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第37話 異母弟







 園林(にわ)へ移動し、護衛から見える距離を保ちつつ(あずまや)に渡る。水面には白い蓮が咲き誇り、数羽の水鳥が庭石と梢の間を行き来している。

 曄琳(イェリン)淳良(チュンリャン)の後ろをついていく。いや、ついていくというよりも、一歩の小さい彼の歩みを辿るような歩き方になる。


(小さい……)


 これで寧楽(ニンラ)国の皇帝だというのだから。この細い肩にこの国の行く末がかかっているのかと思うと、曄琳は言い表せない気持ちになる。


(シャオ)がたまに、あなたのはなしをする」


 唐突に暁明の名を出され、曄琳はぎくりと肩を揺らす。前を歩く彼には見えていないことだろう。


()のことで、いろいろと動いてくれていると。暁が他人のはなしをするのは珍しいから、すこしおどろいた」


 まさか、耳に入っていたとは。曄琳は無言で頭を下げる。


「だから、少しききたい」


 淳良が振り返る。


凌碧鈴(リンビーリン)を四夫人にえらんだほうがいいんだろうか」

「…………え」

「暁が信頼してうごかしている人なら、誠実にこたえてくれるとおもった。どうおもう?」


 吸い込まれそうな丸い黒の瞳がこちらの出方をじっと伺っている。まだ幼い、五歳の男子(おのこ)――見た目はそうなのだろう。しかし、そうと言い切れない。彼は何かが違うような気がした。

 暁明は以前彼のことを聡明だと言っていたが、曄琳は少し違うと思った。

 聡明というよりは、鋭敏(えいびん)なのだ。人の顔色に(さと)い――そんな印象を受けた。

 えらんだほうがいいのか。その聞き方はまさに曄琳の受けた印象そのものものだ。


「…………私は、その」

「こたえられないなら、無理にこたえなくていい。いつも周りを固めている臣下いがいの話がきいてみたかったんだ。余計なことをいえば、暁はこわいだろうしな」


 けらけらと笑う淳良に、曄琳は言葉に詰まる。

 

「余がおさないのがいけない。まわりや(ロン)皇太后がいろいろとやってくれるのに、うまく応えられない」

「そんなことは」

「じぶんがいちばんわかってる。はやく大人になりたいな」


 曄琳はたまらず膝をついた。不敬にあたるだろうが、目線が近くなるよう、腰をかがめる。


「私が答えられる範囲なら、答えます」

「凌碧鈴について?」

「はい。私は、今の政治情勢について(ソン)少監や(ツァイ)掖庭令ほど詳しくありません。なので、私の考えしかお伝えできません」

「よいぞ、それで」


 淳良が真っ直ぐな目でこちらを見ている。初めて間近で彼を見た。柔らかな薄い皮膚だ。この豪華な衣は重くないだろうか。


「私は、主上の心に寄り添ってくださる姫様をお選びするべきだと思います。主上が真に心を許し、共に支え合える方です。そこに碧鈴様が当てはまらないのであれば……それは、主上にとってあの方が必要ではないということなのだろうと思います」

「暁明や臣下のいう、派閥は無視しろと?」

「政権や派閥の安寧は、心の安寧にも繋がるでしょう。避けられないことだと思います。でも……家族というものも何にも変えられないものです」

「家族?」

「はい。後宮の妃嬪らは、みな主上の家族ですよ」


 淳良がきょとんとした顔をして、そして……破顔した。


「ふふっ、はははっ。家族か。そんなことを言われたのは初めてだな」

「き、綺麗事なのは重々承知しております……」

「わかっている」


 淳良は眉を下げて曄琳の手を取った。


「わかっていても……はっきりとそう言ってくれたことが、うれしかった。ありがとう」


 曄琳が知りうる、たったひとりの異母弟。

 ――どうか幸せになってほしい。

 曄琳の願いは、それだけだ。


「曄琳、なんで泣いてる?」


 ――だから、指摘されて初めて気づいた。慌てて手の甲で拭うと、雫が地面に落ちた。気遣うように淳良に顔を覗き込まれた。


「だいじょうぶか?」

「はい、お気遣いありがとうございます」

「……その目は、もう痛くないか?」


 気遣わしげな淳良の目は、曄琳の左目に向いている。暁明がどう説明しているのかわからないが、怪我だと思っているのだろう。


「平気です」

「そうか。よかった」


 穏やかに笑う淳良は、硬い表情で護衛に囲まれているときより、ずっと幼く、のびのびとしていた。

 未だに曄琳の手を握る淳良は、紅葉のような手で曄琳の指を握る。

  

「曄琳、ふしぎだな。かあさまを思い出す」

「そんな、畏れ多いことです」

「……ぼくの家族は、かあさまだけだったんだ。でも……これからはたくさん増えるんだな」


 先帝(ジャオ)皇帝には公主がたくさんいただろうに、淳良にとっての家族は亡き(アン)妃だけだったのか。

 彼の横顔がここへ来たときよりも、ほんの少し晴れやかになっていることに気づいて、曄琳は安堵した。



 亭から戻ると、護衛や明星からの視線が痛かった。

 あの距離だ、何を話していたかまではわからないだろうが、淳良とやけに近づいて話していたのだから、不審な目もされるというもの。

 曄琳は泣いたことが知られないよう、俯きがちに彼らの横を通り過ぎる。


「曄琳」


 淳良が小さく己の名を呼んだ。振り返ると、にかりと笑う彼と目が合った。


「凌碧鈴とはなしてくる」


 そう言って足取り軽く碧鈴の房室(へや)へ向かう淳良の後を、護衛が急ぎ足で追いかける。護衛の輪から外れて、明星――暁明がじっとこちらを見ていることに気づいた。

 目があった気がして。

 曄琳はその視線から逃れようと、急いでその場を離れたのだった。


 






 

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