表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

第6話

第6話



「え? せ、先生が捕まった?」


 ルーン・アムステリアムが、その事実を知ったのは、師に頼まれた用事を済ませて王宮に戻ってきたときだった。

 城門前で門番に行く手を遮られたソアは、彼らから師であるファラル・エルベストが逮捕されたことを聞かされたのだった。


「そんな、どうして先生が逮捕されなくちゃならないんだ?」


 彼の師であるファラル・エルベストは、ここトルケニアの王に請われ、王宮占術師として働いていた。そして、その占いはよく当たると宮廷内でも評判が高く、重用されこそすれ、咎められる理由などないはずだった。


「理由は、我らの預かり知るところではない。これを持って、さっさと失せろ」


 門番は、ルーンに皮袋を投げ渡した。そのなかには、ルーンの荷物が入っていた。

 それを見た瞬間、ルーンは理解した。師が、今日逮捕されることを、事前に知っていたのだということを。そして、それにルーンを巻き込まないために、使いに出したのだと。


「逮捕される前に、エルベスト殿から、おまえに渡してくれと頼まれていた。それを持って、さっさとこの街を去れ。エルベスト殿の気遣いを無駄にするな」


 門番はそう言うと、ルーンを王宮から追い払った。


 そして数日後、ルーンは師が逮捕された理由を、王宮からの発表で知ることになった。それによると、師が逮捕されたのは「偽りの占いによって、トルケニア軍に多大な被害を出したため」ということだった。

 トルケニア王国は、先月隣国のイシュターク共和国に進軍して大敗を喫しており、その原因はすべて偽りの進言をした師にあるため、後日公開処刑を行うと。


 だが、それはデタラメだった。


 ルーンの師であるエルベストは、進軍を進言するどころか、トルケニアの敗北を予知し、思いとどまるよう諌めていたのだった。しかし、トルケニアの国王であるジビエルは聞く耳を持たなかった。そして、トルケニア軍は、師の予言した通り、イシュターク王国に大敗を喫してしまったのだった。


 なのに、師を戦犯として処刑するという。だとすれば、考えられることは1つしかなかった。つまりジビエル王は、自分の判断ミスによる敗戦の責任を師に押し付けようとしている、ということだった。師をイカサマ師とすることで、自分に対する国民の不満や怒りの矛先を、すべて師に向けさせるために。


 そんな理不尽なことが、許されていいわけがなかった。


 ルーンは、師を牢獄から助け出すことを決意した。


 王宮の構造は、すべて頭の中に入っている。そして、ルーンには魔術の素養があった。姿を消して王宮に忍びこめば、師を助け出すことも不可能ではないはずだった。


 そして、決行の夜。

 ルーンが行動を開始しようとした矢先、彼の部屋を何者かがノックした。


 こんなときに、誰だ?


 ルーンが扉を開けると、そこに立っていたのは、今も投獄されているはずの師、ファラル・エルベストだった。


「せ、先生、どうして?」


 ルーンは、一瞬夢かと思った。だが、目の前で優しく微笑む人物は、間違いなくルーンが敬愛してやまない師、ファラル・エルベストだった。


「牢から出してもらえたんですか?」


 だが、あの王が、1度下した決断を覆すとは思えなかった。


「人のいいゴーストに、助け出してもらったんだよ」


 一目会いたいと思っていた愛弟子との再会を果たし、ファラルの口元は自然と緩んでいた。


「人のいいゴースト?」


 ルーンには、なんのことか、さっぱり理解できなかった。


「な、なんでもいいです。とにかく牢から抜け出せたらな、こんなところに長いは無用です。早く逃げましょう」


 ルーンは、師の手を取った。しかし、ファラルは動こうとしなかった。


「それはできない」

「ど、どうしてですか? このまま、ここにいたら処刑されてしまうんですよ?」


 ルーンには、師の考えが理解できなかった。


「そうだね。でも、それも仕方のないことだ。今回の戦で多大の犠牲者が出たのは事実で、その責任の一端は、確かに私にあるのだからね」

「そんな、先生に責任なんて。先生は、この戦に反対していたじゃないですか!」

「そう、あのとき、私はもっと強く、王を諌めるべきだったんだ」

「そんなこと、どの道、あの王は聞き入れませんでしたよ」

「それでも責任はある」


 ファラルは静かに、だが力強く言い切った。


「私の命1つで、民の溜飲が下りるのであれば安いものだ」

「そんな、そんなことのために……」


 ルーンには納得できなかった。


「この国に士官すると決めたときから、覚悟はできていた。できれば私の力で、陛下の御心を、自国の民の幸せに向けさせたかったのだが、どうやら陛下の野心は、私の想像以上に大きかったようだ」


 ファラルは苦笑した。


「そんなこと、最初からわかってたことじゃないですか。なのに先生は、僕のために……」


 ルーンの目に、悔し涙が滲んだ。

 師は、これまでも様々な国から士官の誘いを受けていたが、どの国の誘いにも応じてこなかった。それを、今回に限って応じたのは、ルーンが病気になったためだった。ルーンに十分な治療を受けさせ、なおかつ、安定した生活を送らせる。そのために、師は野心家として名高いジビエスの誘いに、嫌々ながら応じたのだった。


「君のせいじゃない」


 ファラルは、ルーンの頭を優しく撫でた。


「私が、こうして穏やかな気持ちでいられるのも、君のおかげだ。君と暮らした時間は、私にとって何よりも幸せで、何物にも変えがたいものだった。本当に、ありがとう」

「先生! 先生が死ぬなら、僕も一緒に」


 ルーンは本気だった。師のいない世界になど、もはやなんの未練もなかった。戦火で家族を失い、野垂れ死にしかけていたところを師に助けられたときから、ルーンにとっては師がすべてなのだった。


「それは困る」


 ファラルは頬をかいた。


「今日、ここに来たのは、最後に、ひと目君に会いたかったというのもあるけれど、君にコレを託すためなんだから」


 ファラルは腰袋から、小さな箱を取り出した。


「先生、それは……」


 それは、師が占いに使っていた「運命のカード」を保管していた小箱だった。


「君も知っての通り、コレは強大な力を秘めたものだ。今は、まだ所有者である私が生きているから、他の誰にも使うことはできないが、私が死ねば、このカードは新たな使い手を求めることになる。そのとき、もしこのカードが王の手に落ちていて、王の意に添う者が使い手として選ばれるようなことでもあれば、それこそどんな悲劇を生むかわからない。それを防ぐためにも、君にコレを持って行ってもらいたいんだ」


 ファラルは、ルーンに小箱を差し出した。


「そして、いつか、このカードを、正当な継承者に渡してほしい。もっとも、私は、それが君であると信じているけれどね」


 ファラルは目を伏せた。


「本当は、君にこんなことを頼みたくはなかったんだけどね。そのカードを持って逃げれば、王が奪い返そうと追手を差し向けるかもしれないから。けれど、たとえ君を危険な目に遭わせることになったとしても、そのカードだけは守らなければならないんだ。それが、その「運命のカード」の正当所有者としての私の責任であり、私の最後の願いなんだ。そして、私がこんなことを頼めるのは、君しかいないんだよ」

「先生……」

「引き受けてくれるかい?」

「……わかりました。このカードは、僕が命に変えても守り抜きます。絶対に、あの男には渡しません」


 ルーンが小箱を受け取ったところで、再び部屋の扉が叩かれた。


「どうやら、私がここにいることがバレたようだね」


 ファラルは小箱を開けると、運命のカードに触れた。


「運命のカードよ。私の最後の願いだ。その力で、この子とともに、王の手が届かない、どこか遠くの地へ」


 ファラルがそう言った直後、運命のカードが光り輝いた。


「では、頼んだよ。そして、愛しているよ、ルーン」


 ファラルは、ルーンに優しく笑いかけた。そして、それがルーンの見た、師の最後の笑顔となった。


「先生!」


 カードの力で、一瞬にして隣国まで転移したルーンは、その場で泣き崩れた。


 その後、ルーンは師の遺言を忠実に実行した。それだけが、ルーンに残された、生きる意味だったから。


 そして、それから10年の月日が流れたある日、ルーンのもとに1人の男が現れた。

 その男は、ウィルナス・アンリオット・セム・レイバッハと名乗り、自分がレイバッハ王国の第3王子であることを告げた。そしてルーンに、自分の推薦する占い師として、王位争奪戦に参加することを要請したのだった。

 そして、ルーンはこの要請を引き受けた。

 もし第3王子が王位を継いだあかつきには、レイバッハ王国の軍事力で、トルケニア王国を攻め滅ぼすことを条件として。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ