27.舞踏会
賑やかな音楽から少し落ち着いたものへと変わって、ダンスホールへと足を踏み出す。
今日招待されたフィッツロイ侯爵家の舞踏会は、毎年豪華で煌びやかなものとして有名らしい。
社交シーズン前にはいつも、侯爵に招待状を貰うための熾烈な争いが繰り広げられているのだという。
地位や資金力がものをいうらしく、周囲を見渡せば参加者の多くは高位貴族のようだった。
その貴族たちが私達に注目している。
正確にはオスカーにだけれど。
オスカーのエスコートは完璧で、その安心感に、初めての舞踏会だというのに落ち着いてステップを踏むことが出来た。
「いい調子だ」
「ちゃんと踊れてますか?」
「笑顔が足りねぇ。昨日のシキとバートンのことでも思い出してみろ」
「あははっ、あれ本当におかしかったですよね」
思わず声を上げて笑うと、オスカーが顔を顰めた。
「ああしまった違う。そういう朗らかなのじゃなくて、もっとしっとりしたのだ」
「無理ですよもう!」
周囲に聞こえないように小声で話すのが楽しくて、すぐに周囲からの視線は気にならなくなった。
音楽も照明も最高のものだったけれど、あっという間に昨夜の二人きりのダンスと同じようにオスカーだけしか見えなくなる。
一曲を踊り終える頃にはもう離れがたくなって、名残惜しく手を離せないまま壁際に戻った。
「ああ、ミラたちが来た」
「予定通りですね」
寂しい顔にならないように気を付けながら、そっと手を離し微笑む。
真っ直ぐこちらにやってきたミラがオスカーに何事か耳打ちをして、バートンが護衛のように私の横に並んだ。
「ではな。俺はもう行く。あの坊やには見張りをつけているからここに来ることはないから安心しろ。だが、バートン、フレイヤから絶対に目を離すなよ」
「かしこまりました」
「ミラ、男共の選別は任せた」
「身の程と引き際を弁えた身分の高い男性以外はお断りいたしますとも」
「フレイヤ。俺がいなくても寂しくて泣くなよ」
ミラとバートンに指示を出し、最後に意地悪な顔で笑って私に言う。
「……泣いたら後で慰めてくださいますか?」
見透かされているようで、気恥ずかしさにそんなことを言う。
オスカーは軽く目を見開いて、それから楽しそうに笑った。
「言うようになったじゃねぇか。これなら心配はねぇな」
オスカーはさっと私の目尻の辺りに口付けて、颯爽とした足取りで会場を後にした。
「……さて。さっそく男性たちからの熱い視線が集まり始めましたね」
いつまでもオスカーの出て行った扉を見ていたら、ミラが薄く笑いながらそう言った。
一瞬ミラに視線が集まったのかと思ったけれど、今日のミラはいつもの妖艶な美貌を上手に隠していて、まるで別人のように目立たない。これもシキのプロデュースだろう。
周りを見てみれば、その注目は私一人に向けられていた。
さすがにたじろぎそうになるのを、グッと堪えて真っ直ぐに前を見た。
今日は私が主演女優となるのだ。
一人の男性が近づいたのをきっかけに、ダンスの誘いはひっきりなしにおとずれた。
ミラがそれを難なくさばき、バートンは断られてもしつこく食い下がる男性を追い返す。
それからミラのお眼鏡に適った男性と一曲だけ踊り、次の男性へと移る。
「お名前を窺っても?」
「ブラッドベリ伯爵はお帰りになられたんですか?」
「ずっと綺麗な方だなと思っていました」
「どうか一言だけでも声をお聞かせください」
「私にもあの美しい微笑みを向けていただけませんか」
私はソツなくダンスをこなし、ダンス中しきりに話しかけられてもニコリともせずに冷たい視線を向けるのみ。
曲が終わればすぐに手を離し、ミラとバートンのところへ戻ってつまらなそうな顔でワインを飲んだ。
今日の目的は、オスカーが独占している謎の美女は他の男に口説かれても全くなびかないというところを見せ付けることにある。
それに無表情でいれば、オスカーがいなくなった途端に愛想だけでなく人間味も消えるというのも印象付けられる。
彼らはきっとオスカーのことを色々聞きたかったのだろう。
本当にお誘いを受けるのだろうかという不安はあっさりと覆され、目の回る忙しさで内心の動揺を顔に出さないようにするのに必死だった。
十曲も踊らないうちにぐったりして、ミラ達を連れて会場の隅へと移る。
手応えは充分にあった。
みなやはり私達に興味津々なのだ。
ただ、意外なことにオスカーのことに一切触れない男性もいた。
もちろんオスカー吸血鬼説への探りを入れてきたり、まったく表情を動かさない私に不気味そうな顔をする人もいたけれど、最後まで熱心に私のことを知りたがる人が多かったのだ。
オスカーは今日ここに来る前に「そろそろおまえ自身が興味を持たれている自覚を持て」と言っていた。
ネイサンたちに舐められないように自信をつけろという意図で言ったのだろうけれど、残念ながらどれだけ男性に声を掛けられても自信には繋げられそうにない。
そんなことよりも、オスカーひとりを笑わせられた時の方がよっぽど嬉しかった。
「素晴らしい演技でございました」
「ありがとうございます」
冷えた飲み物を持ってきてくれたミラが笑顔で言う。
せっかく褒めてくれているのに、くたびれた微笑みで返すのが精一杯だ。
「ちゃんとできていたならよかったです」
「きちんと謎に満ちた孤高の美女としての地位を確立していましたよ」
ミラは満足げに微笑んでいて、嘘や冗談を言っているようには見えない。
初めて会う男性たちに熱っぽく褒められるよりも、ミラに褒められる方がずっと嬉しかった。
「ねえ? バートン」
「はい。夢のようにお綺麗でした」
真っ直ぐにこちらを見て、バートンが真顔のまま言う。
バートンの言葉はいつもストレートで、嘘がないことは知っていた。
「……さすがに正面切って言われると照れます」
「バートンは気の利かない男ですが正直者なのです」
「気が利かないって言葉必要でしたか今」
二人のやりとりに思わず笑う。
ああ、早く帰って今日のことをオスカーに報告したい。
きっとよくやったと笑って頭を撫でてくれる。
さっき別れたばかりなのに、なんだか無性に会いたくなってしまった。
煌びやかなパーティー風景や美しいドレス、豪華な食事には確かに心躍るものがある。
けれど、陽の射しこむ街屋敷の広間で、オスカーと二人でなんでもない話をする方が好きだった。
「……さて。それでは後半戦も頑張りましょうか」
切り替えるように言ってグラスを置く。
それからホールに視線を向けて、視界に飛び込んできた光景に目を見開いた。
「本当にお姉様だわ!」
可憐な笑顔で駆け寄ってきたのは、今回の発端となった妹のニコルだった。




