魔法とは何か
ドゥナー魔法学院の一限は朝八時から始まる。一時限ごとに設けられた時間は60分、その後次の授業まで10分の休憩が設けられている。午前に三時間、そして午後に三時間といった具合だ。
俺が学校についたのは朝七時半くらい。本当はギリギリに着くように来たかったのだけれど、母に笑顔で起こされたので、それも出来なかった。俺は本当に母に弱い。
「遅かったじゃない!」
校門をくぐったところで待ち構えていたのはブラン嬢だ。え、もしかしてここで待ってたわけ?
「お、おはようブラン。随分早いね」
「ふふ、そうでしょう!授業が楽しみでいつもより早く目が覚めたわ!」
すげえ、授業が楽しみだなんて感情を持てるだなんて。それだけで尊敬に値するよ。
「ほら、教室に向かうわよ!えーっと、一限目は…………」
「魔法基礎概論だっけ。必修の」
「そう!それよ!」
ブランは自然に俺の手を取ってずんずんと進み始める。彼女にはまだ男女が手を繋いで移動することへの羞恥のようなものはないらしい。こっそり周りの様子を確認してみると、生暖かい目がほとんどである。俺がそっちの立場なら、同じように愛でるような視線を向けるだろうな。
数年後にはこういうこともなくなるだろう。彼女の成長と共に、羞恥の感覚が生まれていくだろうから。羞恥の感情の優先度が低いとぬかした先輩のようにはなってほしくないものである。
それにしても、一限の教室とは真逆に進んでいる気がするんだけど、指摘するのは無粋だろうか。
◆◇◆◇◆
ブランは途中で自分の間違いに気づき、俺にそれが気づかれないように遠回りをして教室に辿り着いたのは九時の少し前のことだった。もちろんそんなことには気づかない振りをしておく。連れてきてくれてありがとう、と微笑むとブランは動揺を思いっきり顔に出した。流石に後ろめたさが勝ったらしい。
教室に入ると、後ろの方の席がほとんど埋まっている状態であると分かる。どれだけ世界が変わろうが、そういうところは一緒なんだなぁ、と少し面白かった。ブランは当然のように一番真ん中の一番前の席に座る。そして僕はその隣だ。最悪じゃん。
「みなさん、おはようございます」
授業開始時刻となり教室に入ってきたのは、それはそれは威厳たっぷりのおじいちゃん先生だった。うっわ、もうこの時点でハズレ感ハンパないんですけど。
「この授業は魔法基礎概論。そして私はこの授業を担当するシウバ=グロージャーだ。毎年この授業を受け持っている。新入生の諸君は来年も私の授業を受けることがないよう、努力してもらいたい」
教室の後ろの方から笑い声が聞こえてくる。この先生めちゃくちゃ堅物かと思ったけど、こういうジョークを挟んでくるあたり、もしかすると愉快な部分があるのかもしれない。
先生はシラバスを配り始めた。目を通そうとして、すぐに嫌になって目を逸らす。めちゃくちゃ長い授業概要が記載されていた。
「本日の授業はシラバスに書かれた内容の説明、そして一つ君たちに質問をして今日の授業はおしまいとしよう」
それから先生はシラバスに記載されている内容を滔々と話し始めた。評価基準などはほとんどライラ先生のゼミ室で見せてもらったシラバスの内容と同じだし、ほとんど聞いているふりをしておくことにした。
説明を続けることおよそ30分。めちゃくちゃ眠くなってきた。シウバ先生の声は抑揚がなくて、もはやヒーリング音楽の一種と化していた。
「さて、つまらん朗読はここまでにしておこうか。本当はこんな無意味な説明など中止にして最初から講義を始めてしまいたいところだが、残念ながら学院の指示には逆らえん」
シウバ先生は大きなあくびをした。お前もかーい!やってる側もつまらないなら、誰にとってもいいことはないね。
「何よ!お爺さまの指示が悪いっていうの!?」
隣でこそこそ呟いている彼女にとっては耐えがたい物言いだったみたいだけど。そうだった。彼女の祖父が学院の長だった。
「ではまず一つ君たちに質問をしよう。そして来週までに各々で考えてきてほしい。これが今週の宿題だ。“君たちにとって魔法とは何だろう?”是非来週、答えを聞かせてくれることを願っているよ」
そう言い残して先生は教室を去った。次の授業の開始まで約一時間、暇になってしまったな。
「魔法って何って何よ!魔法は魔法じゃない!一体どういう意味よ!」
「ブラン、そんなに怒らないでよ」
「怒ってない!あの教師にムカついてるだけ!」
それを怒ってるっていうんだよ。
さて先生の質問についてだけど、きっとこういう答えがほしいんだろうな、というのは理解できた。それにその質問に対しては、元々僕には僕なりの考え方がある。1回目の講義ともあって楽な宿題で助かった。
ま、他の新入生にとっちゃ楽でもなんでもないだろうけど。




