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【コミック①巻8/30】元婚約者から逃げるため吸血伯爵に恋人のフリをお願いしたら、なぜか溺愛モードになりました【本編完結】  作者: 当麻リコ


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48.ヴィリアーズ家の黒幕

あとで絶対怒ろうと決意して、オスカーの膝へ横向きで座ると、すかさず腰に手を回された。


両親の方へは一度も視線を向けず、俯きがちの遠い目をして口を閉ざす。


「フ、フレイヤ……?」

「そ……んなところにいたのね、気付かなかったわ……」


明らかに挙動不審になりながら、それでも果敢に両親が私に話しかける。


「なぁ、帰ろう? こんな暗い田舎屋敷より、最先端のファッションが揃った王都の方が好きだろう?」

「ドレスもたくさん買ってあげる。そうだ、ニコルのドレスも全部あなたのものにしていいのよ」


私の異常な様子に、声を震わせながら両親が必死に呼びかけてくる。

私はそれを、演技ではなく白けた気分で聞き流した。


彼らは私が好きなものなんて何も知らないのだ。

実家に居た頃はひとつも好きなものがなかったから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。


「愛しているのフレイヤ。こんなひどいところにあなたを居させられないわ」

「頼むよフレイヤ。こんな辺鄙な領じゃなくて、もっと素晴らしいところに嫁ぐ準備だってもうしてあるんだ」


今更聞こえの良い言葉を並べ立てても、結局はそれが目的なのだろうと呆れてしまう。


両親の都合のいい相手に私を嫁がせる。

そのために呼び戻しに来たのだ。


それを愛だなんだと言って、必死に誤魔化そうとしているのがおかしかった。


オスカーに出会う前なら、嘘だと分かっていても嬉しくてフラフラついていってしまったかもしれない。

けれどそんな言葉、今はもうちっとも響かない。


「頼むから帰ってきておくれ」


憐れみを誘う必死な声。

きっと大事な取引先との契約の中で、若い娘を嫁がせるとか約束していて、期限まで間もないのだろう。

だから日が明けるのも待てず、怖いくせにここまで来たのだ。


「……と、両親だった者が言っているが、いいのかフレイヤ」

「ハイ、旦那サマ」


面白がるような調子のオスカーの問いかけに、焦点の合わないまま平坦な声で答える。


「おまえが帰る場所はここだけだもんな」

「ハイ、旦那サマ」


何度も続くオスカーの言葉に、ずっと同じ声のトーンで、表情を少しも動かさずに返事を返す。

それは異様な光景だっただろう。


そのやりとりを繰り返すたび、少しずつ両親の顔が怯えから明らかな恐怖に染まっていく。


「おまえは俺だけのものだ」

「……はい、旦那さま」


ああまずい、少しだけ感情がこもってしまった。


微かに表情が動くけれど、もう両親にはそんな違いはわからないみたいだ。


「……アレらはもうおまえには必要ないな?」


両親に視線だけを向けて、嘲笑交じりにオスカーが問う。


「ハイ、旦那サマ」

「ひっ」


その情けない声は誰のものだったか。


「もういやぁ!」


母がヒステリーを起こしたように叫んで立ち上がる。

礼も挨拶もなく応接室から飛び出していくのを、父が悲鳴を上げながら追いかけていく。


扉が閉まったあとも、しばらく絶叫は尾を引いて聞こえた。



「――どうした、腰が抜けたか小僧」


応接室に残された兄に、揶揄するようにオスカーが言う。

兄とオスカーはたいして年齢差はないけれど、あえてものすごく年上のような態度だ。


「まあいい、あの者たちに伝えておけ。これ以上しつこいようなら呪いをかけてやると。吸血鬼に見入られた一族と噂されたくなければフレイヤと縁を切るがいい」


脅すように言うが、兄の目に動揺は見られなかった。


「……なるほどね」


冷静な声がそう言って、小脇に抱えていた鞄をごそごそしだす。


「安心してください、私にフレイヤをどうこうする気はありません。それどころか、あなたの望むものをご用意して参りました」


私よりよほど淡々とした声で、何かの書類を取り出し私に差し出した。


「これにサインを」

「……なんだこれは」


オスカーが訝しげな顔で、私の代わりに書類を受け取る。


「ヴィリアーズ家と正式に縁を切るための書類です。すでに当主である私のサインを記入済みです」

「当主……? お兄様が……?」


戸惑いながら思わず素で問うと、兄がにやりと笑った。


「やはり演技か」


しまったと思ったけれど、兄はそれ以上問い詰める気はないようで、あっさりと話題を戻した。


「妻と画策してね。いろいろあって今は私が当主だ。あの人たちは自分の意思でそうしたと思っているけどね」


冷めた笑みを浮かべながら、サインに必要なペンまで取り出しテーブルに置いた。


「これであの人たちももうお前に手出しは出来ないだろう」

「でも、どうして……?」


自分になんか興味すらないと思っていた兄が、どうしてわざわざ私のためにこんなものを用意してくれたのか。

しかも両親がいなくなってから取り出したということは、彼らの了承を得ていないのだろう。


「自分から抜け出す努力もせずに助けられるのを待つだけの卑怯者はどうでもいいが、おまえは違ったようだから」


相変わらず優しさの欠片も感じない冷淡な表情だけど、言い方は心なしかほんの少しだけ柔らかい。


「……フレイヤ、嘘ではないようだ。これは正式なものだ」


オスカーが見ていた書類を私に渡して、疑わし気な視線を兄に向けたまま言った。


「サインをしても問題ない。まあそいつが本当に当主であればの話だが」

「……書きにくいので膝から降りてもいいですか?」

「ダメだ」

「ええ……」


ペンをテーブルから取ってくれる優しさはあるのに、テーブルの上では書かせてくれないらしい。


「君は無駄を嫌う性質に見えるが」


口調を変えてオスカーが言う。


その鋭い視線を、兄は泰然と受け止めて軽く肩を竦めた。

肯定の意だろう。


「何故こんなことを?」

「……失礼かとは思いましたが、大切な妹の逗留先ということで色々調べさせていただきましてね」


言いながら鞄から新たな紙を取り出す。


「あなたは敵に回すより味方に付けた方がお得だと判断したのです」


次々にテーブルに広げていく紙面には、ブラッドベリ領に関する調査結果のようなものが読み取れた。


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― 新着の感想 ―
キャラクターの動きに静と動があるとして、お兄様は静タイプ。大事な商談に占い師に聞く両親と違い、徹底的に素性や動向を調べて自分の有利に持っていく実利主義がよく分かる話でした。このお兄様のお嫁さんは全く出…
[気になる点] 大切な妹と言っているけど実際は妹なんてどうでもよくて徹底した合理主義って感じなのかな?だから伯爵と敵対したくなかったって感じか。
[気になる点] フレイヤは家にいた頃家族に認めてもらえるように仕事をして頑張ってたのに、それを言うに事欠いて「助けを待っているだけの卑怯者」とは……。 助けもせず見捨てて上から目線で今更良い人ムーブし…
2023/10/22 18:51 退会済み
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