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【コミック①巻8/30】元婚約者から逃げるため吸血伯爵に恋人のフリをお願いしたら、なぜか溺愛モードになりました【本編完結】  作者: 当麻リコ


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24.新しい遊び

翌朝シキと共に食堂へ下りると、オスカーが扉の前に立っていた。

彼も今下りて来たところらしい。


思わず足が止まる。


「おはざまーす!」


シキが元気に挨拶をして、オスカーが苦笑しながら「ああおはよう」と返した。


「うーっす、失礼しぁーす」


するりとオスカーの脇をすり抜けて、シキは先に食堂へと入っていった。

配膳の手伝いをするのだろう。

シキは本当に働き者だ。


「……おはよう、ございます」


一人残されて、不自然に思われないように止めていた足を再開させる。

オスカーの前までたどり着いても、何故かその顔を見ることは出来なかった。


「眠れなかったのか。疲れた顔をしている」

「だっ、大丈夫です」


近付き、労わるように伸びてきた手が、頬に触れそうになった瞬間思わず後退ってしまった。


「ごめんなさい!」


咄嗟に謝罪の言葉を口にしたけれど、行き場を無くした手がゆっくりと戻っていくのを見て心が痛かった。


「……まだ昨夜のままか」

「みたいです……」


俯きながら肯定する。


昨日はあのあと、帰りの馬車の中でも屋敷に戻ってからもオスカーとの距離はぎこちないままだった。

ほとんど会話もしないまま、逃げるように客室に引っ込んで頭から毛布をかぶってジタバタしても何も解決はしなかった。

後悔と反省と自己嫌悪がグルグルと頭の中を巡って、まんじりともしないまま夜が明けてしまったので、実のところほとんど眠っていない。


「念のため確認しておくが、俺が嫌というわけではないんだな?」

「絶対に違います。ただ、なんだか急に上手く出来なくなってしまって……」


オスカーに聞かれて慌てて首を振る。


触れられるのが嫌なわけではなく、オスカーが嫌いなわけもない。

ただ彼が近くにいると変に緊張してしまって、逃げ出したい気持ちになってしまうのだ。


「以前は出来ていたことが、何かのきっかけで出来なくなるということはままあることだ」

「ごめんなさい……」


項垂れる私をフォローするようにオスカーが言う。

嫌な態度を取っている上に優しさまでもらって、あまりの居た堪れなさに消えてしまいたくなる。


「気にするな……と言いたいところだが、このままだと色々と支障があるな」

「はい……」


もっともなことを言われてどんどん落ち込んでいく。


恋人のフリは確かに効果的だった。

それは昨日のネイサンの様子からも明らかだ。


だからこんなところで二の足を踏んでいる場合ではない。

むしろここぞとばかりに畳み掛けるべきなのに。


「一緒にいるだけでもそれなりのダメージはあったようだが、あの調子じゃまだまだ諦める気はなさそうだったろ」

「ですね。ずっとこちらを見ていましたから」


じっとり絡みつくような視線を思い出して身震いする。

下手をしたら、最後に彼に追い縋られた時よりも執着ぶりが悪化している気がした。


「少しでも隙を見せたらすぐにつけ込んでくるはずだ。だから、次に遭遇する前にこの状態をなんとかしなきゃならねぇ。そこまでは分かるな」

「はい、もちろんです」


痛いほどに分かっている。

もしオスカーと不仲だなんて思われたら、今までのことが全て水の泡だ。


「そもそも今回のきっかけがあいつだとしたら大問題だ。あいつの前でこそ見せつける必要がある。それも分かるな?」

「はい。本当に申し訳、」

「なら、荒療治しかねぇだろ」

「え?」


下げかけた頭を止めて、ちらりとオスカーの顔を見上げる。


彼はまるで新しい遊びを思いついたみたいに、至極楽しそうにニタァっと笑った。

こういう表情は、本当にまるっきり悪党だ。


ハッキリ言って嫌な予感しかしない。


「今までのもまあ悪くはないが、やはりまだ堅いところがあったからな」


腕を組み、うんうんと一人納得したように頷く。

私の返事を聞く気はなさそうだ。


「これを機に、よりクオリティの高いものを目指そうじゃねぇか」


な! と爽やかな笑顔で言う。


私は昨夜からの緊張とは別の感情で、思わずじりじりと後退ってしまった。


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