カサブランカ
俺の自己紹介が終わった後、空気を読み合って自己紹介が進む。学院長が入学式の祝辞で言っていたように、同じ入学生同士でも年齢が全然違う。魔法学院では入学時の年齢に制限を設けていない。だから極論試験に合格さえすれば赤ちゃんや老人でも入学は認められる。
その中でも明らかに俺とカサブランカは年齢が若い。エトが羨んで天才児と称するのも仕方ないよなと思うのだが、彼女はそれが気に入らないらしい。しかし、彼女の気持ちも分からんでもない。
前世を加算するとエトなんかより年上の俺は詐欺みたいなものであるけれど、彼女は本当に幼い年齢で魔法学院の合格を勝ち取ったと言える。受験の科目は算術、読解、魔法史の三科目ではあるが、それぞれのレベルが異常に高い。
俺がおっちゃんに退路を塞がれてから半年、毎日嫌々ながら受験のために勉強を重ねてようやく合格をつかみ取れたのだから、カサブランカの努力は推して知るべしである。特に俺は算術と読解に関してはほとんど前世の知識によって乗り切ったようなものなので、俺としては彼女を素直に認めざるを得ない。
「ちょっとあんた!あんなこと言われて何で言い返さなかったのよ!」
オリエンテーションが恙なく終わり、カサブランカの呼び出しを聞こえなかったふりをしてそそくさと退散しようとしたら、いつの間にか彼女に腕をがっしりと掴まれていた。どうやら俺は逃れられないらしい。
適当にそれっぽい理由でもでっち上げて、納得してもらおう。こういうタイプは褒め殺しておけば多分大丈夫だ。
「君が怒ったから、俺はもういいかなって思って」
「んなっ!?何よそれ!それじゃあんたが馬鹿にされるだけじゃない!」
彼女の言葉に俺の心が温かくなる。プライドは高そうだし、無駄に正義感も強そうだから、関わると面倒そうだけど、心優しい良い子なんだということはひしひしと伝わってくる。彼女が怒ったのは自分の体面とプライドのためでもあっただろうが、俺への気遣いも含まれていたようだ。
うーん、父性がくすぐられるねぇ。
「ありがとうね、気にしてくれて」
「べ、別にそんなんじゃないわよ!あたしの努力が天才の一言で片付けられようとしたからムカついただけ!あんたのことはついでよ、ついで!」
「それでもだよ。さっきの挨拶、本当は俺もちょっと怒ってたんだ。でもカサブランカさんが俺の分も怒ってくれたから、俺は怒らずに済んだ。だから嬉しかったよ」
「あっそ!」
そう伝えると彼女は頬を赤らめてそっぽを向いた。実にかわいらしく、ちょろい。
まあ、実際は入学早々周りからのヘイトを集めたくなかっただけなんですけどね。そういった嫉妬ややっかみはカサブランカに被ってもらおうという寸法である。俺の言ったことも無茶苦茶な理論だとは自覚しているが、バレなきゃ別に構わないでしょ。
面倒くさそうな性格をしているのには変わりないが、なんだか手玉に取れそうな予感がするので、利用できるところまで利用してみよう。めちゃくちゃ仲良くなったらもしかすると課題を手伝ってくれるかもしれない。
「ねえ、カサブランカさん。指導教員も一緒だし、これから仲良くしてくれないかな?」
「あなたが私の栄光の将来の邪魔をしないなら、仲良くしてあげてもいいわ!」
「しないしない、むしろ手伝わせてよ!」
「か、勝手にしたら!」
この子は嬉しい気持ちを素直に口から吐き出せない呪いにでもかかっているのだろうか。俺は“ツンデレ”という属性を知っているから普通に受け入れることが出来たけれど、初対面の人にこの調子だと孤立する未来が容易に見える。
実力は折り紙付きだろうから、栄光は極められるかもしれないけれど、代わりに孤高の存在になりかねない。そして彼女のそんな性格は俺の目的からすると丁度良かった。
「ねえ」
「何?」
「名前!」
「名前がどうかした?」
「あんたの名前は何かって聞いてるの!」
覚えられてなかったんかい!まあ、興味ない奴の名前はそうすぐには覚えられないよな。俺もエトとカサブランカ以外の名前と顔は一致しなかった。その二人だってファミリーネームはもう忘れた。貴族のファミリーネームはどれもこれも長い上に横文字だから覚えられない。
「マツバだよ」
「…………ファミリーネームは?」
「そんなものはないけど」
「ないって…………あんたもしかして平民!?」
「ここでは珍しいでしょ」
カサブランカの目が限界まで見開かれる。それも仕方がない。この学院に通う生徒の中で平民はおそらく十人もいないだろうから。ちなみにこの国では平民への差別は薄い。それはもはや貴族という称号は金持ちを表すのみだから、平民が貴族になることもあれば、貴族が平民に落ちることも珍しくない。
「そう、あんたもなかなか凄いじゃない。認めてあげなくもないわ!」
「ありがとう、カサブランカさん。なら、俺のことはマツバって呼んでくれないかな?」
「なっ…………!」
また顔が真っ赤に染まる。この子男に耐性がなさすぎない?騙してる身ではあるが心配になってくるんだけど。
「マ、マツバ?」
緊張しすぎて声が裏返っている。思わず微笑みが洩れてしまった。それに気づいて睨んでくるけれど、ただただ可愛いだけである。
「よろしくね、カサブランカさん」
「う、うん」
会話も途切れたし、もうそろそろ帰ってもいいかなと思って自然に「じゃあ、また明日」と別れを切り出す。すると、彼女は顔は真っ赤なまま俺の手首を掴んで引き留める。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「まだ何かあった?」
「そ、その…………私の名前!」
「カサブランカさんの名前?」
「その…………ちょっと長いでしょ!」
「そうかな?」
「長いの!だから…………ブランでいいわ」
なんだこのチョロインは。こっちも少し恥ずかしくなってきた。顔が赤くなっていないだろうか。ここで拒否してもいいことはないので仰せのままに。
「うん、ブラン」
呼んでみると、彼女的にはもう限界だったらしく、荷物を持って教室から走り出してしまった。青春ですなぁ…………
そして残された俺は無事に『宿題やらない大作戦』の第一歩が簡単に達成できたことに笑みを隠せなかった。