第14話 桂花の香包
「げ」
「ちょっと! その反応はさすがに傷つきますよ!」
姚人のよく通る高めの声に周りの宮妓らが振り返った。曄琳は頭を抱える。同じ年頃の二人が並んでいるのを見て、意味ありげな視線を寄越してくるのがなんとも鬱陶しい。
わざわざ遠くからすっ飛んできた茗に脇腹を突かれる始末である。
「この子、最近教坊にちょくちょく来てる子でしょ? あんたの良い人だったの!?」
「違いますよ。成り行きで知り合いになっただけの人です」
「そんな力強く否定しなくてもいいじゃないですかぁ」
茗、曄琳、姚人がそれぞれ違う反応をする。
周りの好奇の目も気にせず、姚人が懐から小さな包みを取り出した。
「こちら宋少監からの預かりものです。宮妓さんに渡してほしいと言われまして」
「何よ今度は宋少監!? 小曄、どこで男を引っ掛けてんの!?」
「もー! こっちに来てください!」
曄琳は冷やかす声を背中に姚人とその場を離れた。
宮妓は皇帝所有の楽人のため、色事は御法度。建前上は、であるが。仕事柄多くの官人と宴席を共にする宮妓に、色恋の機会は多い。
駄目と言われれるほど燃えるが恋、らしい。
大概は双方火遊び程度の関係で終わるが、時には本気で結ばれることを願って皇帝に願い出る者もいるそうで、その場合は皇帝から男へ宮妓が下賜されることにより、晴れて夫婦となることも可能であった。
つまりるところ、禁じられつつもそういった男女の駆け引きを楽しんでいる宮妓は多いということだ。
先程の周りの反応を見るに納得せざるを得ない。変な勘違いだけは勘弁だ。曄琳は物陰に姚人を引っ張り込むと、眦を吊り上げた。
「なぜこんなところに来たんですか。私としては少監とのお仕事は終わったと認識していたんですが!」
「え、そうなんですか? 宋少監はそんな風には見えなかったですよ。今日は忙しすぎるので、直接渡せないのが残念だとおっしゃってました」
なんでまだ関わること前提なのか。
曄琳は吊り上げた目を覆った。
やはり秘密を知りすぎた人間は野放しにはしておかないのかもしれない――が、曄琳は今日逃亡する身。そのあたりのしがらみは最早どうでもいい。目指せ宮門、目指せ外の世界、だ。
曄琳の心中など知らぬ姚人が無邪気に近づいてくる。
「少監から何を貰ったんですか? ずうっと包みからいい匂いがしていたので気になってたんですよ!」
曄琳の手元を姚人が目を輝かせて覗いてくる。貰った本人より姚人の方が中身に興味ありそうだ。
曄琳は小包をおそるおそる開く。包みを僅かに解くだけで、良い香りが立ち上る。この匂いは――。
「桂花の香包……?」
「わあ、素敵ですね!」
掌に収まる大きさの緋色の香包が入っていた。そういえば暁明が女官姿でも緋色の裾子を身に着けていたなと思い出す。
「なんでいきなりこんなものを……」
「素敵じゃあないですか! 少監からの贈り物、私も欲しいなぁ」
「そういう話じゃなくて……って、ん……?」
握った香包から小さな紙の音がした気がした。更にぎゅっと握ると、手のひらに折り畳まれた紙の形も感じる。
(何か手紙でも入ってる?)
ならば香包は目眩しである可能性が高い。しかし、姚人がいる手前、堂々と開けて見るのも憚られる。
「どうかされました?」
「……いーえ、何も」
どうしたものかと悩んで、曄琳は香包を懐に仕舞った。
中身は後で確認しようと思ったのだ。どうせもうすぐ本番で、その後は宮門からの脱出がある。急いで見ても見なくても、暁明と関わることはもう無いのだから。
「さ、私も戻らないと」
暁明のもとに戻る姚人を見送り、曄琳も仲間の元へ戻った。