前編
男主人公視点。
突然だが、今日私の婚約者なくなった。馬車での移動中に事故が起きてしまったらしい。その知らせを受け取った私は困惑と同時に、後悔で心が押し潰された。悲しみは彼女がなくなったことを実感してからやってきた。
私は婚約者を愛していた。心から愛していた。初めて彼女と出会った時は【現代では珍しい時魔法の使い手である公爵令嬢】と【その使い手に興味を持っただけの王太子】という関係でしかなかった。だが、一目見て彼女の虜になった。まるでそれが運命であるかのように。彼女は美しいというよりは可憐な姿をしていたが、可愛らしい見た目とは裏腹に少し不思議な雰囲気を纏っていたことを今でも鮮明に覚えている。彼女が只の魔法使いの公爵令嬢であるなら結ばれる可能性は低かっただろうが、幸運なことに時魔法の使い手だった。時魔法は過去と未来を見ることができると言われており、時を止める、時を渡るということもできるようだ。数百年に1人現れるか否かの人材であり、歴史上でも記録されている人物は数名しかいない。そのような人材を王家が見逃すはずもなく、彼女はその出会いから程なくして私の婚約者となった。本来は弟の婚約者になるはずだったが、弟は隣国の令嬢と恋仲であることを王に報告した。そして、今まで婚約者を決めないようにしていた私が婚約者に立候補したことにより、彼女と婚約することができた。彼女は淑女として完璧であり、王妃教育も彼女の優秀さにより問題なく終わった。お互い忙しい身であったが、時間があれば彼女と一緒にいた。彼女からは愛しているという言葉は聞いたことがなかったが、いつか彼女の口からその言葉を聞ければいいと思っていた。そして、私が王となる1週間前に知らせが届いた。
その知らせと一緒に一通の手紙と星のピアスも受け取った。手紙にはこう綴られていた。
「殿下、貴方様を愛しております。これまでも、これからも愛しております。そのピアスには殿下の願いが叶うおまじないを込めました。お気に召して頂ければ幸いです。
殿下の婚約者より」
ぽた・・・ぽた・・・。聞こえるはずのない音が、私からこぼれた。
その後、私は王になった。彼女の喪失は私を廃人にしかけたが、星のピアスを心の支えにすることでなんとか立ち直ることができた。しかし、彼女以外と結婚することは考えられなかったため、王妃はいない。王妃がいないなど王として失格だが、幸運なことに私は王として非常に優秀であった。そのため、次代国王を貴族の中で素質のある者を養子として迎え入れることで王妃がいないことはあまり問題視されなくなった。王としての役目を終えてから私は隠居し、余生の全てを星のピアスと共に過ごした。そしてもう一度彼女と会いたいという気持ちを抱いたまま永遠に眠った。後の歴史では王妃のいない明君として名を残したようだが、私にはもう関係のない話だ。