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【コミック①巻8/30】元婚約者から逃げるため吸血伯爵に恋人のフリをお願いしたら、なぜか溺愛モードになりました【本編完結】  作者: 当麻リコ


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22.遭遇

それから計画は第二段階に入り、招待状を吟味して参加する夜会の規模を徐々に大きくしていく。

私は相変わらずオスカー以外とは話さず、視線すら合わせない。

オスカーもオスカーで、夜会の主催者に社交辞令を述べた後は周囲に目もくれず、私にだけ柔らかい笑みを向けた。


わざと二人だけの世界を作って、好奇心を煽るのは正直楽しかった。

だんだんと演技と素の境目が分からなくなってくるくらいだ。


そのうちに、好奇と恐怖の視線が自分にも注がれているのを自覚できるくらいには注目が集まるようになった。


けれどオスカーが頑なに私の側を離れようとしないせいで、私は謎の美女というポジションのままだ。

シキのメイクは完璧だし、ドレスのコーディネートだけでなく毎回違う髪型にしてくれるからか、男性だけでなく女性の視線も感じる。


「あいつレンタルしたら大儲け出来そうだな」

「シキがいなくなったら困ります」


オスカーが腹黒い笑みで突拍子もないことを言う。

半分本気の戯れも、傍から見れば意味深な微笑を浮かべる得体の知れない人物に見えるから不思議だ。




そうして何度か参加するうち、とうとう危惧していた事態が起きた。

王都に来てから一ヵ月が経とうとしている時だった。


「フレイヤ……? まさかフレイヤなのか……!?」


聞こえてきた声に身体が固まる。


ぎこちなく振り返ると、そこにはネイサンが立っていた。


彼は私と目が合うなり喜色満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

その瞬間、これまでのことが一気に頭の中を駆け巡った。


罵倒されたこと。

殴られたこと。

妹とのこと。

それから復縁しろと脅され付き纏われ続けた日々のこと。


今すぐ逃げたかったのに、足が竦んで動けなかった。


「なんてことだ……こんなに綺麗になって。そうか、キミはずっと髪をコンプレックスに思っていたね。こんなにも変わるなんて……なるほど、あの女にほんの一瞬だけ心を奪われた僕に、ショックを受けて努力したんだ……」


うっとりとした表情で言われて、ゾワゾワと背筋が寒くなる。


もちろんこういう可能性も毎回考えて参加していた。

むしろオスカーとの関係を見せつけるためには必要な状況ともいえる。


けれど運の悪いことに、今はオスカーが主催者に挨拶をしている最中だった。


オスカーはネイサンの顔を知らない。

突然私に話しかけてきた男に、なんだこいつという視線を向けるがそれだけだ。


「その過程や努力を僕に見られるのが恥ずかしくて王都を出たのか。納得したよ。一言言ってくれればこんなに胸が引き裂かれそうな思いをしなくて済んだのに」


全然見当違いもいいところな思い込みに吐き気がしてくる。

いつだってそうだった。自分だけが大切で、自分を中心に世界が回っていると思っている。


「あの屋敷に駆け込んだ時には我が目を疑ったけど、あそこがどういう屋敷だったのか知らなかったんだろう? キミは少し世間知らずなところがあるから。そういうところも可愛いと思っていたけどね。だけど今ここにいるということはなんてことなかったというわけか。ああよかった。必死で止めようとしたんだがタッチの差で間に合わなくてね。でも噂は噂だったんだし問題ないよな?」


こちらの返事も待たずべらべらと捲し立てるネイサンの目は血走っていて、吸血鬼なんかよりよっぽど怖い。


私は固まったまま、何も言えなかった。


ずっとこの人に押さえつけられて生きてきたせいだろう。

ネイサンの声を聞いていると、シキやミラが授けてくれた鎧がグズグズと溶かされていくような錯覚に陥った。


「ああだが本当に美しくなった……最初からそうだったら僕もあんなことは……いやあれもキミを試すために仕方なくやったことで」


そんな私に構うこともなくネイサンは早口に捲し立てる。


視界が狭まって、世界が閉じていく感覚があった。

自分が今どういう状況にいるのか、だんだんとわからなくなっていく。


私は今どこにいるのだろう。

ネイサンから逃げたというのは夢だったのか。

またこの人と地獄のような人生を送らなければならないのだろうか。


「……もしかしなくてもこれが例の男か」


曖昧になりかけた感覚が急激に引き戻される。

すぐ背後にオスカーが立っていた。


ホッとして全身の強張りがほどけていく。

同時に涙が落ちそうになるのをグッと堪えた。


なんとか頷きを返し、安堵で足元から崩れ落ちそうになるのを伯爵の身体が支えた。

一瞬でネイサンの目つきが鋭くなる。


「……その男はなんだ」

「貴様のような無礼な男に教える名はない」


声を低くして威嚇するネイサンに、怯むことなくオスカーが冷淡に返した。


「なっ」


それに圧倒されたのか、ネイサンがじわりと後退る。

それからハッと気付いた顔になって、唇が震えた。


「も、もしかしてあんた……」


オスカーの正体に思い至ったのか、一気に血の気が引いていく。


「ブ、ブラッドベリ……」

「いいかよく聞け小僧」


最後まで聞かずにオスカーが遮る。

今まで聞いた中で最大級の威圧的態度だ。


「矮小な人間ごときが俺のものに気安く話しかけるな」


それから私の肩を抱き寄せ、ネイサンの返事を待たず踵を返す。


「歩けるか」

「……なんとか」


耳元で小さく尋ねられて頷く。

足は震えていたけれど、オスカーが寄り添ってくれるおかげで前に進むことができた。


背中に強い視線が刺さるのを感じたけれど、ネイサンが追ってくる気配はなかった。


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