魔法使いじゃなくても
「なあ、あんたにゃ恥って感情がないのか?」
「あるけど優先度は低い」
「無敵じゃん」
なんとかリヴァディアさんを部屋に連れ戻すことには成功したけれど、彼女の機嫌は損ねてしまったみたいだ。わかりやすく拗ねている。
「さっきも言ったけど、俺はここに住むことは出来ないよ」
「どうして!?きっと君はここにいた方がいいよ!」
「いや、別にそんなことは…………」
「家から通う時間がなくなるよ?」
「……………………いやでもねぇ」
「めちゃくちゃ効いてるじゃん」
いや流石に毎日往復二時間はキツいって言うのは確かなんだけどさ!
「母さんを一人には出来ないよ」
「君にとって親ってそんなに大事なものなの?」
「自分の次か、もしくは同じくらいには」
「ふうん、訳わかんない」
リヴァディアさんは伸びまくった前髪の一部を指でくるくると巻きとりながらつまらなさそうに言った。彼女の中で親という存在はあまり優先度が高くないようだ。彼女と僕の中では価値観が全く異なるらしい。
「それで、話を戻すけど、お金を稼ぐ方法が知りたいんだよね。何かいい方法、知らない?」
「そうだねぇ、あたしのやり方でいいなら教えることはできるけど」
「ぜひ!教えてください!」
「おっけーおっけー!あたしはね。論文を売ってるんだよ」
「…………論文?」
彼女は具体的な方法について語り始めた。
彼女は魔法使いを相手に自分の研究の成果をお金と引き替えに売っていたのだという。つまりは新技術の発見をしたという権利の売買だ。しかし普通にそんなことは許されるわけもなく、彼女から権利を買った魔法使いは称号の剥奪と国外追放になった。本来なら彼女も罰せられるべき存在だが、あまりに彼女の研究の成果は革新的だった。
それを知った国は彼女に取引をもちかけた。彼女の罪は不問にする代わりに、彼女の研究の成果はこれからは国が購入する、という契約だという。彼女は別に生きていくため、そして研究を続けるために必要最低限の金が手に入るなら取引相手は誰でも良かったからその契約に乗った。
「ということで、こうやったらお金は稼げます」
「参考にならねぇ!」
彼女にしかできない方法がすぎる。あとさっきからあまりに尊敬出来なさすぎて敬語が勝手に外れたけれど、何にも気にしていない様子なのでこのままタメでいいか。
「というか、もう買ってもらわなくても自分で発表しちゃう方が稼げるんじゃないのか?」
「出来るならそうしてるよー。でもあたし魔法使いじゃないからさ」
「はい?先輩って一人で魔法界を十年進めたんだよね?」
「そうだよ~」
「魔法使いでもないのに?」
「だからそうだって」
それだけ魔法界に貢献しているにもかかわらず魔法使いでないとはこれいかに。流石に現存する魔法使いの中に混じっても図抜けていると思うのだが。
「何でそんなにすごいのに魔法使いじゃないんだ?」
「単位が足りない」
「はい?」
「授業に出てないから単位が足りないんだよね」
「馬鹿じゃないの!?あんたなら適当に座ってるだけでも単位取得できるでしょ!?」
「出来るけど、時間の無駄だしやりたくな~い」
そういやいたわ。こういうやつ前世にもいたわ。地頭が良く、知識もあるけれど、授業に出ないせいでずっと大学二年生から先に進めなかったやつ。
彼は大学一年の後半に塾講師のアルバイトを始めてから、アルバイト命の生活にスタイルを変更し、朝早くに就寝し、昼遅くに起床、そして夕方に出勤、深夜に退勤、週六勤務とやりたい放題。お前自分が大学生だってこと忘れたんか、と言いたくなるような有様だった。
ちなみに彼は俺が大学を卒業した二年後、無事大学二年生を抜けられずに退学していた。
「後何単位残ってる?」
「覚えてな~い」
後でライラ先生に聞いとこ。
それにしてもいくら有能だからと言って、きちんと授業に出ない生徒には単位が出ず、魔法使いにもなれないというのは国がきちんと管理している証拠だ。信頼できる。将来は国家公務員を志望するのもいいかもしれない。
「だから君もあたしと一緒に楽しく研究してお金もらって生きようよ!」
乗るな俺!これは悪魔の提案だ。確かに一時はそれでお金を稼げるかもしれない。けれど、研究なんてものは上手くいくかどうか分からないし、安定した職とは言いがたい。出来れば俺は一生食いっぱぐれない職に就きたいのだ。
それにおそらく彼女の提言に乗ってしまえば、俺は絶対に彼女のようになってしまう。研究にのめり込んで授業に出ず、ずるずると留年を繰り返すことになる。それはダメだ。
なぜなら俺の後ろには望まずしてかんむり屋の皆の期待が背負われている。それを裏切るようなへまは出来ない。
俺は魔法使いになるんだ。出来るだけ勉強も宿題もせずに!