瞬きの光
私の名前は竹取美友音、ごく普通に見える十四歳。
趣味は友達と楽しい会話をすること。
嫌いなのは家族。
特に痛いのは嫌いだ。
肉体的に与えられる痛みや精神的な痛み、ありとあらゆる痛みが嫌いだ。
この話は、今から一年前にさかのぼることになる。
まだ私が首輪につながっていた頃の話。
当時の私は、現代の言葉でいうところの虐待を受けていた。
毎日が制限だらけであり、外に出るとき、ご飯を食べる時ですら、お父さんやお母さんの許可が必要だった。
まるで、かごの中にいるペットのように……いや、彼らから見た私は、ペットというよりも奴隷でしかなかったのだろう。
親との会話は「ごめんなさい」「ありがとうございます」「はい」「お願いします」と言った単語でしか意思疎通をしなかった。
もちろん否定の言葉はない。
もし、否定をしまったら、体に痣が出来てしまうため、言うに言えなかった。
そんな毎日を十四年もやっていると、流石に心身共に疲弊してくのは目に見える。
だから一度だけ家出をした。
たった一度の、最初で最後の家出を……
寒い……
気が付くと、あたりは雨が降っていた。
無数に飛ぶ雨粒たちは、軌道を変えながら私に降りかかる。
同時に、お腹からは、ぐぅ~、などと、なった。
それはまるで、私みたいに何かを懇願するかのように大きくなる。
しかし、そんなに懇願されても無駄だ。
私にはそれを叶えることができない。
あの日、ある決意をした日に私は家を出た。
もちろんこのことは彼らには言っていない。
ばれないようにこっそりと出たから。
そのため、なるべく見つからない手を模索した結果、何も持たずに出ることにした。
一日をしのぐための着替えやご飯すら持たずに。
もちろん友達の手を借りようともした。
しかし、そんなことをしてしまったら、外ずらだけ良いお父さんお母さんが迎えに来てしまう。
それだけは絶対にしちゃいけない。
捕まったら、痣以上の仕打ちが来るだろうから……
そんな怯える家出生活が二日過ぎる。
橋の下で、人に見つからないように生活をしてると、いきなり声をかけられた。
「ねぇ君」
振り返ると、そこには綺麗な服を身にまとい、片手にフランクフルトを持った私と同い年ぐらいの女の子がそこにいた。
シアンに包まれた眼に、紺色の髪。
肩まで届くほどの髪の長さ。
髪の色、目の色から見るに、ここでは見ないような子だった。
「……なんですか……私に何か用ですか……?」
「まぁね。 それで、君はここで何をしてるの? 迷子?」
その子は純粋無垢のように聴いてくる。
それに対し、私は無駄なエネルギーを使わないために「そんなとこです……」と言った。
「そうか……それなら一緒にお母さんお父さんの場所に送っていこうか?」
そう彼女がそう言うと、体のあちこちからズキズキとした痛みに襲われる。
頭の中では、今まで受けた仕打ちがフラッシュバックのように思い出されてくる。
瞬間、体から震えが止まらなくなった。
「……だ……やだ……戻りたくない…………あんな場所に帰りたくない……!!!」
震える声で私はそう言った。
その言葉は、私の気持ちを言葉にしたと同時に、助けを求める言葉だった。
「ふむふむ……ただの迷子ではないみたいだね」
その子は、私の事情を読み取ったのか、片手に持った食べかけのフランクフルトを私に渡してきた。
久しぶりの食事に食べかけだったことを忘れてがつがつと食べる私。
そんな私を見てなのか、目の前の子はクスッっと笑った。
私は恥ずかしくなり、少し顔を下に向ける。
「フフフ。 そんなにお腹空いてるんだったら、家に来る?」
「……良いんですか?」
「別に困るわけじゃないしね」
その人は、私の手を取り、私の返事も聞かずに私を連れていく。
その人は、一緒に歩いてるときもずっと話しかけてくれた。
「今更だけど、君名前なんて言うの?」
「……美友音です…………」
「美友音ちゃんだね。 私の名前はミヨ。 魅惑の魅に夜闇の夜で【魅夜】」
「変わった名前ですね……」
「そうかな? でも、漢字の組み合わせはよくない? だって魅力的な夜だよ!! なんか夜の女って気がしてかっこよくない!!!」
「女の子でカッコいいですか……」
魅夜さんは結構変わった人だった。
好きなものを聞いた時に「迫力のあるものでしょ!!」だったり、「カッコいい物だったり?」などと、まるで男子みたいだなと思った。
逆に、嫌いなものを聞いてみると、「独りになること」だったり「失うこと」などと、私には少し難しいことを言っていた。
このころの私はこの言葉の意味が分からなかった。
いや、分かろうとする余裕がなかった。
数十分歩くと、ごく普通のアパートに着いた。
魅夜さんについていきながら、アパート二階の部屋に入る。
「とーちゃーく!! ここがわがマイホームでございまーすー!」
魅夜さんが高らかにそう言うと、奥の方から誰かが出てきた。
黒のズボンに白のTシャツを着た男性がいた。
その人は、魅夜さんにはないような、男特有な大人らしさが出ていた。
「遅かったじゃねぇか魅夜。 んで、その隣にいる子誰?」
「美友音ちゃんだよ。 なんか訳ありだったから連れてきちゃった!!」
「連れてきちゃったじゃねぇよ……」
「だめだった?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど、連絡の一つぐらい入れてくれって話だ」
帰ってきた魅夜さんに対し、説教をする男の人。
説教されている魅夜さんは、しょぼんとしていた。
「と、見苦しいところを見せたな」
「い、いえ……大丈夫です……」
「とりあえず、シャワーにでも浴びれ」
そう言うと、目の前の男の人は私の手を掴んで浴室まで連れってってくれた。
とても強引な人だと思ったが、私の親に比べたら、これはまだいい方なのだろう。
「んじゃ美友音ちゃんはしっかり汚れを落とすんだぞ!」
さっきまでしょぼくれていた魅夜さんが後ろからそんなことを言ってきた。
それに対し、男の人は「おめぇもな」と言いながら、魅夜さんを浴室に放り投げた。
勢いよく飛ばされた魅夜さんは、何事もなかったかのように一回転したのち華麗な着地を決めた。
いや、身体能力すごくね?
「んじゃ、あとは任せたからな魅夜」
「はいはーい!」
そんな感じで、お風呂にはいれることになった。
この二日間は、川の水で体を洗っていた為、まともに体を洗うことができなかった。
と言っても、そんなのは日常茶飯事だったので、今更きにしていない。
それよりも、まともにお風呂に入ること自体が初めてで何をどうすれば良いのか分からなかった。
「どうしたの美友音ちゃん? 服脱がないの?」
「あ、いえ……ちょっと緊張しちゃって……」
「緊張しなくていいよ。 ただお風呂に入るだけなんだから!」
「は、はぁ……」
上から順番に服を脱ぎ、肌が露出する。
鏡を見ると、体のいたるところに傷や痣が見えた。
隣にいる魅夜さんの体はあんなに綺麗なのに、なんで私だけが、こんなにもみすぼらしいのか、なんで私だけがこんな目に合わなくてはいけないのか、そんな私が心底嫌いだ。
「美友音ちゃん」
「なんですか?」
「その傷痛む?」
「……じりじりするだけですので問題ないです」
果たしてこれが問題ないのかは定かではないが、私自身特に気にしていないので問題ではないだろう。
なんだったら、そのくらいの痛みなら絶えずとも気にならないし。
でも、浴槽に入れば少しばかりの刺激があるだろう。
内心そんなことを考えながら湯に入る。
私の考えとは裏腹に、湯に入ってもそんなに刺激が来なかった。
それに、久しぶりのお風呂だったからか、硬くなっていたからだが緩んでいった。
「どう湯加減は?」
「ちょうどいいです……!」
「それはよかったよ!」
せっかくなので、体に着いた汚れも落としておこうかと、シャワーにつながる蛇口を回す。
「――痛」
シャワーから出てきたお湯は私の体の傷に刺激として伝わった。
いきなりだったため、どうすれば良いのか分からないでいると、隣にい魅夜さんがすぐにシャワーを止めてくれた。
「美友音ちゃん大丈夫!?」
「だ、大丈夫です……少しチクッっとしただけです……」
「――ごめんなさい! シャワーの温度変えるの忘れちゃってて……!」
魅夜さんが、シャワーの温度を調整するとこをひねり、また蛇口をひねると、今度は浴槽の中と同じぐらいの私にちょうどいい温度になった。
その瞬間から、私は、私が思っているよりも体は悲鳴を上げており、強くなどないと理解された。