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【コミック①巻8/30】元婚約者から逃げるため吸血伯爵に恋人のフリをお願いしたら、なぜか溺愛モードになりました【本編完結】  作者: 当麻リコ


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41.計画と結果

計画の発端はこうだ。


ネイサンが殊勝な態度を見せたあの日、今後の対応について改めて談話室での作戦会議の場が設けられた。

私には、ネイサンのあれが本心だとはとても思えなかったのだ。


「あいつ、本当に諦めたと思うか?」

「思いません」


きっぱりと否定すると、オスカーが笑った。


「だろうな」

「あまりにも聞き分けが良すぎます」

「実際に会ったのは今日で二度目だが、俺も素直に引き下がるほど出来た男には見えなかった」


あの目が気に食わん、と言ってオスカーが難しい顔で腕を組む。


「親のせいにしてましたけど、ネイサンのあれは絶対に生まれ持った本性だと思います」

「ああ。初対面の時もずっと俺のこと睨んでやがったもんな」

「それに、楽しい思い出もあっただろうって言われて考えてみましたが、ひとつも思い浮かびませんでした」


あまりにも本気の顔で言われたから思わず考え込んでしまったけれど、本当になにひとつ良い思い出なんてない。

ネイサンは最初から最後までずっと最低だった。


「まあ、あいつの中では美化されてんだろうな色々と」


呆れたように言うのに深く納得してしまう。


ネイサンは人前で取り繕うのが上手いけれど、そのために常に小さな嘘をついている。

本人はそれを嘘とも思っていないようで、人に語るうちにいつの間にか自分の中で真実になってしまうということが多々あった。


「ずっと好きだったなんて、あまりに白々しくて笑いそうでした」


言われたことを思い出して、思わず眉間にシワが寄る。

オスカーが苦笑しながら、宥めるように私の頭を軽く撫でた。


「美しくなったおまえに今更惚れて、無意識に自分の記憶を作り替えた可能性もあるが」


私の髪を掬い上げて、オスカーは自信ありげに笑う。


「見た目だけじゃない。最近のおまえは内面から輝いているからな」

「……恐縮です」

「社交辞令じゃねぇぞ?」


大袈裟なほどの誉め言葉に、盛大に照れて変な返しをしてしまった私に、オスカーが顔をしかめた。


「惜しくなったんだろう。その気持ちはよく分かる」


真面目なトーンで言われてますます照れる。

俯いて赤くなっていると、オスカーが揶揄うように私の首筋をくすぐった。


やめさせようと掴もうとしたその手を逆に掴まれて、戯れのように指先が絡んだ。


「奴は大人しくなったフリで油断させて、反撃の機会を狙っているはずだ」


オスカーが涼しい顔で話を続ける。

自然な流れで繋がれた手を、気にしているのは私だけらしい。


「……私もそう思います」


きっとオスカーの警戒を解いて、私が一人になる機会を窺っているのだろう。

あるいは私が絆されて自分の元に戻ると本気で信じているのかもしれない。


「このまま尻尾を出すのを待つか」


それもありだとは思う。

ネイサンは気が長い方ではないし、私がいつまでも一人にならないことに痺れを切らして強硬策に走るのはそう先ではないはずだ。


だけど。


「いいえ。こちらから討って出ましょう」

「ほう、頼もしいじゃねぇか」


表情を引き締めて言えば、オスカーが面白そうに笑みを浮かべた。


もういい加減ケリをつけたかった。

ずっとオスカーの恋人のフリを続けるのは幸福な反面、叶わない現実を思い知らされるようで辛くもある。

それになにより、自分も戦えるのだということを証明したかった。


それでひと芝居打つことにしたのだ。


私達の動向を探ろうとするのを止めず、夜会にネイサンが潜り込もうとしているという情報を事前につかんだ。

もちろん後ろで私達の話を盗み聞きをしていることも気付いていた。

聞かせるために、会場内でわざと揉めたのだ。


そうしてネイサンは見事に罠に掛かり、計画は大成功を収めたのだった。



* * *



「しかしまあ、計画通りとは言えさすがに肝が冷えたな……」


馬車の中、正面に座ったオスカーが呆れたようなため息をつく。


「ごめんなさい……」

「まったく。勇敢なんだか無謀なんだか」


自分を囮にする作戦に、オスカーは最後まで反対していた。

結果的には成功したけれど、もちろん危険もあったからだ。


実際、殴られる直前だったし、計画の段階で二、三発は覚悟もしていた。


「たぶん後者ですね」


苦笑しながら答えると、オスカーは怒ったような表情で私の額を軽く小突いた。


「まあ、絶対に守る気でいたからいいけどよ」


それから表情を崩して、優しい目で私を見た。


「……そっ、ういえば、この赤いのってなんだったんですか?」


視線に耐え切れずに慌てて問うと、「ああ」と言ってオスカーが私の首筋から垂れた赤い液体に触れた。


「これか」

「はい。なんだかベタベタしますよね」

「そうだな、ちょっと舐めてみれば分かる」


言われて自分の首筋を軽く拭う。

べたつくそれを、鼻先に近付けてみると甘い匂いがした。


おそるおそる舐めてみると、匂いの通りに甘ったるい。


「これは……」

「ミックスベリーのジャムだ」


眉根を寄せた私に、オスカーがにやりと得意げに笑った。


その口許から覗く鋭い犬歯は、間違いなく今までのオスカーにはなかったはずのものだ。


「その歯も。一体どうやって……?」

「腕のいい細工師に作らせた。差し歯の応用らしい」


上機嫌に笑って尖った歯をつまんで外す。

元の歯に被せてあるだけらしいそれは、簡単に着脱可能なようだ。


「なにせ時間が有り余っていたからな。ミラに情報を集めさせて、おまえ達が昼間留守にしている間に呼び寄せて作らせた」


どうだ、いいだろう、と自慢げに言うオスカーがやけに可愛らしい。


「……っふふ」


謎が解けるのと同時に、また笑いがこみ上げてきた。


「あははっ、私にまで内緒にするなんてひどいです」

「その方が楽しいじゃねぇか」

「ネイサンと一緒に腰を抜かしたらどうするつもりですか」

「はは、あの悲鳴は笑えたな」


そう言って底意地の悪い顔でオスカーが笑う。

その顔を心から好きだと思う。


「……結局、いつも助けられてばかりで情けないです」


せっかくいい考えだと思ったのに。

フタを開けてみれば、細かい作戦も脅かすための小道具も、その大部分がオスカー頼りだった。


こんなことではオスカーに認めてもらえる日なんて夢のまた夢だ。


「情けないついでに甘えてみるか?」


両手を差し出してオスカーが優しく笑う。


その上、どうやら怖くて震えているのなんてとっくにバレているらしい。


「……お洋服を汚してしまいます」


今すぐ飛び込みたい誘惑に抗って、なんとか言い訳を考える。


「ああ。だからあとで一緒にミラに叱られてくれ」


だけどオスカーはそんな小さな抵抗なんてものともせずに笑う。


もう、いいか。


諦めの気持ちでその腕に飛び込む。

オスカーの腕の中はいつだって居心地がよくて、落ち着くはずなのに常に妙な焦燥感が傍らにあった。


「よく頑張ったな」


穏やかな声が頭上に響く。


抱きしめる腕の力は優しくて、だけど私の胸は息も出来ないほどに苦しかった。


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