14.認める
「ここ! ここっす! みんな早く!」
とある店の前で足を止め、弾けんばかりの笑顔でシキが振り返る。
その店のショーウィンドウには何点かドレスが飾られていて、私の視線はそれらに吸い寄せられた。
それは王都で目にしたきらびやかで豪勢なデザインとは違い、シックでシンプルなものだった。
「ほら、いけ」
オスカーの手が離れて私の背中を押す。
私はふらりと足を踏み出し、今度はシキに手を引かれるままに店の中へと入った。
「既製品なんですけど、全部フレイヤ様のイメージにぴったりだなって目ぇつけてたんすよ」
嬉しそうに声を弾ませて、あれもこれもと取り出しては私の身体に宛がう。
私はどうしていいのかわからずに、ただ固まっていた。
「ああっ、やっぱりめちゃくちゃ似合う!」
「ええ本当に。お似合いですフレイヤ様」
黒を基調にしたワンピースやドレスはどれもつややかな光沢を放っていて、細身のデザインが多い。
この店のコンセプトなのだろう、どの服もシンプルでスッキリとしていて、ファッションに疎い私の目にもハッキリと美しく見えた。
「ほら、これとか最高!」
シキが殊更テンションを上げて一枚のドレスを広げてみせる。
そのデザインに、強烈に惹きつけられて目が離せなくなった。
初めて服に対して『着てみたい』という欲求が湧き上がったことに戸惑う。
「気に入ったのか」
私の表情から読み取ったのか、オスカーが確信を持った口調で問う。
「試着してみたらどうだ。時間なら気にしなくていい」
反射的に頷きそうになって俯く。
着てみたい。
けど、やっぱり私には似合わない。
今まで散々母や妹に言われてきた。
こんな頭の女に着られる服が不幸だと。
社交界で着飾ることなく済んだことを感謝しろと。
私が着たら、この素敵なドレスが可哀想だ。
「……やめておきます」
私の返事に、はぁ、とため息が聞こえてびくりと肩が強張る。
「こっちにこい」
肩を抱き寄せられて店内を歩かされる。
呆れられた。とうとう見放されてしまうのだろうか。
つまらないことばかり言う女だと、店を追い出されるのかもしれない。
もしかしたらあの屋敷すらも。
「見ろ」
けれどすぐに立ち止まってオスカーが言う。
「顔を上げるんだ」
有無を言わせぬ強い口調で言われて、恐る恐る顔を上げる。
正面には大きな姿見があって、反射的に後退りそうになるのをオスカーの身体が阻んだ。
「逃げるな。おまえを不当に貶める者はここにはいない」
再び俯きそうになるのを、オスカーの言葉でなんとか思い留まる。
ドレスを抱えたまま追いかけてきたシキが、ハラハラと成り行きを見守っている。
強引に私をここまで連れてきたオスカーに、ミラが責めるような視線を向けている。
分かっている。
ここに居るのは優しい人たちばかりで、図々しく飛び込んできた私でさえ受け入れてくれた。
だけど優しいからこそ、私に向けられる温かい言葉が真実だと思えないのだ。
「悲劇に耽溺するのもいいだろう。だがうちの使用人たちの仕事をなめんなよ」
ぱちん、と音がして髪留めが外される。
するりとほどけた髪が、すとんと背中に落ちた。
「ちゃんと見て、ちゃんと認めてやれ。こいつらの腕も。おまえの努力も」
オスカーの手が私の髪を掬い上げ、鏡によく映るように身体の前へと導いた。
しっかりと鏡を見るのは久しぶりで、だけどもう目を逸らすことは出来なかった。
そこに映った人物が、自分だとは思えなかったのだ。
私の目にまず飛び込んできたのは、見事なまでにつややかな深紅の色彩だった。
「この髪が美しくないなんて言ったら、デコピンどころじゃ済まさねぇぞ」
微かに笑いを含んだ声で言う。
緩く波打つ赤い髪は、母や妹のように明るく派手ではない。
けれどずっと悩んでいたはずのくすみなんてひとつもなくて、濡れたような質感は店内の照明を反射して、ガーネットのような輝きを放っていた。
ロクな手入れ道具も与えられず、錆色をしていた髪はもうそこにはない。
「上等なワインのようだろう。あでやかで、黒いドレスによく映える」
言ってシキの抱えていたドレスを受け取り、私の前身に宛がう。
オスカーの言う通り、変貌を遂げた髪に黒地のドレスによく合っていた。
「血の色とも言えるか。ヴァンパイアの俺にぴったりだな」
いろんな感情が渦巻いて言葉を失ったままの私に、冗談めかしてオスカーが言う。
「フレイヤ様の上品な髪色と透明感のある白いお肌に、軽薄な流行デザインが似合わないのも道理です」
「つか都会のファッションって全体的に子供っぽいんすよ。フレイヤ様可愛い系より美人系なんで、余計チグハグしてイケてなかったと思いますよ」
追撃のようにミラとシキが言う。
二人とも心からの言葉を私にくれていたのだと、今ようやく理解出来た。
「あたし頑張ったんで髪も肌もちょー綺麗になったんすよマジで。褒めてください」
「本当に綺麗な赤色ですこと」
胸を張るシキの頭を、ミラがよしよしと撫でる。
「……本当に、シキは、すごいわ」
少し掠れた声でようやくそれだけ言う。
心からの笑顔で言いたかったはずなのに、なんだか胸がいっぱいで泣きそうになってしまった。




