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30.ささやかな反撃

「よりによってあの吸血鬼に囲われるだなんて。みっともない真似しないでちょうだい!」


ヒステリックに母が言う。

同調するように父が頷いて、懐柔しようとしたのか表情を和らげた。


「ネイサンはそれでもお前を許すと言っている。いい加減意地を張っていないで戻ってこい。いつまでもニコルに嫉妬していたってしょうがないだろう」

「嫉妬、なんて……」

「口答えをするな! この出来損ないが!」


ぴしゃりと言われて身体が震える。


ずっとこうだった。

私が何かを言おうとすればすぐに遮られて、私の言葉に意味はないのだと教え込まれてきた。


自然と顔が俯いていく。

彼らは私を屈服させるまで、罵倒をやめてくれないのだ。


「少しはマシな見てくれになって調子に乗っているみたいね。なぁにその派手な髪型。ちっとも似合ってないわ」

「あの化け物は人間で人形遊びがしたいだけだろう。おぼこい娘を揶揄って面白がっているんだ。どうせすぐ飽きられる。どれだけ磨いたってお前は輝かない石ころなのだから」


嘲りの表情で父が言う。


ミラが励ますように私の肩を抱いてくれたけれど、一度俯いてしまった顔はもう上げられそうになかった。


「……フレイヤ様は我が主の大切なお方です。フレイヤ様を侮辱するということは我が主をも侮辱するということ。それなりの覚悟はおありでしょうね」


ミラが淡々と言う。

口調は平坦なのに、深い怒りが滲んでいるのがよく分かった。


何も言えない私の代わりに怒ってくれているのだろう。

人の後ろに隠れるだけで、立ち向かえない自分がひどく情けなかった。


「まったく……そいつらはブラッドベリの奴隷共か? ふん、田舎領主にぴったりの冴えない女と武骨な男だ」


父が嗤笑を浮かべながら言う。


その言葉に、身体の震えがぴたりと止まった。


「ほほ、あんな田舎に集まる人材なんてたかが知れています。ただでさえ人望のない領主のようですし」

「吸血鬼なんて噂を信じて集まった物好きばかりなのだろうな。血筋だけで貴族界にのさばって、領地経営の腕もないからそんなくだらん噂を消すことも出来ないのだろう」

「人を見る目もないのでしょう。フレイヤなんかを気に入るくらいですから」

「ははは。伯爵様は女日照りなのかもしれんな」


嘲笑交じりの耳障りな声で言われて、お腹の奥がぐらぐらと煮え立っていくのを感じた。


「――ミラ達は奴隷なんかじゃありません」


考えるより先に口が動く。

気付いた時には真っ直ぐに彼らを睨み据えていた。


「優秀で有能な素晴らしい人たちです。ブラッドベリで働く人たちはみんな。お互いのいいところを見つけて、たくさん褒めてくれる温かい人たちだわ。地位とお金でしか人を見られないあなた達とは大違いよ」

「何を生意気な!」


私の言葉に父が気色ばむ。

母が不愉快そうに眉をひそめた。


だけどそんなこともうちっとも気にならない。

彼らを馬鹿にする両親の愛情なんて、もうひとかけらも欲しくなかった。


「縁を切ると言ったのはあなた達です。私はネイサンとは絶対に結婚しません。だからもう父でも母でもない」


ネイサンと復縁しないなら絶縁と言い放った彼ら。

揺らいでいた頃の私はもう居ない。


「ただの他人が、私の大切な人たちを侮辱しないで」

「他人とはなんだ! 育ててやった恩も忘れやがって! 吸血鬼風情に何を吹き込まれた!」

「ブラッドベリ伯爵は素晴らしい方だわ。彼に比べたらあなた達だって無価値同然よ」

「なんだとこのっ……!」


激高したヴィリアーズ子爵が手を振り上げる。

反射的に目を閉じた。


頬を打たれる衝撃が、けれどいつまでも訪れずにそろりと目を開ける。


「フレイヤ様に手を上げるのであれば容赦はいたしません」

「……っく!」


バートンがドスの利いた声で言う。

彼の手には子爵の手首が握られていて、彼の腕はビクとも動かないようだった。


「あらあら、無理に抵抗すると折れてしまいますわ」


ミラが歌うように言って、にっこりと笑みを浮かべる。


「彼は見ての通り武骨なものですから」


皮肉気に放たれた言葉に、バートンが呼応するようにズイと一歩子爵に近付く。


百七十センチほどの子爵よりも、バートンの背は二十センチ近く高い。


「うっ……ぐ……」


至近距離にその恵まれた体格を見て、圧倒されたように子爵が怯んだ。


「行きましょうフレイヤ様。そんな下賎な者たち、フレイヤ様がお相手される価値もありません」


ひときわ冷淡な声で言って、彼らに冷たい一瞥を送る。


「……それではごきげんよう、ヴィリアーズ子爵様。それにヴィリアーズ子爵夫人様も」


ミラとの特訓で習得した極上の笑みを浮かべ、優雅に礼をした。

それを合図にバートンが子爵から手を離す。


これだけの騒ぎになればさすがに周囲の目も集まって、子爵夫妻は体裁を気にしてこれ以上追いかけてくる気はないようだ。


私達は好奇の視線をものともせずに、涼しい顔で会場を後にした。

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