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【コミック①巻8/30】元婚約者から逃げるため吸血伯爵に恋人のフリをお願いしたら、なぜか溺愛モードになりました【本編完結】  作者: 当麻リコ


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35.王宮舞踏会

「緊張するか」

「そうですね。さすがに少し」


国王陛下への謁見待ちの間、揶揄うように問われてぎこちなく微笑む。

順番待ちの列はもうすぐ私達の前まで来ていて、陛下のお顔をはっきりと目視できる位置にいる。


謹厳で誠実な治世者として名高い陛下は、噂の通り理知的な容貌をしていた。

見事な白髪は綺麗にまとめられ、彼の知的なブラウンの瞳を引き立てている。

豪勢だが品の良い正装姿は、シキが見たら喜びそうだ。


王宮主催の舞踏会はいつも以上に招待客の気合いを感じ、それに触発されて否が応にも緊張が高まってしまう。


なのにオスカーはさすがというか、いよいよ次だというのにいつも通りの自然体だ。


「何か秘訣でも?」

「ふん。王も所詮ただの人だということだ」


不敬ともとられるセリフを堂々と吐いて、前の人がはけたのと同時に陛下の前へと歩み出る。

私は慌てふためいているのを周囲に悟られないように、冷静な顔でそれに続いた。


「ご無沙汰しております、陛下」


名乗りもせずに薄い微笑を浮かべながらオスカーが言うと、陛下はゆっくりと目を見開いた。


「……ブラッドベリ卿か。随分と久しいな」

「そこまででもないでしょう」

「卿にとってはわずかな時間かもしれんがな」


オスカーの言葉に陛下が苦笑する。

含みを持たせたその物言いに、思わず陛下の顔を凝視してしまう。


聞き耳を立てていたのか、周囲がにわかにざわつき始めた。


「卿は相変わらず……本当に、何ひとつ変わらずにいるようだ」

「お褒めに預かり光栄です。陛下は随分とお年を召されましたね」


彼らの会話の内容にもだけど、オスカーの無礼な物言いにもぎょっとしてしまう。


「二十年経とうがその減らず口は治らんようだな」

「お言葉ですが、私は永遠にこのままですよ」


いったい彼らは何を言っているのだろう。

これではまるで、国王陛下自身がオスカーのヴァンパイア説を肯定しているかのようだ。


視界に入る貴族たちは必死にこちらを見ないようにしているけれど、二人の会話を気にしているのが明白だ。


それなのにオスカーと陛下は楽し気に談笑するばかりで、周囲の困惑にもまるで気付いていないかのようだった。

なんだろう、二人の間に漂うこの気安い空気は。


「ところで、そちらの女性は?」


急に水を向けられて慌てて頭を下げる。


「フレイヤと申します」

「どこの家の御令嬢かな」


当たり前に突っ込まれる部分ではあるけれど、覚悟はしていた。

私は慌てることなくしっかりと陛下の目を見て答えた。


「ただのフレイヤでございます」


陛下が眉を顰めたけれど、それ以上に名乗れるものはなかったので微笑で黙殺する。


「私の最愛の人です」


すかさず私の腰を抱き寄せ、オスカーが堂々と言い放つ。

思わず顔が熱くなりそうになるのを必死で堪えて、言われ慣れてますみたいな顔で微笑んだ。


「それはそれは……」


驚いたような表情で、陛下が私へ物珍し気な視線を向ける。

それから優しい表情で目を細め、親し気にオスカーの腕をポンと叩いた。


「卿のような変わり者に大事な女性が見つかるとは。大切にするがいい」

「ええ。もちろん」


社交辞令には思えない温かな言葉の響きと眼差しに、ますます首を傾げたくなる。


自由奔放な暮らしをしているとはいえ、オスカーだって曲がりなりにも貴族なのだから、陛下にお目通りする機会は何度かあっただろう。

けれど、伯爵位でこんなにも親しい関係を築けるものなのだろうか。

しかも見た目はともかくオスカーは二十代、陛下は五十代のはずだ。


年齢を超えての友情があるのは知っているけれど、王都に顔を出すのも数年に一度と言っていたオスカーが何故。

それに二十年前って一体どういうことなの。


「時に、やつは元気か」

「ええ、まるきり農夫のようですが」


陛下の質問にオスカーが肩を竦める。

誰とは言わずに通じ合い、ひそやかに笑い合う姿はまるで悪友のようで。


「そうか。引退したら遊びに行くと伝えてくれ」

「かしこまりました」


混乱する私をよそに、話はひと段落したようで共に陛下の御前を辞する。


「行こうフレイヤ」


腰を抱かれたまま歩き出す。


陛下のいるところでは遠慮があって逸らされていた不躾な視線が、一気に集中するのを感じた。


ここまで大規模な舞踏会への参加は初めてだというのに、どうやらすでに私達は噂の的らしい。


「すっかり有名人だな」

「陛下のお言葉がトドメですよ間違いなく」


陛下の近くで聞き耳を立てていた貴族たちから、さざ波のように会場中に会話の内容が伝わっていくのが手に取るように分かる。


「あれはナイスアシストとしか言いようがないな」


会場の隅へと移動して早速二人の世界を作り上げると、オスカーはここぞとばかりに私との親密さをアピールするように向き合って、私の髪に触れた。


「かなり親しいようでしたけど、どういうご関係なんですか?」


その手に重ねるように自分の手を置いて、オスカーの目をじっと見つめる。


会話の内容とボディタッチの多さがまったく噛み合っていないけれど、もう慣れたものだ。

慣れたものだとは言え、まったく思うところがないかと言えば話は別だ。


彼への気持ちを自覚してしまって以来、近すぎる距離に私の心臓は大忙しだ。


ただ、自覚してすぐは動揺のあまりぎこちない態度を取ってしまったけれど、今はもうしっかりと堪能させてもらうことにしている。

我ながら厚かましいとは思うけれど、こんな関係はあと少しで終わってしまうのだ。

そう気付いてからは、演技で許されている間は恋人気分を存分に味わおうという気持ちにシフトしている。


「陛下は親父の学生時代からの唯一の友人でね」

「へぇ!」


驚いて目を丸くすると、オスカーがにやりと笑った。


「即位前はたまにお忍びでブラッドベリ領に遊びに来てたんだ」

「ああ、だから二十年前……」

「ガキの頃から変わらんとか失礼なジジイだ」


陛下よりよっぽど失礼な口を利きながら、それさえもオスカーらしくて思わず笑ってしまう。


「親父のフリで王宮に顔を出した時も、あの人にだけはバレてたな。代替わりももちろん陛下はご存知だ。最低限の人間しか知らないのは陛下の意向によるところも大きい。変人の友人なだけあって陛下もなかなかだ。あんな真面目くさった顔しといてヴァンパイア説を助長させてるんだからな」

「……やっぱりさっきのあれ、わざとですよね?」

「当然。俺が遊んでるのを噂で知ったんだろうな」


悪戯が成功した子供の顔でオスカーが言う。


よくよく思い返してみれば、謁見の際の陛下もオスカーも、ずっと笑いを堪える顔をしていたような気がしてくる。


みんなに見られている中でよくもあんなに堂々と。


「おっと、綺麗な顔が台無しだぜ」


感心を超えて呆れるあまり表情が崩れてしまった私に、オスカーが心底楽しそうに言う。

その顔につられて、私も笑ってしまった。


「伯爵の心臓はダイヤモンドで出来ているようです」

「杭で刺されても問題ないな」


軽口を叩き合っていると、ようやく肩の力が抜けてきた。

緊張で渇いてしまった喉を潤すために、給仕の男性からシャンパンの入ったグラスを受け取る。


「フレイヤ様!」


グラスに口をつけた瞬間、名前を呼ばれて振り返る。


「シキ。何か美味しそうなものはあった?」

「いやもうすっごくて! 美味しくなさそうなものがないんす!」


興奮した様子のシキに思わず口許が演技でなく緩む。

シキといるとどうしても素の自分に戻ってしまうから困りものだ。


王宮主催の舞踏会は、参加者が多すぎて王宮メイドだけでは賄いきれないために参加者それぞれの付き人も参加を認められている。

オスカーにはシキの後ろで苦笑しているミラが、私には終始興奮状態のシキが付いてくれているのだ。


陛下への挨拶はさすがに同行できないから、その間にシキは美味しいものを沢山食べるんだと張り切っていた。


「これとかめちゃくちゃおススメです。フレイヤ様はもう食べました?」


山盛りのお皿の中からひとつを示してシキが言う。

目がキラキラしていてとても可愛らしい。


「それが陛下へのご挨拶が終わるまでは何も喉を通る気がしなくて。今ようやくシャンパンを飲もうとしてたところなの」

「ええっ、じゃあ是非食べてください! あとこれとこれとこれと……」

「おいおい、フレイヤのドレスの腹を裂く気か」


次々にオススメを挙げていくシキに、オスカーが呆れ顔でストップを入れる。


「フレイヤ様は今もサボらず腹筋を鍛え続けておりますから、ちょっとやそっとのことでは裂けませんわ」

「そういう問題か」

「あら、旦那様はご存知ないかもしれませんが、フレイヤ様の努力が実ってそれはもう美しいお身体になられたんですよ?」


ミラが誇らしげに言う。

少し恥ずかしいけれど、頑張って鍛えて引き締めた身体を褒められるのは嬉しい。

私の努力は、私だけでなくミラ達も喜んでくれるのだ。これで頑張れないわけがない。


「いやそれ俺が見せろっつったらセクハラだろうが」

「ええ。ですから私と、シキにのみ許された特権です」

「ガチで綺麗っすよフレイヤ様。お肌も真珠みたいにすべすべだし触り心地も最高だしそれに」

「シキ、シキ、もうその辺で……」


頬に熱が上るのを手で隠しながら止める。

さすがにそれ以上はオスカーに聞かれると恥ずかしい。


「照れるキミも最高にセクシーだよ」


顎先にオスカーの指が触れ、くいと持ち上げられる。

どきりと心臓が大きな音を立てた。


「うはっ、オスカー様まだそのキャラやってんすか」

「忘れた頃にたまにやるのが効果的だ」

「言われ慣れてないので、結構本気でときめくのが悔しいです……」

「はっは、おまえは本当にチョロいな」

「旦那様、あまり乙女心を弄ぶものじゃありません」


四人でいると、ここが王宮の大広間だということをうっかり忘れてしまう。

ついいつものペースに戻ってしまって、人目も忘れてまるで屋敷にいる時のようだった。


「随分と楽しそうですこと」


その和やかな雰囲気に、水を差すような声が聞こえて会話が止まる。


四人そろってそちらに視線を向ける。


「私も仲間に入れてくださいますか?」


そこにはひときわ豪勢なドレスに身を包んだ、妹のニコルが立っていた。

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