番外編:運命の恋(コミカライズ開始記念SS)※ヘンリー視点
Palcy様にて本作のコミカライズが開始いたしました。
フレイヤがめちゃくちゃ可愛くて、健気さ増し増しです。
そしてオスカーの顔面が良すぎてたまらないので、お時間あります時に是非!
すごく素敵なコミカライズですので、応援よろしくお願いいたします!
なんて可憐な女性なのだろう。
彼女の涙を見た時、そんな場合ではないというのに強くそう思った。
それからとにかく彼女を泣かせた人間たちから引き離してやらねばという焦燥感に駆られ、フィッツロイ家の嫡男としてその場を収めるという役割も忘れ、彼女と会場を後にした。
具合の悪くなった客人が休めるようにと用意された部屋に彼女を連れて、ソファに座らせる。
ハンカチを渡すと、彼女は潤んだ瞳で私を見上げてそれを受け取った。
「助けてくださってありがとうございます、ヘンリーさま……」
彼女は涙をぬぐったあとのハンカチを、宝物のように自分の胸に抱えた。
その仕草がなんだか意味深で、小さく心臓が跳ねた。
「いや……、紳士として当然のことをしたまでだ」
けれど動揺を知られたくなくて、努めて理性的に振る舞う。
歴史あるフィッツロイ侯爵家の嫡男として、いつだって沈着冷静でいなければならない。
「それでも、私にとってはまるで救世主のようでしたわ」
大きな目にいっぱいの涙を溜めながら、彼女が儚げに微笑む。
その芸術品のような美しさに、またひとつ心臓が跳ねた。
「……あの者たちは一体キミのなんなのだ」
それを誤魔化すように問うと、彼女は悲し気に目を伏せた。
「姉と……その協力者です」
「姉だと?」
では彼女は実の姉妹に泣かされていたというのか。
この可憐な少女を泣かせたというだけでも信じられないのに、血の繋がった肉親がそれをするとは。
信じられない思いで、はらはらと涙を落とす彼女を見つめる。
「それに協力者とは一体……」
「いつもそうなのです。姉はあの美しさを利用して、男の人を誘惑して味方につけて……」
「そうしてキミに嫌がらせをする、と」
辛そうに言う彼女が痛ましくて、抱きしめたい衝動に駆られるがグッと堪えた。
「確かに美しい女性ではあったな」
「……ッ」
呆れ半分に言うと、彼女はグッと唇を噛んだ。
俗に言う悪女というやつか。
美しさは認めるが、男を手玉に取って楽しむような女性は好みではない。あんな女に騙される男がいるとは。
やはり女性は清らかで可憐であるべきだ。
そう、目の前にいる彼女のような。
「ヘンリー様も姉に心を奪われてしまったのですか……?」
「いやっ、私はただ客観論を言っただけで、その、虜になるほどでは」
私を見上げた彼女の顔はとても心細そうで、心を奪われるというのなら彼女にこそだと強く感じた。
「……本当に?」
「ああ。現に今だって、彼女ではなくキミを信じたからあの場から連れ出した」
信じてほしくて強めの口調で言うと、彼女はハッとした顔をして口元を覆った。
その華奢な指先に思わず見惚れてしまう。
彼女はゆっくりと私の言葉の意味を理解したのか、じわじわと目元が赤く染まっていく。
「うれしい……」
花が綻ぶように彼女が微笑む。
ああダメだ。
もうこの少女への愛をハッキリと自覚してしまった。
きっとパーティー会場で出会った瞬間に、私は恋に落ちていたのだ。
姉にいじめられ、美しい涙を落とし、それでも健気に微笑むこの女性に。
無意識に手が伸びる。
彼女に触れたいと、心が叫んでいた。
「ヘンリー、さま」
頬に指先が触れた瞬間、彼女が戸惑うように私の名を呼んだ。
けれどそれは拒絶ではない。
その証拠に、私の手に彼女の小さな手がそっと重なった。
「……私、ずっとあなたを探していた気がします」
そう言って恥ずかしそうに瞼を伏せる。
長いまつげがふるふると揺れて、その繊細さにまた胸を打たれる。
「私も……きっとキミを探していた」
彼女の言葉に、強く共感してしまう。
そうだ、きっと私たちは生まれた時からずっと互いを求めあっていた。
だから初めて会うというのにこんなにも心を惹かれる。
そして彼女も一目で私を愛した。その熱っぽい瞳を見れば分かる。
それだけではない。彼女の考えていることならなんでも分かる気がした。
魂が共鳴しているのだろう。
「ヘンリーさま……?」
舌っ足らずに彼女の呼ぶ声がする。
私を見上げる瞳。何かを請うような。
吸い寄せられるように、腰を屈めて距離を近づけていく。
触れ合った彼女の唇は小さく震えていた。
初めてなのだ。
そう気づいて胸が熱くなる。
緊張して、少し怖くて、それでも私との口づけを望んだ。
なんて可愛らしいのだろう。
きっと彼女の姉だというあの女性にはこんな清らかで初心な反応はできないはずだ。
彼女は私を求めている。強く。激しく。
そしてそれは私も同じだ。
遠くからパーティーの喧騒が聞こえてくる。これは我がフィッツロイ家の威信をかけた、盛大な催しだ。
だけどそんなのもうどうだっていい。
だって運命に出会ってしまったのだから。
重なり合った手の指先が自然に絡む。
ソファに座る彼女の膝に、跨るように座り、深く口づける。
彼女は恥じらうように頬を染めて、それでもたどたどしく私の口づけに応えるのがいじらしかった。
ドレスの紐をほどいても、嫌がる素振りは見せない。
当然だ。
だって運命の恋人だから。
「ヘンリーさま……」
キスの合間に彼女が吐息交じりに名を呼ぶ。
同じように返そうとして、まだ彼女の名前も知らないことに気付いた。
だけどそれすらどうだっていい。
名前なんて、知らなくたって愛してしまったのだから。
彼女が何者だろうと構わない。
彼女だってそうだ。私が何者であってもいいのだろう。でなければ初対面の男にこんなふうに身体を預けたりするはずがない。
彼女は私だけを愛し、私だけに身体を許すのだ。
その幸福な現実に、ぶるりと身が震えた。
彼女は私だけのものだ。
もし万が一裏切られるようなことがあったら、きっと殺してしまうだろう。
そんなありもしないことを想像して少し笑いながら、私は運命に翻弄されるように彼女の身体におぼれていくのだった。
加瀬先生には悪役のニコルさえとても魅力的に描いてくださっているので、もっと出番を増やしたくなってしまった結果、ヘンリー視点でニコルに恋に落ちた時のお話を記念SSとして書かせていただきました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




