8.作戦会議
食事をとりながら作戦会議が始まった。
「ちなみにおまえは協力に漕ぎつけた後どうするつもりだったんだ」
「実はかなり勢いで来たのであまり詳しくは……伯爵に王都まで来ていただいて、ネイサンの前で恋人宣言をすればいいかな、と」
穴だらけの計画は、我ながら目も当てられないくらいにひどい。
案の定オスカーは呆れ切った顔で眉根を寄せた。
「馬鹿者。そんな軽々しくご紹介なんかしたら、吸血鬼の神秘性と信憑性が粉微塵だ。ちょっとどうなるか想像してみろ」
言われた通り想像する。
こちら吸血鬼のブラッドベリ伯爵です。
私の恋人なの。
怖いでしょ。
だからもう近寄らないでね。
「鼻で笑われて終わりました」
「だろうな」
正直に伝えたら伯爵が笑った。
いくら怖がりのネイサンでも、こんな間抜けな方法では騙されてくれないだろう。
「まあ単純にブラッドベリ領に隠れ住んでもいいが、話に聞く執着ぶりだとまだここらに潜んでいる可能性もある」
言われてゾッとする。
さすがにまだ昨日と同じ場所にいるとは思えなかったけれど、王都までの経由地点の村や、領内の宿なんかで待ち構えているかもしれないのだ。
「何年もやつの存在に怯えながら暮らすのも鬱陶しいだろうし、自分がその気にさえなればどうとでもなると思っているその性根も気に食わん」
オスカーは真面目な顔でうんうん頷きながら続きを語る。
その表情は、私がされてきた仕打ちに憤ってくれているようでもあるし、正義感に駆られているようでもある。
「その根性をへし折るためにも、吸血伯爵に気に入られて手を出せないという構図を見せつける必要がある」
だけどどこかウキウキしているように見えるのは気のせいだろうか。
「何よりそれくらいしなきゃ俺がつまらん」
悪びれもせずに本音を言いきられて思わず仰け反る。
「たまに来る客人を脅すだけにも飽きた。これを機に王都へ進出しようじゃないか」
そう宣言して行儀悪く足を組む。
不敵に笑う表情も相俟って、私にとっては救世主のはずなのに、失礼ながらどう見ても悪役にしか見えなかった。
「どうせやるなら派手にぶちかましてやろうぜ」
「うわぁ! めちゃくちゃ楽しそう!」
シキがキラキラした顔で言う。
「こちらの苦労も考えてくださいませ」
「ああ? 最近マンネリしてきたとか言ってたのは誰だこら」
「誰でしたかしら」
オスカーの隣で優雅に食事を進めながら、ミラが白々しく微笑む。
その完璧なまでに美しい笑みに思わず見惚れてしまう。
「それで、具体的にはどうなさるおつもりです?」
「ちょうどこれから王都では社交シーズンだし、久しぶりに街屋敷へ移動しようと思う」
社交シーズン。
話についていけず目を回していたけれど、それを聞いた瞬間にわかに緊張が走った。
「あの」
「うん?」
「私、実は社交界がどんなものかもよく分からないのですが……」
「……おまえ今いくつだ?」
貴族令嬢にはありえない発言に、オスカーが思い切り顔をしかめた。
「じゅうはちです……」
恥ずかしさのあまり、絞り出すように答える。
普通社交界デビューはよっぽどの事情がない限り十六歳だ。
妹も今年デビューのはずで、何着もドレスを新調しては私のスカスカのワードローブを見て嘲笑っていた。
「なぜ、……ってああ、例の婚約者……」
「はい……変な虫がついても困るからと舞踏会にも晩餐会にも出たことはありません……」
オスカーの案には全力で従うつもりだが、そんな状態でいきなり社交界デビューとなっても不安でいっぱいだ。
「結婚後に備えて礼儀作法やダンスは最低限仕込まれましたが、正直上手く振る舞える自信がありません」
自分から助けを求めたくせに、せっかくの提案にもロクに応えられず情けなさのあまり頭を抱えたくなる。
「まあそう気負うことはない」
沈む私に、嫌な顔ひとつ見せず悠然とした態度でオスカーが励ましの言葉をくれる。
「そういう旦那様こそ何年ぶりですか?」
「さあな」
対するオスカーも社交界慣れしてない様子なのに、ミラの言葉に余裕綽々の顔で肩を竦めた。
「こんなものは訳知り顔で堂々としていればいいんだ」
根拠のない自信だが、オスカーが言うと妙に説得力がある。
それでなんだか少し、肩の力が抜けてしまった。