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【コミック①巻8/30】元婚約者から逃げるため吸血伯爵に恋人のフリをお願いしたら、なぜか溺愛モードになりました【本編完結】  作者: 当麻リコ


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14.認める

「ここ! ここっす! みんな早く!」


とある店の前で足を止め、弾けんばかりの笑顔でシキが振り返る。


その店のショーウィンドウには何点かドレスが飾られていて、私の視線はそれらに吸い寄せられた。

それは王都で目にしたきらびやかで豪勢なデザインとは違い、シックでシンプルなものだった。


「ほら、いけ」


オスカーの手が離れて私の背中を押す。

私はふらりと足を踏み出し、今度はシキに手を引かれるままに店の中へと入った。


「既製品なんですけど、全部フレイヤ様のイメージにぴったりだなって目ぇつけてたんすよ」


嬉しそうに声を弾ませて、あれもこれもと取り出しては私の身体に宛がう。

私はどうしていいのかわからずに、ただ固まっていた。


「ああっ、やっぱりめちゃくちゃ似合う!」

「ええ本当に。お似合いですフレイヤ様」


黒を基調にしたワンピースやドレスはどれもつややかな光沢を放っていて、細身のデザインが多い。

この店のコンセプトなのだろう、どの服もシンプルでスッキリとしていて、ファッションに疎い私の目にもハッキリと美しく見えた。


「ほら、これとか最高!」


シキが殊更テンションを上げて一枚のドレスを広げてみせる。

そのデザインに、強烈に惹きつけられて目が離せなくなった。


初めて服に対して『着てみたい』という欲求が湧き上がったことに戸惑う。


「気に入ったのか」


私の表情から読み取ったのか、オスカーが確信を持った口調で問う。


「試着してみたらどうだ。時間なら気にしなくていい」


反射的に頷きそうになって俯く。


着てみたい。

けど、やっぱり私には似合わない。

今まで散々母や妹に言われてきた。

こんな頭の女に着られる服が不幸だと。

社交界で着飾ることなく済んだことを感謝しろと。


私が着たら、この素敵なドレスが可哀想だ。


「……やめておきます」


私の返事に、はぁ、とため息が聞こえてびくりと肩が強張る。


「こっちにこい」


肩を抱き寄せられて店内を歩かされる。


呆れられた。とうとう見放されてしまうのだろうか。

つまらないことばかり言う女だと、店を追い出されるのかもしれない。

もしかしたらあの屋敷すらも。


「見ろ」


けれどすぐに立ち止まってオスカーが言う。


「顔を上げるんだ」


有無を言わせぬ強い口調で言われて、恐る恐る顔を上げる。

正面には大きな姿見があって、反射的に後退りそうになるのをオスカーの身体が阻んだ。


「逃げるな。おまえを不当に貶める者はここにはいない」


再び俯きそうになるのを、オスカーの言葉でなんとか思い留まる。


ドレスを抱えたまま追いかけてきたシキが、ハラハラと成り行きを見守っている。

強引に私をここまで連れてきたオスカーに、ミラが責めるような視線を向けている。


分かっている。

ここに居るのは優しい人たちばかりで、図々しく飛び込んできた私でさえ受け入れてくれた。

だけど優しいからこそ、私に向けられる温かい言葉が真実だと思えないのだ。


「悲劇に耽溺するのもいいだろう。だがうちの使用人たちの仕事をなめんなよ」


ぱちん、と音がして髪留めが外される。

するりとほどけた髪が、すとんと背中に落ちた。


「ちゃんと見て、ちゃんと認めてやれ。こいつらの腕も。おまえの努力も」


オスカーの手が私の髪を掬い上げ、鏡によく映るように身体の前へと導いた。


しっかりと鏡を見るのは久しぶりで、だけどもう目を逸らすことは出来なかった。


そこに映った人物が、自分だとは思えなかったのだ。


私の目にまず飛び込んできたのは、見事なまでにつややかな深紅の色彩だった。


「この髪が美しくないなんて言ったら、デコピンどころじゃ済まさねぇぞ」


微かに笑いを含んだ声で言う。


緩く波打つ赤い髪は、母や妹のように明るく派手ではない。

けれどずっと悩んでいたはずのくすみなんてひとつもなくて、濡れたような質感は店内の照明を反射して、ガーネットのような輝きを放っていた。


ロクな手入れ道具も与えられず、錆色をしていた髪はもうそこにはない。


「上等なワインのようだろう。あでやかで、黒いドレスによく映える」


言ってシキの抱えていたドレスを受け取り、私の前身に宛がう。


オスカーの言う通り、変貌を遂げた髪に黒地のドレスによく合っていた。


「血の色とも言えるか。ヴァンパイアの俺にぴったりだな」


いろんな感情が渦巻いて言葉を失ったままの私に、冗談めかしてオスカーが言う。


「フレイヤ様の上品な髪色と透明感のある白いお肌に、軽薄な流行デザインが似合わないのも道理です」

「つか都会のファッションって全体的に子供っぽいんすよ。フレイヤ様可愛い系より美人系なんで、余計チグハグしてイケてなかったと思いますよ」


追撃のようにミラとシキが言う。

二人とも心からの言葉を私にくれていたのだと、今ようやく理解出来た。


「あたし頑張ったんで髪も肌もちょー綺麗になったんすよマジで。褒めてください」

「本当に綺麗な赤色ですこと」


胸を張るシキの頭を、ミラがよしよしと撫でる。


「……本当に、シキは、すごいわ」


少し掠れた声でようやくそれだけ言う。


心からの笑顔で言いたかったはずなのに、なんだか胸がいっぱいで泣きそうになってしまった。


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