誤解は解けそうですか?
どうやら、あまりに現実が受け入れられなくて、身体が拒否反応を起こし、意識を失ってしまったようだ。しかし、それも数秒のこと。俺には母の誤解をといて学校に通う未来をなんとか回避するという使命がたった今課せられたのだから、茫然としている暇はない。
「ツルナくん。顔を上げてくれ。落ち着いて話をしよう」
おっちゃんが母の側に跪いて、顔を上げさせる。いつも綺麗な母の顔はくしゃくしゃに歪んでいて、目からは次から次へと涙があふれ出している。
おっちゃんは俺と母を部屋の中に招き入れ、ソファに座らせると自分はその対面に座った。
「ツルナくん、ゆっくりでいい。もっと詳しく話を聞かせてくれ」
母は幾度か息を吸ってから話し始めた。父が亡くなってからのこと、俺が生まれてからのこと、そして俺が働くことを決めたこと。
俺ですら初めて聞く話が多く、いつも優しく微笑んでくれていた母がそんなに苦しんでいたのか、と内心驚愕していた。特に母が増やす予定だった仕事が水商売関係だったと聞いて心臓が両手で絞られるような思いだった。あの時の俺、グッジョブすぎる。
「マツバ、あの時には気がついていたんでしょう?だから母さんに気を遣って働くなんて言ったんだよね」
「そ、そんなことない!ただ俺は働きたくて!」
「いいのよ、分かってるから。ありがとう」
なーんも分かってないですけど!?さっき聞いたのが初耳でしたけど!?加えて反論しようとしたところを抱きしめられて口が塞がれる。
なんだか母の中で俺という存在が神聖化されているようでむずがゆい。俺はただ学校という存在が死ぬほど嫌で、行きたくなかったから働くと言っただけなのだ。多少は家庭を楽にするためという理由もあったけれど、それはメインではない。
まずいな、このままだと俺の言葉は全部(母に気を遣って嘘をついている)と曲解されてしまう。俺は本音しか話していないというのに!
「それに、母さん知ってるのよ。マツバが学校に行きたかったってこと」
なんじゃそりゃ!?どこをどう解釈すれば俺が学校に行きたかったなんて誤解することが出来るんだ!?俺は毎日楽しくかんむり屋で働いていただろうが!?
「マツバが学校に行きたかった、か。ツルナさん、俺にはそうは見えなかったけどな。かんむり屋で働くこいつは楽しそうにやってたぜ?」
正しく降って湧いたおっちゃんの言葉に俺は期待せざるを得なかった。確かに、かんむり屋での様子は母には伝わらなくて当然だ。俺がどれだけ楽しそうに働いていたのか言ってやってくれ!おっちゃん!
「マツバと一緒に出かけて学校の側の道を通る時、マツバはいつも学校の方を目を輝かせながらじっと見るんです。その後ふと我に返ったように学校から目線を逸らすんです。本当は学校に行きたいのに、私と一緒にいるから、その気持ちを悟られないようにって、わざと。今日ここに来るときだって、ドゥナー魔法学院の方見てたでしょ?気づいてたのよ」
ち・が・い・ま・す!単純になんかでっけー建物だなぁ(小並感)って思ってたら学校(絶望)だったから目を逸らしただけなのに!
「そういえば、マツバ。お前俺に初等学校は年間何イェン必要なのか質問してきたことがあったよな。もしかして、自分で稼いで通うつもりだったのか?」
ああ、曲解パラダイスだ。味方だと思っていたおっちゃんがほんの数秒のうちに敵へと早変わりである。学費を聞いたのは単純に俺が学校に行かないことで何イェンお得になったのかを知りたかっただけだし、自分で学費を稼ごうなんて気は更々なかった。
「ち、違う!俺はそんなつもりじゃなくて…………」
反論をしようと試みるけれど、母とおっちゃんの『うんうん、分かってる分かってる』とでも言いたげな微笑みに封殺される。何にも分かってないんだってば!
俺はここで自分が詰んでいることに気づいた。この場において、勘違いではあるものの母の美談が多大な説得力を持ってしまっている上、俺の言葉は全て母への気遣いと受け取られてしまう。おっちゃんもいつの間にか母の味方だ。しかも、もし万が一ここから俺の本音が信用されたとして、今度は勘違いで土下座までした母の顔を汚すことになりかねない。それは俺の本意ではない。
「嘘をついてまで、ここに連れてきてごめんね。でも、マツバは学校の話をするって分かったら、着いてこないと思ったの」
大正解である。流石母親、子どものことをよく分かってらっしゃる…………仕方ない。適当に学校に行くだけ行って、一年で卒業しよう。たしか初等学校は飛び級制度があるはずだから、さっさと学び終えればいい。それに、この世界の初等学校には宿題という制度がない。学校から帰ったら、かんむり屋で働けばいいだろう。少し稼ぎは少なくなるけれど仕方ない。
「オージー様、私はマツバを学校に通わせてあげたい。マツバが働き始めてから少しの貯蓄は出来ましたが、学校に通うにはまだ足りません。でも、これ以上仕事を増やすのはあの時と一緒でマツバを悲しませる結果にしかならない。だから、私の一生をかけて必ず返済致しますので、金銭の援助をいただけませんでしょうか」
その言葉におっちゃんは深く考え込んだ。おっと、学校に行くのは確定事項だと諦めていたけれど、まだ慌てるな俺。結局母がどう言おうとおっちゃんが金を出さなければどうということはない。今と変わらない生活に戻るだけだ。
おっちゃんは重い口を開いて話し始める。
「ツルナくん、俺はマツバを初等学校に通わせるのは反対だ」
おや…………?
「まず、初等学校で習う知識くらいならマツバはかんむり屋の店主と女将から教わっている。算術も出来ているし、文字も読める」
おやおや…………??
「友人も、ちょっと年齢層は高いがかんむり屋の客達と仲良くしている」
おやおやおや…………???
「マツバは九才だろう。今から初等学校に入学しても、同じクラスにいるのは三才年下のガキばかりだ。だから、俺はマツバは初等学校に通う意味はないと思う」
「そんな…………!」
よっしゃあああああああああ!大勝利!やっぱりおっちゃん分かってるねえ!俺は心の中で何度もガッツポーズを決めた。やはり、おっちゃんはかんむり屋の常連、俺がおっちゃんやユーテラさんから文字を教わっているところを見ていてくれたのだ。最初はメニューに書かれている文字が読めずに「これ一つ」と注文されたときは困り果てたものだ。算数に関しては前世と全く変わりがないため、特に習うこともなかった。やはり努力は誰かが見ていてくれるのだ。
友情!努力!勝利ぃぃぃいいいいいいいいい!
「だが…………」
おや…………?
「マツバには魔法の才能がある」
おやおや…………??
「かんむり屋でのショーで見せる炎の魔法、俺は生まれてこの方、あれより精密な操作がされた魔法を見たことがない」
おやおやおや…………???
「だから、ツルナくん!マツバが通うのは初等学校なんかじゃなく、魔法学院の方だ!」
ざっけんな!ふぁ〇く!もう二度とかんむり屋の敷居を跨ぐな!このハゲ!
まるでジェットコースターである。一度上げておいて、最後に谷底へ突き落とすとは何たる鬼畜の所行か。普通に話すより質が悪い!
それに、魔法学院だと?それなら初等学校の方が何倍もマシだ。魔法学院なんて選択ありえない。
俺がここまで魔法学院に行きたくないのには理由がある。この世界における魔法学院は、前世における私立学校と考えてほぼ差し支えない。国立の学校に比べ、魔法に特化している学校だ。魔法学院の立場をもっと正確に理解するならば、この世界における魔法という存在について詳しく説明しておく必要がある。
まず始めに、魔法とは誰でも使えるものである。この世界では人には魔力が備わっているというのが共通認識だ。だから、使い方さえ知っていれば魔法は誰でも使うことが出来るのだ。
しかし、現実には誰でも使えるわけではない。それは魔法の使い方を知らないからだ。例えば、ある人がはさみを手に持っていたとして、使い方を知らなければ紙を切ることは出来ないだろう。それどころか使い方を誤れば自分もしくは誰かを傷つけてしまう恐れがある。魔法も同じだ。使い方を知らずに魔法を使おうとすると、暴発してしまう可能性がある。
だからこの世界の人々は魔法が使えると知っていても使おうとしない。それに、万が一魔法で誰かを傷つけるような事があれば、罪に問われてしまう。
では、どうすれば魔法が使えるようになるのか。簡単な話である。誰かに習えば良いのだ。先人達が積み上げてきた魔法の使い方と知識を学び、使えるようにする。そのために通うのが魔法学院である。そして、魔法学院を卒業することが出来れば国から【魔法使い】の称号がもらえ、今後の人生で有利になる。
俺は魔法学院に入っていないのに、魔法が使えるじゃないかって…………?
知らなかったんだよ!そんなこと!簡単に魔法が使えるものだと思ってたの!後からかんむり屋の常連さんから聞いてビックリしたわ!母が仕事に出かけてる間どうしても暇で、試行錯誤してたら出来るようになっちゃっただけ!
それにしても小さな火を出すだけの簡単な魔法に年単位でかかってしまったし、他の魔法は一切使えないことから、魔法学院の必要性がわかるというものだ。
さて、俺がそんな魔法学院に入りたくない理由というと…………めっちゃ勉強しなきゃいけないからに尽きる。魔法学院はその特性上、膨大な知識と暗記を求められると聞く。ということは、自宅での自由時間を勉強に費やさねばならないということだ。しかも無給どころか金を払って!無駄!無駄!無駄ぁ!
誰かには必要なことかもしれないが、俺には無駄である。金を払っていると思うだけでやる気が出ない。
「魔法…………?マツバは魔法を使えるんですか?」
「おや、ツルナくん、もしかして知らなかったのか。てっきりマツバから聞いているものかと」
母の両目が俺を映す。あれ?言ってなかったっけ…………?てっきり知っているものかと思っていた。
「マツバ、見せてやったらどうだ」
「うん」
おっちゃんの指示に従ってボヤを出す。今日も愛くるしいなお前は。
母は急に現れた炎の塊に驚き、怯えた様子だった。怖がらせたいわけではないので、すぐに魔法を取り消す。
母はおっちゃんが魔法学院と言い出したことにようやく納得がいった様子だった。しかし、不安げな表情は変わらない。それもそのはずだ。
「魔法、学院…………でも、学費が」
「ああ、それは分かった上での提案だ」
魔法の国家資格をとるための学校である魔法学院は国立の学校に比べ、著しく学費が高い。だからほとんど貴族専用の学校と言って差し支えない。平民が入学できないという決まりはないが、用意しなければならない金額が大きすぎるため難しいのが現実だ。魔法使いは平民からすれば憧れの存在なのである。
つまり、家の稼ぎでは選択肢に入れることすらあり得ない学校と言えた。母が心配になるのも当然だ。いくらおっちゃんに金を借りることが出来たとして、間違いなく返済しきれない。
「お金に関しては気にしなくてもいい…………といいたいところだが、流石に魔法学院ともなると弱小貴族の俺じゃ難しい」
何だって!?ということはやっぱり学校には通わなくてもいいという結論に!?
「でも俺に策がある」
そういっておっちゃんはニヤッと笑った。
なるわけないんだなぁ!しかも今以上にまずいことになるような気がするのは俺だけ?
◆◇◆◇◆
「おい、てめぇら!マツバが魔法学院に通いてぇそうだが、何イェン出せる?」
ところ変わって、かんむり屋。おっちゃんは酒を片手に常連共に叫んでいた。悪い予感は当たるものである。周りの客も酒が入っているからかおおむね乗り気で、目標金額に達しそうな勢いである。
おっちゃんの策とは現世で言うところの【クラウドファンディング】であった。かんむり屋の客から少しずつ金を集め、俺の学費に充てるわけだ。
やめてくれよ!!大袈裟にしないでくれよ!!金が足りないなら諦めるで良かったじゃん!!
「いつも頑張ってるマツバのためなら出してやる」とか「お前は俺等全員の息子みたいなもんだ」とか「大きくなって俺等を助けてくれたらそれでいい」とか何でお前ら全員善人なんだよ!!もう断れねえじゃねえか!!
おやっさん!ほら、人手が足りなくなったらまずいでしょ!え?「気にするな」?なんでそんなに寛容なんだよ!
今までかんむり屋で築いてきた他人との関係性が逆に牙を剥いて襲いかかってくる。みんながいい人過ぎて辛い。
ここまでたくさんの人から(いらないとはいえ)恩をもらって、仇で返すような真似を出来るほど俺は精神的に強くない。もう魔法学院から逃げられない。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん(発狂)
人の善意は凶器である。俺はその言葉をしっかりと心に刻みつけた。