魔法を見せます
「マツバくん、あなた、魔法が使えると言いましたか」
「は、はい。あ、でも一つだけですし、そんな大したことは出来ないというか…………」
ライラ先生が先ほどまで浮かべていた柔和な笑顔は見る影もなくなっている。あまりよく考えずに言葉に出してしまったけれど、特に平民の俺が魔法を使えるとなれば驚かれるのも無理はないのかもしれない。
魔法を使えるようになるには、誰かに習う必要があるというのが通説である。その誰かというのは、本当に誰でもいいというわけではなくて、きちんと魔法を修めた証である魔法使いの称号を国から与えられた者に限られる。
まぁつまり、魔法が使えるガキというのは基本数少ない魔法使いを雇えるくらいの金持ちの子どもに限られるのである。おそらくカサブランカ嬢なんかは祖父が学園長ということもあって何かしらの魔法を使うことが出来るだろう。
要するに平民の俺が学園に入学する段階で魔法を使えるというのは凄く特殊な状況であるというわけだ。
「そうね…………だったら少し見せてもらおうかしら。どんな魔法が使えるの?」
「はい!俺は火の魔法が使えます!」
「火…………そうね。じゃあここで火を出してみて」
「ここでですか!?もっと開けた場所じゃないと危ないんじゃ…………」
「大丈夫、自己紹介でも言ったけれど、私は水魔法のプロフェッショナルよ。もし誤っても必ず消火できるわ」
「分かりました!」
少し落ち着きを取り戻したように見えるライラ先生は俺にこの場で魔法を使うことを命じた。たくさんの重要そうな書類が山積している机の側で炎を出すのは少し憚られたけれど、ライラ先生の言葉を信じてみることにする。
それに、俺の炎は燃えない炎、ボヤである。俺が操作を間違わない限りは大丈夫だ。
かんむり屋でのショーの直前と同じように目を閉じ、心を静めて、体中に循環している魔力を意識する。掌から表出された炎はしばらく空中をたゆたった後に形を変え、犬の姿になる。
「これが俺の使える唯一の魔法…………え?」
さて、自分の使う魔法はどのように評価されるのかな、とワクワクしながら目を開けると目の前に大きな水の固まりがあった。それはすぐに俺を巻き込むようにしてボヤに直撃したのであった。
急なことだったから避けるわけにもいかず、目の中、鼻の中、口の中と問わず、俺の顔の穴という穴に入り込んだ。思わず息をしようとして空気を吸い込むと、気道にまで水が入り込んでしまい、当然のように噎せ返る。
げっほげっほと荒い呼吸のさなかに咳き込んでいると、ライラ先生が慌てた様子で俺の背中をさすってくれる。数十秒後に息が整うまで、俺もライラ先生もずっと混乱していたようだった。
「マツバくん、ごめんなさいね。炎が思ったよりも大きかったものだから、危ないと思ってついマツバくんを巻き込む形で水球を表出してしまったわ」
「そういうことだったんですね…………いきなり何事かと思いました」
「でも、許してちょうだいね。あの大きさの炎が近くにあったら火傷してしまうところだったわ」
ライラ先生の言葉に嘘はないだろう。おそらく先生なりの善意から来る行動だったに違いない。多分先生は俺が魔法を使えるといったとき、マッチの先ほどくらいの火を想像していたのだ。しかも俺の炎が燃えない使用であるなんてことは知る由もない。つまり、先生は俺を助けようとしてくれていたのだ。
単に俺の説明不足と言える。これは感謝こそすれど、怒る筋合いにはないだろう。だから、きちんと説明をせねばなるまい。
「先生、俺の炎は燃えないので大丈夫ですよ。ほら見てください」
改めて掌の上に炎を出す。今度はボヤほどに大きくはせず、手の上に収まるくらいの小さな炎だ。
ライラ先生は再び焦りこそしたものの、俺の手がなんともなっていない様子を見て俺の言葉が本当であるということが理解できたらしい。
「これは…………どうなっているの?燃えない炎なんて聞いたことがないわ」
「えっと、炎の周りに燃えない空気を纏わせているんです」
「燃えない空気…………?」
馬鹿正直に説明してすぐに自らのミスに気づく。俺には前世から引き継いだうろ覚えの化学知識があるけれど、そんなものはこの世界では常識ではないのだから説明すべきではなかった。
ライラ先生は深く考え込むように俯いて、なにやら呟いていたかと思うとすぐに顔を上げて俺の目をしっかりと見た。
「そうね、マツバくん。あなたはもしかしたらすごい魔法使いになれるかもしれないわ。それにこんなに素晴らしい魔法を使えるなら、短時間就労よりもっといいやり方があるかもしれないわね」
「もっといい方法ですか…………?」
「そう。でもそれは私は詳しくは知らないの。だからこれから時間があるなら一人紹介したい人が居るの」
俺が想像していた話の展開からは一切別の方向へ舵を切られていて、ついて行けていないけれど、どうやら俺にとっていい話があるらしいことだけは確かのようだ。
ちなみに俺が今一番懸念しているのは、この話を耳にしたカサブランカ嬢がものすっごく嫉妬して面倒くさそうだなぁということである。