葉もないことに、きっと彼も今の状況についていくので精一杯なのだろうと察する。

なるべく紛れるように人通りの多い道を選び向かいながら、アレスの返事を待ち続ければ一本の通りを曲がったところで「協力って?」と独り言のような丸さで返された。


「アランさんとカラムさん、御存知の筈です。彼らと同じように、私を……私達をサーカス団の中に一時的に潜入させてください。貴方が団長を探しているように、私達も探している人達がいます。……オリウィエルも、その一人です」

「あの女が?」

今度はすぐに返って来た。

まだ協力の是非とまではいかずとも、さっきよりも耳を傾ける気になってくれているようだ。上手くいけば明日にでも私達もサーカスへ潜入できる。ラスボスに会えれば、少なくとも彼女がこれから起こすであろう悲劇は止められるかもしれない。たった一週間しか与えられていない期限の中で、ラスボスの存在は大きい。

オリウィエルに会いたい。ラルクも、アレスも助けたい。そして、他の攻略対象者も見つけたい。その為に少なくともゲームでは彼らが集結している筈のサーカス団を拠点にするのが一番なのは間違いない。


「詳しいことは宿を取ってあるのでそこで話します。返事もその時で構いません。フィリップ様、ダリオ達にご連絡の方はもう?」

「問題ありません。このまま衛兵のいる場所と経由できますのでそのまま宿に」

ステイルの背中へ顔を向ければ、ペンを持った二本の指先ごと手をわかりやすいように掲げてくれた。

もうカードでセドリック達の元へは連絡を送ってくれたらしい。彼らは市場だし、宿への合流も時間はかからないだろう。

衛兵に通報をして、現場はレオン達に任せて私達はアレスと宿で情報共有だ。アレスもあの怪我じゃすぐにサーカス団へ戻りにくいだろうし、ちゃんとサーカス団にもアラン隊長達がいるから大丈夫だ。


アレスが協力さえ頷いてくれれば、あとは私達でサーカス団で待てばいい。ゲームの設定どおりであれば、彼はいずれはサーカス団に戻ってくる。その前にせめてオリウィエルとラルクをなんとかしたい。

考えれば時間が段々惜しくなり、私はペースを合わせてくれているステイルを追い越す勢いで駆ける足に力を込めた。

早く通報を済ませ、宿に、アレスと、と。それだけを考えて、先へと進む。


……まさか、展開が早まっていたなんて思いもせずに。


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