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コドモとオトナ

 席につくと隣からめちゃくちゃ(私、不機嫌です)のオーラが漂ってくる。内心イライラするのは仕方ないことだとは思うけれど、馬鹿正直に感情を表に出す所は、勉強はどれだけ出来るといえど、まだまだ子どもなんだな、と実感する。



 仕方ない、ご機嫌取りでもしますかね。



「おはようブラン」


「お、おはよう」



 ブランと呼ばれたことに、というか呼ばせたことに今更後悔しているのか、すぐに顔が真っ赤になった。昨日は怒り心頭だったところに優しくされたから知らぬ間に心を開いてしまったのだろう。頭を冷やしてみれば自分がなんだかはしたないことをしてしまったような気がして恥ずかしくなってしまったけれど、やっぱり昨日のはなかったことにしてと言うのも彼女のプライドが許さないから、俺にブランと呼ばせるしかないというところか。



 ただの予測なんだけれど、結構正解なんじゃないだろうか。彼女の思考はまっすぐだから読みやすい。



「なんか朝から機嫌悪そうだけど、何かあったの?」


「別に!見たくないものを見せられだけ!」



 見たくないものというのは当然エトのことである。彼女は声のボリュームを落とすこともなく、はきはきと言い切っているため、もちろんエトにも聞こえており、エトも馬鹿ではないので彼女が言っているのがどういうことなのか理解しているようで、苦笑している様子だ。



 しかし、エトからカサブランカ嬢に対して敵視する様子はない。三十二にもなる男が年齢がようやく二桁になったぐらいの女児と喧嘩を始めたら俺はドン引きする自信がある。みっともないことこの上ない。



 そういえば、昨日の自己紹介でカサブランカ嬢の年齢は聞けなかったな。俺より年上なのだろうか、年下なのだろうか。それとも同じなのか。気になるから聞いてみるか。



「ねえ、ブラン。もっとブランのこと教えてよ」


「仕方ないわねどうしてもっていうなら教えてあげなくもないわよ。マツバだけ特別なんだから!」



 ツンなのかデレなのかよく分からない返事だ。高慢と言った方が適切かもしれない。



「うん、じゃあブランは何歳?」


「えっと十歳…………ちがう!女性に年齢を聞くなんて“でりかしー”がないわね!」


「ああ、ごめんね。気をつけるよ」



 どちらの方が先に生まれたのかは分からないけれど、同い年のようだ。前世の分も加算すると大体四十歳の立派なおっさんの俺とは違って、彼女は正真正銘の天才であり、秀才でもある。まあ、リソースを勉強に費やしたせいか、コミュニケーションの部分は残念きわまりないけれど。



 良い機会だし他にも何か聞いてみようかな。


 

「じゃあ、ブランはどんな魔法がつかいたいの?」


「えっ…………?どれかじゃないとダメ?」


「えっ?どういうこと?」



 魔法学院に入ったのだから、どんな魔法を使いたいのかは話のフックとして最適だと思ったのだが、カサブランカ嬢はそんなこと考えたこともなかった、とそのまま顔に書いてあるくらい間抜けな表情を見せた。



「全部よ!全部使いたいし、使うの!全部使えなきゃ伝説の魔法使いになれないもの!」


「ああ、そっか。凄い魔法使いになるんだもんね」


「そうよ!だからマツバには絶対にまけないんだから!」


「俺に…………?」


「そうよ!まさか私と同じくらい優秀な子どもがいるとは思わなかった!だからあんたは私のライバル!いいわね!」


「受けて立つよ」



 どうやら彼女にとって魔法は全て使えるべきだし、使えて当然という考え方だったのだろう。全て等しく使えなければならないし、使いたい。理想の高さが実に彼女らしかった。是非とも出来るように頑張って欲しい。



 俺は金を稼げる魔法が使いたいな。他には勝手に宿題をやってくれる魔法とか、暗記せずとも脳に知識を勝手に蓄えてくれる魔法とか、移動が格段に楽になる魔法とか。とにかく俺が楽できる魔法がいい。



 後、勝手にライバルに設定されたみたいだけど、別に俺は張り合うつもりはないので、俺の生活に役立つ魔法の発明や研究ならじゃんじゃんやってもらって、利益だけを受け取らせて欲しい。



 だから敵対などせず、彼女の言うことには全肯定し、持ち上げることで良い気分に浸っていてもらおう。



「私が大魔法使いになったらマツバのことを使用人としてこき使ってあげるんだから!」


「ほう…………?」



 それはきっと子どもの妄言だった。カサブランカが抱く夢を叶えた暁には俺を下に置いて見下してやるという一種の戦線布告だったかもしれない。



 でも俺にとってその言葉はちょっと重みが違った。



「仕事内容は?週休は何日?年収はどれくらい?ボーナスはある?福利厚生は?…………ごめん。何も聞かなかったことにしてもらっていいかな」



 学園長の孫で天才秀才児であるカサブランカの部下として働くことが出来るとしたときの、毎月の給金に思いを馳せた途端、俺の心の中のブレーキが制御を失ってしまったようで、口から次々と子どもらしからぬ単語が飛び出してしまった。急に変化した俺の姿に呆然とするカサブランカの顔を見て、自分の失態に気づく。



 でも仕方ないじゃん?金を稼げる仕事にスカウトされたんだ。もしかすると今の生活状況から母を救い出せるかもしれないと思えば、詳しく条件を聞いて吟味したくなるじゃないか。



「な、何!?今のは何!?分かんないわよ!聞かなかったことになんて出来ないわ!ちゃんと説明して!」



 あーあ、やっちまった。後悔先に立たずである。急にうるさくなったカサブランカにどう説明したら良いか迷っていたところ、思わぬ所から声が飛んできた。



「雇用条件の確認だろ?今の。君、本当に十歳か?信じられねえ。学園長のお嬢様よりすげえ奴がいるとは恐れ入った」



 長机の対角線の先、顎ひげを無造作に生やし、何故か白衣を着用しているエトが面白そうにこちらを見ていた。真横からの視線がちくちくと痛くなるのを感じる。



 おい、おっさん。俺は俺のためにカサブランカ嬢と仲良くならなきゃいけないってのに、対立煽ってくんじゃねえよ!と怒鳴ってやりたいところだけれど、そうもいかないのでグッと黙り込んで笑顔を浮かべる。



 隣で怒りのボルテージがどんどん上がっているような気がしてちらと様子を伺ってみると、もう破裂寸前といったご様子。



「えーっと、ブラン?後で時間が取れるなら説明するから…………」


「マツバ、あなた私と同じくらい優秀っていうのもライバルっていうのも気にくわなかったんでしょ!」


「は?」


「だから私にわからないようなことばっかり言って!私なんか相手じゃないって言いたいんでしょ!」



 ちょっと待ってくれ。思考の展開が異次元過ぎて追いつかないから整理をさせてほしい。つまり彼女の言っていることはカサブランカが俺に『自分と同じくらい優秀』『ライバル』と発言したことに俺が腹を立て、『お前なんか相手にもならねえよ』と宣言するためにカサブランカの知らなさそうな知識をひけらかして彼女のことを馬鹿にしたと曲解されているということ…………? 



 …………なんだって?



「いいわ!私が優秀だってこと、証明してあげる。だから、マツバ!私と勝負しなさい!」


「勝負だって?」


「四の月の最終考査!評価で勝負しなさいって言ってるの!」


「なぜ、いきなり…………?」


「マツバが現状私より賢いのは認めてあげる。でも同じ年で私より優秀な奴がいるってのが気にくわない!」


「そんなはっきりと言わなくても…………」


「だから、追いついて、ううん、追い抜いてあげるから首洗って待ってなさい!もちろん手加減なんかしたら許さないんだから!」


「えぇ…………」



 カサブランカ嬢は自分の言いたいことだけを言い切ると、悔しそうに顔を伏せた。



 いつの間にかすっごく面倒なことになってしまった。というか勉強せざるを得ない状況に陥ってしまった。それもこれもプライドの高いお嬢様の前で知識をひけらかすような真似をしてしまった俺に原因があることは明らかだった。



 ふっざけんなよ俺!なんてことしてくれたんだ!

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