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誘導


 目的の書籍を購入した海里は、自宅まで残り半分ほどである帰宅の道中で足を止めていた。海里の視線の先では車が何台か通過しており、奥には赤い光が灯った信号機がある。


(ここの道の信号って多くて長いんだよなぁ。回避の道を行くか)


 目の前の信号機を超えた先に目を向ければ、これから足止めをしてくるだろう信号機がいくつも見えるのが分かる。書店へ行くときにも通ったが、久しぶりに景観を見るのもいいかと考えていたので、海里はゆっくりと歩いて時間をかけて進んでいた。しかし、今やその景観を見るための明るさが不十分であり、晩御飯に間に合うように帰らなければいけない。早く帰宅するためにも、長時間の足止めは避けたいのだ。


 赤と青の切り替わりが遅い信号機を回避するには、その通りを1つか2つずれた幅の小さい道を通ればいい。そういった道は信号機が少ない道になっていることが多く、左右を見渡して安全を確保できれば渡ってしまう人は多いだろう。海里もその内の一人だ。


 目の前の信号機の色が赤から青に切り替わると、海里は左右を確認して交差点を渡る。このまま真っすぐに進むと信号機が多いので、現在歩んでいる通りをずれて小道に入った。


 夕暮れ色に染まりつつある時間。陽の光が多く当たる大通りならば周囲を認識することができる程度の明るさである。しかし、陽の光が当たりにくい薄暗くてほんのり恐怖を感じる小道では、認識できる範囲は狭くなる。そんな道を通る海里は、カラスの鳴き声が聞こえるとびくっと体を震わせて進む速さを少しずつ速めていく。


 駆け足に近い状態で進んでいくが、信号機がない交差点に差し掛かると、車が向かってきていないか左右を確認するために立ち止まる。信号機という安心材料がない分、頼れるのは己の目だけだ。安全確認を行った後は、再び足を動かして道を進んでいく。


 カラスの鳴き声に少し怯みながらも、進んでは止まって左右を確認し、また進んで行くことを幾度か繰り返し、そろそろ大通りに戻ろうかと考え始めた頃。


 十字路に差し掛かったため、左右を確認しようと足を止めた海里の視界に、薄暗い奥の通りから三羽の鳥が向かってくる姿が映った。


(ん? あの鳥は……)


 一羽の鳥を先頭に、その後ろを二羽の鳥が左右に並んで歩いている。


 海里は、書店へ向かうときに見た不思議な鳥を思い出した。翼を用いることなく空中で滞空していて、目が合ったと感じた瞬間に、姿を消した不思議な鳥を。遠目での確認だったが、そのときに見た鳥の姿は、白い体に黒い模様が散在している姿だと記憶している。


 奥から向かってくる先頭の鳥もまた、白を基調にして黒い模様が綺麗に散りばめられている姿をしていた。近くで見ると、胴体はふっくらとして頭は丸みを帯びている鳥だ。海里は、明るい空を見上げた際に目撃した不思議な鳥と同じ鳥かと疑問に思ったが、少し考えて首を横に振る。昼に目撃したときは太陽の眩しさと距離の遠さによって判然としていなかったので、目の前の鳥と同じとは言い切れない。だが、昼と夜に同一の鳥に出会うことはあまりないだろうと考えたからだ。


 目の前の鳥が妙に気になった海里だが、とりあえず家に帰ることが優先だと考えて、早く先へ進むことにする。立ち止まっている十字路で、左右に人も車も見えないことを確認すると、道を進むために目を奥へと向けた。


 先ほどまで歩いていた鳥たちは、海里の行く先を阻むようにして立ち止まっている。その視線は海里に向けられているようだ。海里が先へ進むために足を動かして移動すると、鳥たちの視線も海里の動きに合わせて移動する。


 まだ道を渡り切っていない海里の足が止まった。道幅が狭いとはいえ、三羽の鳥が並ぶだけで通り道が無くなるほどではない。だが、通り道がより狭くなることは確かであり、自身を見つめてくる鳥たちの近くを通る気にはなれなかった。


 なぜ自分を見つめてくるのか疑問に感じた海里は、鳥たちに視線を返す。するとタイミングよく、近くに設置されている街灯に白い光が灯った。先ほどは先頭の鳥のみに意識が向いていたが、その後ろに追従しているかのような鳥たちも確認することができるようになった。


 後方に控える二羽の鳥は、カラスに近い見た目をしている。海里の膝丈ほどの高さをした、すらりとした細身の肉体だ。大部分が黒で覆われているが、一般的なカラスと異なり、首と尾の付け根周辺は異なる色をしている。海里から見て左の鳥は熟したイチゴの実のような赤色を、右の鳥はタンポポの花のような鮮やかな黄色をしている。白い光に照らされた二羽の姿は、凛々しさと美しさ、そして可憐さを感じさせるものだ。


 そんなことを海里が考えていると、どこかから日常に聞く本物のカラスの鳴き声が聞こえてきた。


「うおっ!」


 不意に聞こえてきたことで、海里は驚きの声とともに少し跳びあがり空に目を向ける。夕焼け色に覆われていた空は紫色に移り変わっており、時間がないことを思い出させてくれる。


 海里は鳥たちの横を通ることを諦めて、大通りに戻る道を進むことにした。待機時間の長い信号機は既に回避できていたので、無理をしてまで小道を進む必要性もない。


 そんなことを考えた海里だが、足を大通りへ戻る道へと向けて一歩進んだときに、さらなる驚きが舞い込んだ。


「上松海里だね」


「……え?」


 視線を向けてくる鳥たちがいる方向から、自分の名を呼ぶ声が聞こえたのだ。だが、海里の近くには人はいない。目の前にいるのは自分を見つめている鳥だけだ。左右を再度確認するも、人も車も通る気配すらない。


 そんなはずはないと思いながらも、海里は目の前の鳥に目を向ける。


「驚かせて申し訳ない。時間が迫っていてね。今はとにかくついてきて欲しいのだが、構わないだろうか?」


「鳥が、しゃべった!? しかもおじさんボイスかよ!?」


 白い体に綺麗な黒い模様の鳥は口を動かして声を発した。


 誰かに教えられた言葉をオウム返しで話しているのではなく、明らかに鳥自身の意思で言葉を流暢に使用している。しかも渋いおじさん声だ。


 海里は驚きと共に一歩後退した。三羽の鳥の視線に追いかけられる事以上に困惑していると、控えていた後方の二羽からも声がかかる。


「驚くのは分かりますが、今回は飲み込んでください」


「お願い。今から案内する場所に行って欲しいの」 


 落ち着いた声音で海里に向けて諭すように話しかけたのは左の鳥だ。イチゴのような赤色を体に持つ鳥は、年上のお姉さんを思わせる声質でクールな性格をしているようだ。


 焦燥感を含む声音で海里に懇願するかのように話しかけたのは右の鳥だ。タンポポのような黄色を体に持つ鳥は、幼さの残る女の子の声質で感情が出やすい性格をしているようだ。


「うそだろ……」


 驚愕で立ち止まっていた海里はぼそりと呟いた。流暢に喋る鳥が自分に向けて声を掛けてくる現状の理解が追い付いていないからだ。


 そんな海里の耳に、再び上空でカラスが鳴く声が聞こえた。突然の音にびくっとする。


「どうやら本当に時間が来たようだ。上松海里、申し訳ないが、今はついてきてくれ。いいね?」


「……はい。行きます」


 カラスの声は何かの合図だったのか、おじさんボイスの鳥が海里に向けて言葉を放つ。有無を言わせない口調であるため、断固として拒否をしたい海里だが、承諾の返答しかできなかった。


 ついて行くと言ったからには、目の前の出来事は一度頭の隅に寄せて置き、気持ちを切り替えていく。


 海里の気持ちが切り替わったのを見計らったかのように、おじさん鳥は左右の鳥を連れて飛び立った。低空飛行をしているので、これについて行けばいいと判断した海里は走り出す。レジ袋を片手に持っているため、それほど速く走ることができず、何度か目標の鳥たちを見失ってしまう。そのたびに女性の声を発する鳥たちが海里に一声かけるので道に迷うことはなさそうだ。


 海里は右へ左へと走らされた。数分間は走ったと思われる。


 やがて、おじさんボイスの鳥も女性ボイスの鳥たちの案内も途絶えた。どうやら目的の場所への誘導を終えたようだ。


「はぁ~。道案内が終わったってことかな。結局、どういうことか分かんないし。まさかのファンタジーに巻き込まれたか?」


 海里は呼吸を整えてからそう呟いた。


 先ほどまでの出来事は、まさしく非現実的なことだ。それが現実に起きたのだ。海里がよく読んでいるライトノベルでも、ファンタジーに巻き込まれる物語はいくつかあった。だが今回は、始めに海里の名前を告げられた。巻き込まれた、というよりも、海里は自身の知らないところで深く関わっている。そう考えるのが妥当であろうか。


「はぁ~。あの鳥はここに連れてきたかったってことでいいのかな。特になんもないけど」


 混乱から立ち直るために再び深い息を吐いた海里は周囲を見渡す。


 辺りは既に暗くなっているので、周囲に高い建物が建ち並んでいることと、建物同士の間から吹いてくる冬よりの冷たい風だけが海里の把握できることだ。


「まいったなぁ。これじゃ晩飯までに帰れるか分からないな。いや、もう無理だろうなぁ」


 体力にはまだ自信があるので、帰宅できる道さえ分かれば走って帰宅することは可能だろうが、既に日は沈んでいる。晩御飯には確実に間に合わないだろう。海里が返ってこないことに両親は心配しているかもしれない。不思議な出会いに拒否ができなかったとはいえ、海里は憂鬱な気分になる。


「とりあえず電話するか。……ん? なんだ?」


 信じてもらえるか分からないが自宅に電話して事情を話そうと、海里は携帯電話を取り出そうとした。


 そんな海里の耳に、どこかからかバチッという電気が走ったような音が小さく聞こえる。音が気になった海里は、周囲を確認するが薄暗い道で何も見えない。しかし、バチッという音は何度か聞こえる。確認だけでもしようと、海里は耳を頼りに音の発生源を見つけることにした。


 海里が見つけた音の発生源は、冷たい風が吹いている建物同士の間にある路地にあった。


「なに、これ?」


 海里は呟く声が震える程の衝撃を受けた。音の発生源の正体は見つけたが、それが何なのか理解できなかったからだ。


 周囲は薄暗いといっても、月明かりや建物から漏れる光があるので全く見えないという程ではない。しかし海里が見つけた何かは、一歩進めばぶつかりそうな距離から見ても、周囲の光程度では先が全く見えない真っ暗な穴で、空間そのものに張り付いているようなものだった。


 海里の胸の高さよりも少し低い辺りに中心があり、顔が入る程の大きさがある。穴の一部に白い筋が走ることがあり、その際にバチッと音を立てていたのだ。これを見て驚くなというのは無理であろう。


 茫然としていた海里の前で、音が鳴る間隔が速くなって多くの白い筋が走り、バチバチという連続音に変わりだすと穴全体が白く光ったかのようにとても明るくなった。


「まぶっ!」


 穴を見ていた海里はその明るさに目を開けていられなくなる。腕を上げてレジ袋をも盾に光を遮断する。


 穴全体からの発光は僅かな時間だった。その光が消えると、路地にあった空間の穴が無くなっており、海里の姿も消えていた。その場には、ただ、冷たい風が吹いているのみだった。



不明点等ありましたら、遠慮の欠片も不要です。

ここが分からない。何を言っているか理解できない。

ここが良かったなど、今後の参考にさせていただきます。

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