プロローグ
導入のため、とても短いです。
発光する鉱石が点在する洞窟。その淡い光が、静寂のなかで幻想的な揺らめきを放っていた。
岩肌の壁や地面には、亀裂や陥没がいくつも走っている。自然のものとは思えない――激しい戦闘の爪痕だ。
「ドンッ」と、鈍く重い音が響く。地面が新たに崩れ落ちた。
「――庇うの? お荷物くんは、先に処理しようと思ってたのに」
皮肉まじりの声が洞窟に響く。紫のマントを翻した女が、長い箒を構えていた。
その穂先は、十数メートル先――倒れた少年を庇うように立ちはだかる少女へと向けられている。
魔法の一撃は、少年に届く直前、少女が割って入ったことで逸れ、地面に深い陥没を刻んだ。
「……ふざけないで」
少女の声は震えていたが、確かな怒気を孕んでいた。
衣装はアニメのコスチュームさながら。淡い水色の制服風ドレスに、リボンと袖口には緑がかった鮮やかな青。
両腕を前に突き出し、必死に立ち続ける彼女の姿は、痛ましくも気高かった。
「ふざけてなんかないわよ。ただ、“力”のない人間なんて、足手まとい以外の何者でもないでしょ?」
女は箒を肩に担ぎ、嘲笑を浮かべる。
「……そんなこと、ない」
「へえ。でも、関係ないわ。どうせ死ぬんだから。――先か後か、その違いだけ」
言葉と同時に女が踏み込み、風を切って距離を詰める。
「っ……!」
「ほら、もっと足掻いてよ! 私を楽しませて!」
箒が唸り、少女の身体を容赦なく打ち据える。
咄嗟に構えて受け止めるが、反撃の隙すらない。防戦一方。痛みが四肢を蝕み、防御すら限界が近い。
それでも、少女の瞳は決して折れていない。
「――その目、いいわ。諦めない人間の目。強くなる目。……生きていれば、だけど」
攻撃が激しさを増す中、倒れた少年は、ただ呆然とそれを見つめていた。
彼の名は、上松海里。
中学二年生。地味なTシャツにゆるめのズボン。戦場にはあまりにも不釣り合いな姿。
先ほど、女の蹴りを受けて吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。
呼吸がうまくできず、激痛が背を襲う。壁にもたれたまま、視線だけを前へと向けた。
(痛い……死にたくない……!)
心の奥底から湧き上がる恐怖。
命の危機はこれまでにも経験したが、いつも何とかなってきた。努力すれば超えられる壁だった。
だが今の敵は違う。頑張ればどうにかなる――そんな希望を、初めから許してくれない相手だ。
逃げたい。目を閉じれば、この苦しみから逃れられる。
だが――視界の片隅に映った少女が、海里の意識を繋ぎ止めた。
少女は、明らかに無理をしていた。
自分を庇った傷が影響しているのか、動きは鈍い。それでも、倒れず、背筋を伸ばし続けている。
(どうして……まだ戦えるんだ。逃げた方が楽なのに)
人は追い詰められれば、楽な道を選ぶ。
少女にだって、その選択肢はあったはずだ。
それでも、彼女は立ち止まらない。傷付きながら、それでも――諦めない。
(あの子は……きっと、諦められない理由があるんだ)
そして、海里自身にも問いが突き刺さる。
(俺は……なぜ、ここにいる?)
力のない自分が、なぜこの場にいるのか。
あの時、自ら選び取った“苦しい道”――その理由があったはずだ。
答えを探すように、記憶が甦る。
春休み。中学三年を目前にした少年が、少女と出会った、あの日から始まった――濃密で、かけがえのない数日間が。
不明点等ありましたら、遠慮の欠片も不要です。
ここが分からない。何を言っているか理解できない。
ここが良かったなど、今後の参考にさせていただきます。