表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/53

7.賑やかな食卓

「うぃーっす、おはざまーす」


出し抜けに聞こえた声に、びくんと身体が跳ねた。


「起きたっすか? お水飲みます? それとも先トイレ行っときます?」


矢継ぎ早の質問と共に、見たこともない少女が私の顔を覗き込むようにして上から見ている。


珍しいことに余程深く眠っていたようで、状況がよく飲み込めなかった。


呆然としたまま起き上がって窓の外を見れば、太陽がずいぶん高くまで昇っていた。


その窓の形にもカーテンにも見覚えはなかった。


「ここ……」


どこ、と口にしようとして一気に昨日の記憶が蘇った。

ここはブラッドベリ伯爵の屋敷にある客室だ。


それから少女の方に視線を向ける。


彼女は親し気に笑いかけてきたけれど、やはり私の知らない少女だ。

ミラと同じ黒髪だが、明らかに若いし彼女のような妖艶さとはかけ離れた、健康的な美少女だった。


「ども初めまして。シキっす。フレイヤ様の専属メイドとして任命されました」


シキと名乗った少女は元気に自己紹介をし、ニカッと全開の笑顔になる。


「専属……?」


まだ少しぼやけた頭で、なんとか言われた言葉を噛み砕く。


「そっす。主に美容関連の担当っす。なんでも遠慮なく言ってくださいね!」


分かりやすいメイド服に身を包んだ彼女は、ブラッドベリ領出身で住み込みでこの屋敷で働いているらしい。

そしてミラに命じられてここに来たのだという。


オスカーもミラも黒髪だったし、この辺の地方では黒髪が多いのかもしれない。


いまいち理解出来ずに、そんなどうでもいいことに気付く。


シキは一応敬語ではあるが、貴族に仕えるメイドにしてはフランクで雑な喋り方だ。

どこかのお姫様みたいに可愛らしい容姿をしているのに、その少し乱暴な口調がチグハグな気がした。


ミラもオスカーに対して砕けた態度だったし、彼はあまりそういうのを気にしないのだろう。


「……やっぱ喋り方イヤっすか? 旦那様は大丈夫だって言ってたんすけど……」


ロクにコメントも出来ない私に誤解をしたのか、シキが申し訳なさそうに眉尻を下げて頭を掻いた。


「あっ、ううん違うの! 全然気にならないからそのままで大丈夫」


慌てて否定する。


むしろシキの喋り方は、私にとって不思議と心地よいものだ。


家族全員から蔑ろにされていたから、従僕たちも私に同じような態度を取っていた。

言葉は丁寧でも、端々に棘を感じるのだ。


それに比べればシキの友好的な態度は天地ほども差がある。


彼女の言動は確かにヴィリアーズ家なら叱責を受けていただろうけれど、ここはブラッドベリ家だ。

オスカーがよしとしているのなら、私がどうこう言う理由もない。


むしろ親しみのようなものを感じてとても嬉しかった。


「良かった。実は前の勤め先ではあまりに礼儀作法がなってないって即クビにされたんですよ。けど、旦那様が面白がって拾ってくれて」


パッと顔を輝かせてシキが言う。


「直した方がいいとは思ってるんすけどついつい甘えちゃって。フレイヤ様も気になったら遠慮なく言ってくださいね」


照れ笑いしながら言われて首を横に振る。


「私も貴族らしくないとか、使えないとか散々言われてきたから」


至らないところが多すぎて、私も家族をクビになったようなものだ。

何もかもが両親の気に入らなくて、早々に嫁ぎ先を決めて厄介払いしようとしていた。


「だから今更お嬢様扱いされても逆に困ってしまうかも」


シキが素直なので、私も正直に情けない半生を明かして苦笑する。


ミラが、オスカーが、どんな思惑でシキを派遣してくれたのかは分からない。

けれど私はすでにこの少女が好きになり始めていた。


「半人前同士、よろしくね」


そう言って握手を求める。


「えっへへ」


シキは差し出された手と私の顔を見比べてから、照れ臭そうな笑い声を上げて私の手を握り返してくれた。



「それじゃ早速失礼するっす」


鏡台の前に座り、背後からシキが言う。

彼女は丁寧に櫛で梳いて私の髪を整えてくれる。


申し訳ないからと断っても、「これが仕事ですんで」と言われてはそれ以上強く言うことは出来なかった。


「これはお手入れし甲斐のある……」


シキは曖昧に言葉を濁してくれたけれど、自分の髪がダメなのは承知している。

母や妹とは違い、父似のくすんだ赤毛が大嫌いだった。


せめてきちんとお手入れをして少しはマシな見た目にしたかったけれど、それすら叶わなかった。

婚約者のいる身で着飾る必要はないと、少し値の張る洗髪剤はおろか、ツヤを出すためのオイルすら禁じられていたのだ。

年々ゴワゴワしていく汚らしい赤毛は見るに堪えず、けれど貴族なのだからと短く切ることも許されず、ずっとコンプレックスだった。

せめてもの抵抗で、視界に入らないようにいつも後ろで雑に束ねていた。


「どんな髪型がお好きです? オススメはハーフアップなんすけど、サイド編み込みにして垂らしておくのもお似合いだと」

「後ろで括ってくれるだけでいいの」


ウキウキ言われるのを遮るように言ってしまう。

だけどどんな髪型にしたってどうせ私には似合わないのだ。

そんなものに彼女の貴重な時間を割いてもらうのは申し訳なかった。


「え、でも」

「お願い」


困惑するシキに重ねて言う。

シキはしょんぼりした顔になりながらも、私が頼んだ通りにしてくれた。

胸は痛んだけれど、鏡の前に長時間座るのは苦痛だった。



昨夜に続き借り物の服に身を包み、シキの案内で食堂へと向かう。

オスカーたちはとっくに朝食を終えていて、今はもう昼食の準備を始めているらしい。


「自然に起きるまで寝かせとけって話だったんすけどね。昼も逃せばさすがにお腹が空くだろうからって」

「気を遣わせてしまってごめんなさい」


陽がやけに高いと思ったのは昼前だったせいらしい。


気を遣って放っておいてくれたおかげで、体力はかなり回復している。

しかも予測されている通り、恥ずかしいことにとても空腹だった。


シキと食堂に入ると、中ではメイドや給仕が忙しなく立ち働いているところだった。

全体的に洗練された雰囲気はないがテキパキとしていて、ヴィリアーズ家の使用人とは大違いだ。

彼らはプライドばかり高く、隙あらばサボろうとしていた。

何より違うのは、彼女たちが笑顔で楽しそうにしているということ。


賑やかな室内には大きな窓から明るい日差しが射しこんでいて、こんな場所を吸血鬼の館だと思い込んでいた昨夜の失態が思い出されて頬に熱が上る。


テーブルにはすでにオスカーが座っていて、彼のためにミラがコーヒーを淹れているところだった。


「起きたか。体調はどうだ」


私に気付いてオスカーとミラがこちらを見る。


「おはようございます。おかげさまですっかり」

「顔色もマシになってんな」

「昨夜のフレイヤ様は、メイクした私達よりひどいお顔の色でしたから」

「そうだったんですか!?」


自分でも気付いていなかったことを指摘されて驚く。


最安の馬車と宿と食事で繋いできたのだから、当然と言えばそうかもしれない。

しかも終始怯えて蒼褪めていたから、なおさらひどい顔をしていたはずだ。


「まあとりあえずそこに座るといい」


オスカーは自分の向かい側の席を示し、シキがその椅子を引いてくれた。

おずおずと腰掛けると、私の前にもミラがコーヒーを置いてくれた。


至れり尽くせりで恐縮してしまう。


「ミラのコーヒーは美味いぞ」


窓から差し込む太陽光など物ともせずに、オスカーが笑う。

隈もなく顔色は健康そのもので、そこにいるのは実年齢より少し上に見えるだけの真っ当な青年だ。


見た目は完全に悪者テイストだけど本当に吸血鬼ではないんだなぁ、と現実味のない光景を見ながら思う。


「色々とお気遣いいただき申し訳ありませんでした。それにシキさんも」

「シキでいいっですってば」


給仕の手伝いを始めたシキがすかさず訂正を入れる。

ここに来るまでの短い間に、すでに何回も同じやりとりを繰り返していたので少し笑ってしまう。


「礼儀がなってなくてすまないな」

「いえそんな! 親切にしていただいてます」

「そうおっしゃるなら旦那様がきちんと躾けなさいな」


小皿を運んできた年嵩のメイドが、豪快に笑いながらオスカーに言う。


「それはミラの仕事だろう?」

「私の指導の邪魔をするのが旦那様の仕事ですわね」


彼女たちの遠慮ない物言いに、構いもせずにオスカーも笑った。


ミラやシキだけではなく、屋敷全体の使用人が領主に対して遠慮のない様子らしい。

周囲で働く他の人達も、彼らのやりとりに朗らかな笑い声を上げている。


「みんな領内の村から働きにきてるんす。堅苦しくなくていい職場なんで、人気高いんすよ」


シキが私のお皿に料理を盛り付けてくれながら教えてくれる。


「給料は安いがな」

「その代わり他の面でいい暮らしさせていただいているのでね」


また別のメイドが明るく言う。

どのメイドも友好的な雰囲気で、私の緊張はすっかりほんわかしたものへ変わっていた。


「なんか、いいですね……」

「フレイヤ様のおうちは違うんですか?」


胸がいっぱいになって呟くように言うと、私の隣に座りながらシキが不思議そうに首を傾げた。

この家では使用人たちも一緒に食事をするのがデフォルトらしい。


「うちはなんというか、ギスギスしてるから……」


言っててなんだか居た堪れない気持ちになってくる。


ヴィリアーズ家では使用人たちとの主従関係はハッキリしていたけれど、親に蔑ろにされている私は舐められがちだし、使用人同士の足の引っ張り合い、出し抜き合いで和やかな雰囲気とは程遠い。


それに見栄のため、家の中は値の張る見目好い若い従僕ばかりだった。

性に奔放な妹は、お気に入りを見つけては自室に引き込んでいる。

妹に気に入られれば、お給金とは別で小遣いがもらえるから、従僕たちの醜い争いも頻繁に目にしていた。


それに比べて今はどこを見てもみんなが仲良く笑い合っている。


ここはうちとは何もかもが違って、なんだかとても眩しく見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ