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働くって楽しい!

 あの日、死んでも学校には行かないと決めた俺は、文字通り死んでも学校には通っていなかった。そう、俺は一度死に、転生し、また子どもに戻ってしまったのである。



 同僚との飲み会を終えたころには、すっかり俺は泥酔してしまっていて、先に酔っ払ったはずの同僚に支えられて帰路についていた。二人揃って立つのがやっとの状態で、前後不覚だったから、まさか目の前に柵で囲まれてもいない用水路があるなど分からずに頭から突っ込んだ。同僚がどうなったかは知らないけれど、俺は慌てて大量の水を飲んで息が出来ずに溺死してしまった。



 気づいたら俺は生まれ変わっていた。赤ちゃんで身体の自由がきかずもどかしかった一年を耐え、両足で立つことが出来るようになったころには自分が生まれた家の状況は理解できていた。



 俺はどうやら母と二人暮らしのようだった。父親はどうした、父親は、と疑問に思ったものだが、どうやら兵役で殉職したらしい。浮気とか不倫とか疑ってすまんよパッパ。つまり俺は母にとっては父の形見のようなもので、めちゃくちゃ愛されている。



 ちなみに、パパンのおかげかどうかは分からないけれど俺が生まれてすぐに起こった大戦以降この国は平和そのものであるらしい。良い時代に生まれたもんだ。



 しかし、片親で子ども一人を育てるのはやはり大変らしい。母は俺を産む前は貴族の館でメイドをしていたみたいなのだが、生まれたての俺を家に放っておくこともできず辞職して、自宅でできる服飾の仕事に就いた。その分稼ぎは随分と減ってしまったようだし、父が殉職したときに国から頂いたお金もほどなく尽きたようで、三日に一度は俺に飯をくわせて自分は食べないようにしていた。



 俺が少し大きくなると母はお金を稼ぐために家を出るようになった。服飾の仕事を任せてもらっていたお店に雇ってもらえたらしく、店舗で服の作成と販売を行っているらしい。メイド業に復帰したのかと思ったけれど、どうやらメイドは館に泊まりの仕事が多いらしく、まだまだ子どもの俺を残して復帰するわけにもいかなかったようだ。



 母が外で働くようになったとはいえ、生活は依然苦しいままだった。けれど、俺は別に貧困生活であろうが苦に思ってはいなかった。母に愛されていることさえ分かっていれば案外幸せはそこにあるものである。



 それにこの世界には魔法があると知ってからは家に一人でいる間も暇をすることはなかった。魔法があるならば、自分も使ってみたいと思うのは当たり前の事だろう。母に止められないように遊び半分でこっそりと魔法の練習をするようになった。どうやって使うかなんて知る術もないから、自分でなんとか工夫して、炎の魔法だけはある程度使えるようになった。



 時は流れ、三年前ぐらいになるだろうか、俺が六歳になったとき、母が仕事を増やすと言い出した。服屋さんの仕事だけでも毎日疲れを見せているのに、これ以上働こうとする母の姿に俺は驚愕した。貧しいとはいえ、現在の稼ぎだけでも十分生活できているのにどうしてそんなことをする必要があるのだろう。



「おかあさん、何でお仕事ふやすの?」


「マツバが学校に行けるようによ」



 思わず気絶しそうになった。



 やわらかに微笑んだ母の顔が死神の笑顔に見える。やはり、子どもは学校に行かねばならないのか、と絶望した。



 俺は学校に行きたくないし、母は無理して仕事を増やす必要がある。誰も幸せにならないじゃないか!!そう考えた俺は母に学校には行かないと宣言した。俺もおかあさんみたいに働いてお金を稼ぐのだ、とか、おかあさんだけに無理をさせたくない、とか言葉を尽くして説き伏せた。躊躇していた母も俺の必死具合に気圧されたのか、渋々母は首を縦に振った。



 後から調べたことだけれど、この国では七歳になった子どもは基本的には地元の初等学校に通うらしい。年間でおよそ三十万イェン、日本円にしての換算は分からないけれど、母の稼ぎだとおおよそ三ヶ月分に相当する金が必要である。そんな大金を支払ってまで俺は苦しみに行かねばならないと思うと反吐が出る。自分も働くという俺の選択は間違っていなかっただろう。



 しかし、六歳の男児を雇い入れるところなんてそうそうない。だから俺は外に出て人手が足りないところがないかを探すことにした。母が仕事に出ていく隙をついて町を見て回ること数日、雇い入れてもらえそうな店を見つけた。



 それが、商店街の一角に存在する大衆食堂「かんむり屋」、今の俺の職場である。数日観察した結果、この店には従業員がおやっさんとその奥さんであるユーテラさんの二人しか居ないことが分かった。ユーテラさんがホール、おやっさんがキッチン担当なのだが、明らかに店が回っていない。その理由は明白で、ユーテラさんの腰が悪く、動き詰めで働き続けるのが難しいからだ。ユーテラさんはちょくちょく休憩を取り、その間はおやっさんがホールにも出る。すると、回転率が落ちてしまうのは当然である。そのため、店に入ろうとした客を待たせることになり、別のお店にしようと去ってしまう人が何人もいた。



 しかし、料理の味は悪くないのだろうと予想はついた。何日か張り込む中で決まって毎日この店を訪れる常連客は二十人を超えている。これは相当味が良いか、従業員の人柄がいいか、はたまたその両方かだろう。ここなら自分を売り込める。そう結論が出た。



「俺をここで働かせて下さい!」


「アホか、ガキは学校へ行け!」



 最初の一日は取りつく島もなかった。でもおやっさんの人柄は分かった。これなら大丈夫。同情を得よう。



「働きたいです!」


「客じゃないなら帰りな!」



 二日目、再び現れたガキにおやっさんは驚愕したように目を見開いた。まだまだ先は遠いかもしれないが、諦めない。



 数日もすれば、俺がこの店で働きたいと頼み込みにくる子どもであるとユーテラさんも知っていて、突っぱねるだけのおやっさんに代わって事情を聞こうと話しかけてくれた。



「君がうちで働きたいって子だね?」


「はい!」


「うちの旦那がすまなかったね、話も碌に聞かずにさ。悪く思わないであげてね」



 ええ、ええ、分かっておりますとも。おやっさんが俺のためを思って断り続けていることくらい。



「それで、マツバだっけ?君はどうしてうちで働きたいの?」


「俺は働いておかあさんを助けるんだ!」



 そこから俺は自分の家庭環境を拙さを装いながら説明した。家庭環境についても、俺の心境についても事実と反することは何一つ言っていない。ただ一番の本音を伏せた。俺の母は一人で俺を育ててくれていること、俺の学校のために無理して仕事を増やそうとしたこと、俺は母に無理をしてほしくないこと、学校に通うより働いてお金を稼いで母を楽にさせてあげたいことなどを話し、死んでも学校に行って勉強がしたくないと話さなかっただけである。



 話の途中からユーテラさんは目に涙を浮かべ始め、俺は目的の達成をほぼ確信した。情に訴えてユーテラさんの方からおやっさんに働きかけてもらえそうだ。



 翌日、作戦は予想の通りに運んだ。俺がおやっさんに「働きたいんです!」と頼み込むと、おやっさんが今までに見たことがないくらい渋い顔をしていた。どうやらユーテラさんから話を聞いたらしいぞ、と頭を下げながらほくそ笑む。



「でもなぁ…………」


「いいじゃないか、あんた。こんなにここが良いって言ってくれてんだから。それに人手だって足りてないだろ?」


「…………まあそうだけどよ」



 ヨシ!ユーテラさんが俺の味方に入った。これはほとんど確定演出に近い!渋るおやっさんにユーテラさんは続ける。



「この子がうちで働いてくれるだけであたしもあんたも少し楽できるってんならいいことじゃないか」


「俺はよ、ガキは小さい頃は勉強してダチと遊ぶのが仕事だと思うのよ。今から働いたって、こいつにゃ友達もできねえじゃねえか」


「初等部の勉強なんてたいしたことないでしょう。せいぜい文字の読み書きと計算ができれば十分よ。だったらあたしたちで教えてあげればいいことでしょ?それにお友達だってうちには同世代の子も客として来るんだからきっと仲良くなれるわよ」


「そうか…………うーん」



 なかなか煮え切らないおやっさんに俺はダメ押しをすることにした。



「お願いします!昔、おかあさんが一度だけここに連れてきてくれたことがあって、その時に食べた料理の味が今も忘れられないんです!だからここで働きたいと思ったんです!だから…………お願いします!」



 ごめん、これは全部嘘。俺の家の経済状況では外食なんてもっての外である。



「分かった分かった、そこまでいわれちゃ俺も断れねえよ。明日母親連れて一緒に来い」


「ありがとうございます!」



 こうして俺は作戦通りかんむり屋で働かせてもらえるようになったのである。母には一切の相談をしていなかったけれど、俺が働くと言っていたのが本気だと理解したのか、ごめんね、と謝って泣き始めてしまった。喜んで欲しかったのに泣かれてしまった。それが少しだけ寂しかった。

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