2
しばらくすると、列車は乗り換えの駅に着いた。フォームに吹く風が人々の服を滑らかに閃かせている。冷えた繊維の縮れはじれったく玲子の肌に擦れた。跨線橋の中には軽快な足音が響いた。階段を降りた先には少ない人影が夕日に伸びて、何処か物憂げな雰囲気が漂っていた。二人は階段の後ろに回り込んで、列車を待った。フォームに吹いていた風が少し遮られて、玲子は何となく肩の荷を下ろせそうな気もしてきた。しかし、玲子の手にはまだ僅かな震えがあった。体の内から玲子を縛るような震えである。ただ目の前に広がる寂しげな風景を見るだけだった。何も無い空間が二人を隔てた。そこには硬い沈黙が張り詰めた。玲子の視線は徐々に散乱していった。線路の上に張られた二本の架線やその上にとまった二羽の雀、古びた屋根にレールで出来たか細い柱、人々でごった返す向こうのプラットフォーム、くすんだ色のバラスト、しわしわになった枕木……寄木の放つ静けさが黒煙のように辺りに燻って、玲子の望みも全て干上がってしまいそうだった。
そんな時、偶然にも反対のフォームに列車が入線し、ぶっきらぼうな風が二人の元へ吹いてきてた。二人の髪は大いに乱れた。寄木の顔に玲子の髪がふれる。寄木は香しい匂いを嗅いだ。風が去ると、玲子は思い出したように体を縮こませながら、口元で掌をすり合わせた。視線は寄木の方を向いていた。
「少し、冷えてくるわね……」
「うん、寒いね。」
「ほら、こんなに冷えてるわ……」
玲子は鳥の趾のように固まった指をわざわざ開いて、見せた。
「うわ、相当冷えてるね。」
と言う寄木の声色は大袈裟にも聞こえた。玲子は少し息を吐いた。
「そんな寒がりだったっけ?」
「いや、何でだろう。いつも以上に凍えてしまうの。」
玲子は上目遣いに微笑んだ。寄木も優しく微笑みを返してくれた。しかしその途端に玲子は自らの笑顔が不自然なものになった気がした。風がザラついているようにも思えた。
ともあれ風のおかげで、二人の距離はさっきよりも短いものとなった。最早触れてしまいそうな二人の体の端々はまだ絶妙な間を挟んでいて、その小さな空間が逆に二人の心を繋ぐようでもあった。心で感じるささやかな温もりは、この一時を甘く酔わせる。これこそ恋の香ばしさだと、玲子の心は浮ついた。その純粋さを寄木は知ることもないのに、恋の甘みは濃くなるばかりなのだ。