10.自信なんて
食事を終えて、メイド達が一斉に片付けを始めた。
「私も手伝います!」
慌てて立ち上がると、きょとんとした顔をされてしまった。
社交シーズンの開始に合わせて街屋敷に移動するまで一ヵ月。
その間私はこの屋敷に世話になりっぱなしということになる。
何もしないと今までと同じくただのごく潰しなので、せめて何か役に立ちたかった。
「私らの仕事取り上げられたら困るっす」
シキが笑いながら空になった私の皿を持ち上げる。
「でも、私に出来ることってこれくらいしか……」
「親が買った爵位とはいえ、おまえは生まれつきの貴族だろう?」
ひとりオロオロと焦る私に、オスカーが座るように手で示す。
「え? ええ、一応」
どうしていいのかわからずにひとまず腰を落ち着けて質問に答えると、彼は片付いたテーブルにゆったりとした動作で頬杖をついた。
「貴族の仕事は偉そうに振る舞うことだ」
自信満々に言われて、そんな馬鹿なと思うけれど周囲で立ち働く使用人達を見たら深く頷いている。
「気持ち良く税と労働力を納められるように、偉ぶってドーンと構えていればいいんです」
「たとえハッタリでもな」
「あら、旦那様は中身が伴ってますでしょ」
年嵩のメイドがにこやかに笑いかける。
オスカーは片眉を上げてひらりと手を振った。
「メイドにおだてられて調子に乗るのも仕事だ。冬のボーナスは期待しておけ」
前半は私に、後半はメイド達に向かって言うと、一斉に歓声が上がった。
それからまた私に視線を据えて、真面目な顔に戻る。
「毅然としていろ。美しく飾り立てろ。設定とは言えおまえは俺の恋人なのだから、同等の振る舞いをするべきだ。自信なさげにしていると使用人たちの士気も下がる」
「こんな素敵な主人に仕えているんだと誇らせてくださいな」
「でも……」
ミラも追従するように言うけれど、本当にそれでいいのだろうか。
家ではそんな振る舞いは出来なかった。
使用人に何か頼もうとすればため息をつかれ、だんだんと委縮して何も言えなくなってしまっていたくらいだ。
オスカーに言われた通りにはなかなか出来そうにない。
「お前たち兄妹はみんなそんな風に使用人達に対して遠慮しているのか?」
問われて首を振る。
「兄は生まれながらに命令することに慣れているような人でした。妹は甘えるのが上手くて、何も言わなくても望む通りに従僕たちが動いていました」
「……おまえは?」
「無価値なので少しでも彼らの役に立とうともがいてました」
正直に答える。
自分で上級貴族と繋がりを作ることもできない。
誘惑して狙った相手の心を奪う魅力もない。
だからせめてヴィリアーズ家に仕える従僕たちの邪魔にならないように、自分のことは自分でしていた。
「理解した。おまえに足りないのは自信だ」
呆れたようなため息とともに言われて肩をすぼめる。
やはりここでも無価値なのかと、自分の無能さに落ち込んでしまう。
「いいか、『自分なんか』と卑下しているからその男が調子に乗るんだ。親も妹もな」
バンとテーブルを叩いて、憤慨したようにオスカーが言う。
「でも、ダメなのは本当ですから……」
尚も言い募る私に、オスカーが怒った顔で立ち上がった。
「シキ、命令だ! 街屋敷に移るまでの一ヶ月間、こいつをどこに出しても恥ずかしくないように磨き上げろ!」
「アイアイサー!」
突然の大音声に思わず身を竦める。
けれどその言葉を向けられたシキは、動じることもなくきりっとした顔で即座に応じた。
「舐められる淑女じゃない。男を手玉に取る悪女風に仕立てるんだ」
「得意っす!」
任命されて、シキは新しいおもちゃを見つけた子供みたいなキラキラした笑みで請け負う。
「では私は悪女の振る舞いというものを仕込んで差し上げましょう」
その横でミラもワクワクしたように言う。
彼らは呆気にとられる私を置き去りに、和気藹々とフレイヤ悪女化計画を進めるのだった。




