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第7話

第7話



「ニム・アデリアン。おまえを、本日ただ今をもって解雇処分とし、この国より追放する」


 ニム・アデリアンが、直属の上司からそう告げられたのは、彼が王宮勤めを始めて、5年と9ヶ月が経った、ある冬の日のことだった。


「……あの、一応、理由を聞いていいっすか?」


 ニムに、驚きの色はなかった。今日、いきなり上司の部屋に呼び出されたときから、嫌な予感はしていたのだった。いや、もっと言えば、あの男が王宮に現れたときから。


「王の勅命である。それ以上は言えん」


 上司は苦い表情で答えた。そして、その表情が、すべてを物語っていた。


「ああ、やっぱ、あのペテン師の差し金っすか」


 ニムのいうペテン師とは、最近王宮に入り込んだ、セバルタスという占い師のことだった。


 この世界において、占い師が王宮に招かれること自体は、さして珍しいことではない。

 その年の天候、戦争の勝敗、王族の健康。それらを神官や巫女、そして王宮占術師の力で予知し、きたるべき凶事に備えることは、どこの国でも行っている祭事だった。

 そして、セバルタスも、そんな占い師の1人だった。しかし、セバルタスの野心は、王宮占術師の持つ権威に留まらなかった。セバルタスは「世界1の予言者」を自称し、その予言の結果と称して、これまでも王宮内の人事を、いいように支配してきたのだった。

 そして、そんなセバルタスのことを、国王は完全に信じ切っていたが、ニムに言わせれば、ただ口が上手いだけのインチキ占い師でしかなかった。

 そして、その手の嫌悪感は、相手にも伝わるらしく、本日めでたく解雇を言い渡されたのだった。


「おそらく、あの野郎が、まーた王に吹き込んだんでしょ? 俺が、このままこの国にいたら、災いをもたらすとかなんとか」


 これまでも、セバルタスの「予言」によって、何人もの人間が王宮を追われていた。そして、その全員が、なぜかセバルタスに悪感情を持っていたのは、まことに皮肉な「偶然」だった。

 だから、ニムにも驚きはなかった。あの男が王宮に現れたときから、いつかこんな日が来るだろうと思っていたから。


「じゃ、オレ行きます。世話になりました、隊長」


 ニムは上司に別れを告げると、荷物をまとめて王宮を後にした。

 そして王都を出たニムは、当初の予定通り東へと足を向けた。


 現在、この大陸では各地で小競り合いが頻発している。そのなかで、比較的安定しているのが、東のレイバッハ王国なのだった。


 第1度王子のアデルハイドが、バカ王子として大陸中に名を轟かせ、国の将来こそ危ぶまれているものの、それは少なくとも数年後の話。現時点においては、レイバッハ王国が最適の住処であることは、疑いのないところだった。


 そして、ニムが王都を離れてから10日後の夕暮れ。突然の豪雨に見舞われたニムは、雨風を凌がせてもらおうと、1軒家の戸を叩いた。

 すると、出てきたのは1人の老婆だった。そして老婆は、ニムの頼みを聞き入れ、快く家に招き入れてくれたのだった。


「助かったぜ、婆さん」


 暖炉の火に当たりながら、ニムは老婆に礼を言った。


「気にせんでええ。これも神の思し召しじゃろう」

「神の思し召しねえ。じゃあ、オレがこうして冷たい雨に打たれたのも、なんか意味があるってこったな」


 ニムは老婆のくれたスープをすすりながら、皮肉交じりに言った。


「そういうことじゃ。実際、お前さんが、今日ここに来たことは、わしにとっては意味のあることじゃからな」

「どういうこった?」


 不審がるニムに、


「一夜の宿賃代わりというわけではないが、お前さんにひとつ頼みがある」


 老婆は金属の棒を差し出した。


「なんだい、こりゃ?」 


 ニムは手渡された棒を、まじまじと見た。それは一見槍のようだったが、棒の真ん中に丸い穴が開いていた。


「それは「神の指針」と言っての。6大占具と呼ばれるものの、ひとつじゃよ」

「神の指針? 6大占具?」


 ニムは、そんな物の話は聞いたことがなかった。


「6大占具とは、この世界で、もっとも強い力を秘めた6つの占い道具のことじゃ。この「神の指針」は、そのうちの1つで、選ばれた者が使うと、その者の求める答えを、指し示してくれるのじゃよ」

「へえ、そいつはまた、親切なこって」


 そう話を合わせながら、ニム自身は、まったく信じていなかった。そんな便利なものがあるならば、それこそセバルタスのようなイカサマ占い師が、大手を振って王宮を牛耳ることなど、ありえないのだから。


「で、こいつを俺にどうしろってんだい、婆さん? 誰か、親戚のところにでも、届けりゃいいのかい?」


 1夜の宿賃としては高い気もするが、どうせ暇な身。ニムは、快く引き受けてやろうと思っていた。しかし、


「いや、生憎わしは独り身での。親戚と呼べる者は、もう1人もおらんのじゃよ」

「じゃあ、オレは何をすりゃいいんだ?」

「お前さんには、その占具を、どこか大きな街の道具屋に持っていって、売ってきて欲しいんじゃよ」

「売る?」

「そうじゃ。こんなオイボレのところに置いておいても、それこそ宝の持ち腐れじゃからのう。それに、もし今わしに何かあれば、この寂れた1軒家のなかで、誰にも気づかれんまま、この先何十年と眠り続けることになりかねん。じゃが、街の道具屋に売れば、人の手を渡っていくうちに、また新しい使い手と巡り合うことができるかもしれん」


 老婆は、ひとつ息をついた。


「本当なら、わしが自分で売りに行けばいいんじゃが、このとおり動くこともままならんでの。代わりに、おまえさんに頼みたいんじゃ」

「なるほどね」

「ここで、お前さんがわしの家を訪ねてくれたのも、何かの縁。神の指針を売った代金は、お前さんが手間賃としてもらってくれてかまわん。どうじゃ、引き受けてくれんか?」

「そういうことなら、喜んで引き受けさせてもらうよ」


 ニムは即答した。


「にしても、こんなもんに、本当にそんな力があんのかい? オレにゃあ、とても信じらんねえなあ」

「本当じゃよ。使っておった本人が言うんじゃから間違いない」

「え? てこたあ、婆さん、この針使えんのかい?」

「もう、随分長いこと使っとらんがの」


 老婆の話を聞いて、ニムはひとつ閃いた。


「じゃあよ、街の古道具屋に売るなんて回りくどい真似しねえでも、あんたが今ここでコイツを使って、コイツの新しい使い手ってやつを、探し当てればいいんじゃねえのかい?」

「……それは、無理と言うものじゃ」

「どうしてだよ、婆さん?」

「神の指針は、使い手を選ぶと言うたじゃろ。そして、神の指針に選ばれるのは、いつの時代も1人だけなんじゃよ。つまり、この神の指針は、わしが死なん限り、次の使い手を選ぶことは決してないんじゃ」

「ふーん。律儀と言うか、頑固な奴なんだな」


 ニムは少し考えた後、もうひとつの可能性に気づいた。


「けど、やってみる価値はあるんじゃねえか?」

「どういうことじゃ?」

「だからさ。確かに、今現在の所有者は婆さんかもしれねえが、婆さんが死んだ後には、コイツはまた誰かを選ぶんだろ? だったらよ、その次の使い手を、その針を使って今探し当てればいいんだよ」

「わしが死んだ後の使い手を、今から見つけるじゃと? そんなこと」

「やってみなきゃ、わかんねえじゃねえか。で、もしできりゃ、そいつに届けりゃいいんだし、本人が特定できなくても、神の指針が指した方角の街で売れば、それだけ巡り合う可能性が高くなるってもんだろ。できなきゃできないで、そこらの道具屋に売り飛ばせばいいだけで、やって損はねえだろ」


 ニムは熱心に勧めた。正直、使い手の所在うんぬんよりも、老婆の話が本当なら、1度「神の指針」とやらが動くところを、単純に見てみたかったのだった。


「ええじゃろう。そこまで言うなら、試してみよう」


 老婆は、神の指針を両手の上に乗せた。


「神の指針よ。その偉大なる力を、我が前に示し給え。その御力を持って、我の次に汝を扱うに相応しい人物の居場所を、我に教え導かんことを、乞い願い奉り祀る」


 老婆が呪文のような言葉を言い終えると、神の指針が浮かび上がった。そして老婆の頭上で回転し始めた針は、間もなく停止した。針先をニムに向けて。


「なんと……」


 老婆は目を見張った。


「お前さんが、そうじゃったのか」

「は? そうだったって、何がだよ?」

「じゃから、お前さんが、わしの次に選ばれた、神の指針の使い手だったんじゃよ。お前さんが、わしのところに来たのは、本当に神の思し召しだったんじゃ」

「んなわけねえだろ」


 ニムは椅子から立ち上がった。


「たまたま、オレのほうを針が差しただけで、これは、つまりこっちの方角に、次の使い手がいるってだけのことで」


 ニムは右に移動した。すると、針先もニムに合わせて移動した。


「やはり、間違いない。お主が、わしの次の使い手なのじゃ」


 老婆は跪くと、神に祈りを捧げた。

 

「よかった。これで、わしも心置きなく、神の身元へと逝くことができる」


 そう言って涙を流す老婆に、ニムもそれ以上、否定の言葉を並べることができなかった。

 そして翌朝、ニムが目を覚ますと、老婆は寝室で冷たくなっていた。


「……悪かったな、婆さん」


 自分が立ち寄ったことが、老婆の死に早めたようで、ニムは複雑な心境だった。しかし老婆の顔に苦痛の色はなく、穏やかな笑顔が浮かんでいた。


「じゃあな、婆さん。コイツは、大切に使わせてもらうよ」


 老婆を埋葬した後、ニムは1軒家を後にした。

 老婆の形見となった「神の指針」を携えて。


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