先生に相談だ
久しぶりに書きました。
さて、案の定カサブランカ嬢に絡まれたわけだが、彼女の問いへの答えはもう決まっている。
「まだ、決めてないよ。初回授業を受けてから決めようと思ってる」
そう、まずは初回の授業でシラバスを集めまくり、楽単を選別しなくてはならない。
その答えに彼女は納得したのか、頷いて続いて言葉を返してくる。
「そう、分かったわ!ならとりあえず全部一緒に受けるわよ」
ふざけんなよ。
失礼、取り乱しました。大人にならなければ。
「うん。ぜひ、よろしくね。ブラン」
落ち着いて考えよう。宿題やらない大作戦を実行するに当たって、そもそも初回授業だけは様々な講義を受けようと考えていたのだ。だから、それに比べたら少し増えただけ…………
ってそんなわけあるか!さすがに必修以外の知識系統の授業は初めから選択肢から外そうと思っていたのだ。しかも初めの一回だけとはいえ一限から六限までを授業で埋め尽くすなんて、どんな地獄だ。
しかし断れない。なぜなら今は雌伏の時。後に訪れる幸福を得るために今は苦しんででも利を取りに行くのだ。臥薪嘗胆という言葉が前世にはあったがその気概に近い。
内心煮えくりかえっているが、そんなことは表に出すことなく笑顔を貼り付けておく。これはブラック企業に勤めたことのあるものならば、誰でも使うことの出来るスキルの一つである。
「ふん!私の方が優秀だって認めさせてあげるんだから!覚悟してなさい!」
負け惜しみを残してカサブランカ嬢は踵を返した。歩いて行った方向から見て帰宅するらしい。今日はもう授業がないからな。同じように他の人たちはすでに帰っているらしい。
さて、俺は俺で目的のために動かねば。
「ライラ先生。今お時間よろしいですか?」
「あら、マツバくん。まだ残っていたのね。何か用かしら?」
「少し聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
ライラ先生に色々と聞きたいことがあるのだ。これも宿題やらない大作戦のうちの一つ『教授と仲良くしておく』にも通じてくる。情報収集しながら好感度まで稼げるなら言うことなしである。
「えっと、ご存じかと思いますが、自分は平民の出でして」
「ええ、もちろん知っているわよ。お金持ちのご家庭ではない入学者はすごく珍しいもの」
「実はうちは平民世帯の中でも特に貧乏な方なんです。この学校にも色々な方のご支援のおかげで入学することが出来ました」
ライラ先生は僕の言葉にうっすらと目を細めた。
「実はね、私もそうだったのよ」
「ライラ先生もですか?」
「ええ、父母が働いていた商会の会長さんに頭を下げてくれて、お金を出してもらったの。もう何十年も前のお話だけれど」
まさか近くに似たような境遇の人がいるとは思いもよらなかった。もしかすると俺がこのゼミに配属されたのはそういう背景も関係しているのかもしれないな。
「だからマツバくんが困ったことがあれば相談に乗ってあげられると思うわ」
「ありがとうございます!それもあってなんですけど、実は俺、放課後に短時間就労をしようと思っているんです」
「働きたい、ということね」
「はい。俺はもともとかんむり屋という食事処で働かせてもらっていました。しかしこの学校に入学する際にやめることになりました。つまり、父なき今、うちは母の稼ぎだけでまかなわれています。以前母は俺を学校に通わせようと無理をして働こうとしました。今回もそうなる気がしています。だから俺は少なくても構わないからお金をうちに入れていきたいんです。でも、学業との両立が出来るか心配で…………だから相談させてほしいんです!」
本当は学業と両立しようなんざ更々思ってはいない。ただ単純に働いてお金を稼ぎたいだけなのである。それに放課後にアルバイトすることが認められれば、宿題をやらずにすむ可能性も出てくるかもしれない。特に今回は“家族のため”という名目だから人情が動かされやすいだろうと目論んでいる。
現にライラ先生は深く溜息をついて心が動かされているご様子。これはもしかするのでは?
「そうね…………両立はすごく難しいことだわ」
そんなことはなかったようだ。まあかなり無茶な相談である事は自覚している。
「手助けしてあげたい気持ちは山々なんだけれど、それで家庭学習がおろそかになってしまうと、そもそも授業についていけない、なんてことが起こり得るのよ。特に一年目は大変なの。体内の魔力を魔法として体外に表出させるのに慣れるのにすごく時間がかかるわ。一年間かけても出来ない人は出来ないくらいよ。だから…………まずは学業に専念した方がいいわ。代わりと言ってはなんだけれど、ご家庭の生活費の融資の相談は出来るわ」
そっかぁ…………魔力を魔法として表出するのって時間がかかるんだよな。そういえば、そうだった。小さい頃何度も何度も一日中魔法が使えないかって試行錯誤しては失敗してを繰り返してたっけ。一年じゃ出来ないっていうのも納得だ。俺は二歳くらいの頃から頑張り始めて、初めて小さな炎を灯すことが出来たのが五歳の頃くらいだった。
そりゃ、毎日勉強して実践してを繰り返す時間がないと、この学校のカリキュラムに着いていくことが出来ないかもしれない。仕方ない、融資の相談だけでも――――
ん?俺、もうその段階とっくに終わってね?
「先生、俺もう魔法使えるんですけど…………」
「…………今、なんと?」
穏やかなライラ先生の表情が驚愕に染まった。
あれれ~?俺なんかやっちゃいました?