18.路線変更
「よくお似合いですわ、お嬢様」
馬車に乗り込んで次の店を目指す間、私の耳元で揺れるイヤリングを見ながらシキが楽し気に言う。
「……今はその口調じゃなくてもよろしいのではなくて?」
「ぬふっ。オスカー様の瞳の色っすねぇ」
ずばりと言われて言葉に詰まる。
言外になんらかの含みを大量に持たせているのはなんなのか。
さっきからシキはずっとニヤニヤしていて、なんだかとっても居心地が悪い。
「たまたまね。偶然よ。デザインが素晴らしかったから気になっただけ。別に欲しかったわけじゃ」
懸命に言い訳をしてもシキはニヤニヤ笑うばかりだ。
シキには一生勝てそうにない。
その後もいくつか高級店と思しき店を回った。
値段もロクに確認せず、特に良いものだけに目を止めて躊躇なく買う。
そこの店員に、ブラッドベリ家の羽振りの良さや目利きの正確さを印象付けるのが狙いだ。
シキやバートンがブラッドベリ家の者だとさりげなくアピールするたび、店員やそこに居合わせた貴族達が好奇の視線を向けてくる。
彼ら彼女らは好き勝手にささめき合い、不躾な視線を隠しもせずにこちらの動向を窺っていた。
明らかにブラッドベリに関りのあるらしいシキや私に、何かおかしなところがないか気になって仕方ないのだろう。
貴族だろうと商人だろうと、王都の人間は等しく噂話が大好きだ。
私達が派手に動き回るまでもなく、店員や客の口からあっという間に誇張されて広まっていくはず。
あの女性は何者だ?
メイドに比べれば普通の人間に見える
いやだけど冷たい表情をしている
心がないのよきっと
シキともバートンとも違う存在の私にも注目が集まった。
召使いにはありえないほど高価な服やアクセサリーを身に纏い、ブラッドベリの者に当然のように金を出させ、けれど紋章もつけずにシキたちの正式な主人という風でもない。
妄想の余地はいくらでもあって、それが彼らにとっての娯楽に一役買っているようだ。
肌が白すぎる
髪もここらじゃ見ない色だ
まるで血の色ね
やはりアレは……
こじつけのようなヴァンパイアの仲間論が展開していくのを背後に聞きながら、私達は他人に興味ありませんという顔でショッピングを続ける。
社交界にほとんど顔を見せることもなく弁明もせずにいると、噂だけが独り歩きしていくのだということがよく分かる。
計画段階では人々に怯えられるという状況に不安があったけれど、実際にやってみると別の感情が湧き上がってきた。
オスカーやミラが、噂を助長させて反応を楽しむのが少しわかってきてしまったのだ。
「……なんか、楽しくないっすかこの状況」
「うん……正直、ちょっとわかる」
シキもソワソワした様子で囁く。
堪えきれない興奮がその表情に滲んでいた。
「ちょっとプロデュースの方向変えていいっすか」
屋敷に戻るなり、気合いの入った表情でシキが言う。
「全部任せる」
詳細も経緯も聞かずにオスカーが頷いた。
ここの主従は本当に話が早い。
「いやぶっちゃけ悩んでたんすよ。どうしても悪女っぽさが百パー出ないから。あたし腕衰えたのかなって。けど違ったっす。フレイヤ様の素質を存分に引き出せるのは悪女じゃなかったんです」
早速私の部屋に移動して、化粧台の前に座らされる。
暇だったのかオスカーもついてきていて、私の斜め後ろに座って興味深げに鏡を覗き込んでいた。
悪女風メイクは即座に駆逐されて、シキの手が猛スピードで次のメイクの準備のために動き始める。
「これなら絶対間違いないっす」
「それで、どんな感じにするつもりなの?」
ワクワクした顔で言われて、それが伝染したように私の心も弾み始める。
「やっぱみんなが憧れる存在じゃなきゃっつうか。悪者に悪者くっつけても意外性ないし。釣り合わないように見えてギリギリのところで釣り合ってる、その危うい均衡を楽しむべきなんすよ」
「だからつまり何が言いたいんだ」
自分の世界に入り込んでブツブツと呟くシキに、痺れを切らせたようにオスカーが割り込む。
「つまり、高嶺の花にするんです。近寄りがたい、孤高な感じの」
「ほう」
シキの言葉にオスカーが感心した声を上げる。
「今日一日見てて思ったっす。フレイヤ様はピシッとすると高級感出るなって。悪女っつったらどんな上等な男でも誑し込む感じじゃないですか。それもありなんすけど、でもそういうんじゃなくて、どんな上等な男でも落とせないちょっと無理めな女ってのが合ってると思うんです」
喋りながらもメイクの手は止まらない。
シキは真剣な表情で、新しい私を作り上げているのに夢中だ。
「なるほど、ヴァンパイアが夢中になる女には特別感と説得力が必要か」
シキの言葉にオスカーのテンションが上がっていく。
「そんな女性に惚れられたとあればオスカー様にもさらに箔が付くってもんですよ」
メイクは順調に進んで、仕上げに唇に上品な色の口紅を引かれた。
「よし、完成っす」
言葉と共にメイク用のケープが取り払われる。
立ち上がって鏡を見れば、髪型はそのままなのにずいぶん印象が違って見えた。
「どうっすか!?」
シキが私をくるりとオスカーの方へ向け、自信満々に言った。
オスカーは満足げな笑みを浮かべる。
「悪くねぇ」
「……でも、私がなれますかね?」
シキのプランにワクワクする反面、本当に自分がそれになれるのか不安だった。
もちろんシキの腕はもう疑っていないけれど、素材がそこらに咲いている花では高嶺の花にはなれないのではないか。
「お前次第だな」
近付いてオスカーがにやりと笑う。
俯きかけた顎を掬うように上向かされ、間近にオスカーの目とかち合った。
「顔を上げろ、背筋を伸ばして胸を張れ。冷たい瞳で全ての男を見下すんだ」
力強い言葉に押されて、反射的に背筋を伸ばす。
「そうして俺だけ見ていろ。できるな?」
自信満々に、断言するように言われて息を呑む。
「……愛しい男の目と同じ色の宝石か。いい小道具じゃねぇか」
私の耳元に目を止めてオスカーが言う。
イヤリングに触れようとしたのだろう指先が、私の首筋を掠めて心臓が大きく脈打った。
「おまえならできる。自信を持て」
そんな風に言われると、なんとなく本当に出来る気がしてきてしまうから不思議だ。
オスカーの言葉は毒のようだ。
ずっと聞いていると、まるで自分に最高の価値があると勘違いしてしまいそうになる。
「がっ、頑張ります!」
だけど今の私には、情けない声でそう言うのが精一杯だった。




